Chapter Ⅶ 事故と侍女と招待
なぜこうなったんだろう……。そうだ……彼女が滑って受け止めて――そして。
「むむっ!?」
ど、どうしよう……退きたいんだけど、彼女が起き上がらないと動けない。それに気絶しているしッ!
「――――ううんっ!」
名を知らぬ彼女が目覚めた。よかった……早く退いてくれ。
「ぶはっ!? のおおおおおおおおおおおっ!」
彼女は顔を真っ赤にして、ズザァッ――と雪の上を滑るように後ずさった。
「な、なななななっ! にゃわわっ!」
何か言いたそうな口がガタガタと震わせ、動揺していた。
「あ、あの……大丈夫っすか? 怪我とか……ないっすか?」
とりあえず、彼女に怪我がないか尋ねる。
「おヴぁヴぁヴぁ……あわわわわわわわわっ……」
しかし、まだ動揺している。本当にどうしたんだ……? まさか、唇が重なった事故の事で動揺しているのか!? と、とにかく彼女を落ち着かせないと……!
「ちょ、ちょっと、落ち着――――」
「見つけた!」
「え……?」
上の方から凛々しい女の声が聞こえたので顔を上げると、壁を滑りながら降りる少女の姿が見えた。黒く艶のあるロングヘアと漆黒に染まった瞳、すらっとしたスレンダーの肢体は何処か怪しげが漂っている。気品の高い礼服のような服装、首にマフラーを巻いて防寒対策をしていた。
すげぇ……普通なら壁の突起物とかで止まるはずなのに、それにぶつからずに滑っているぞ。並の人間じゃ、出来ない滑り方だぜ……これは。
「わばばばばば……止まらなぁぁぁいッ! ちょ、そこの人退いて退いて!」
「え……」
突起物にぶつかりバランスを崩し始め、動揺する少女。俺は、万が一そのまま転落した場合に備えて両手を上にあげた。
「わッ……ヤバいヤバいッ! 落ちる落ちるッ!」
動揺しながら壁を滑る少女の体勢が崩れ、落下し始めた。
「――ヤバいヤバい、退いて退いてぇッ!!」
「あぶなッ――――ぐほっ!?」
俺は少女をキャッチしようとしたが、少女の尻が俺の肩に激突した。そして体重に耐え切れず顔面を地面に殴打した。
「いったぁぁッ……」
いや、俺の方がくそ痛いんですけど……肩激突、顔面殴打……最悪のコンビネーションじゃないか。
「あっ……アーシェ様ッ!! まーた逃げ出して!」
「ぐげっ……レ、レイシア……な、なんでここに……」
「あなたを探していたのです! また無許可で王宮の外に出て……」
「わ、分かった。悪かったって――」
「もう……」
がやがやと何か説教している様子……って、おいいいいいいいッ! 俺の背中に座ったまま会話するな!
「お、おい……おいっ! いい加減、退けっ!!」
俺の体にまだ座り続ける少女――レイシアに一喝する。俺はお前の椅子じゃないんだよッ!!
「あら……? 貴方、下に居たんだ。てっきり、アーシェ様を襲う逆徒かと思ったわ」
レイシアは謝る気もなく蔑んだ瞳で見ながら、毒舌で答える。なんなんだ……このクソアマは……残念を通り越して失礼な態度だな……おい。
「ちゃうわっ! ――って、アーシェ様?」
全力で突っ込んだ時、ふとレイシアが言った名前に首を傾げた。
「アーシェ様……って、え、ええええええええええええええええええええッ!!」
名前を聞いてしばし思考した後に気が付く。衝撃の事実に動揺して、金髪の女性――もといアーシェに指差す。
こ、この金髪の女性って、あ、アーシェ・ジュリエット!? しかも、フード被って髪を束ねて……え、え、え……? 一体、何で!? ホワイ!?
ひ、久々の再開が、こここ、こんな形でぇぇぇッ!? じ、事故とはいえ、ファ、ファーストキスしちゃってぇぇぇッ!?
(あばばばば……な、何かの間違いか!? お、俺はさっきアーシェと、き、き、き、キスしちゃって――――)
ぷしゅーと顔が熱くなってきた。初恋の人とファーストキスするのは滅多にないぜぇ~~とライの奴が言っていたのに、こんなにもあっさりとファーストキスしちゃうなんて……めっちゃうれしぃぃィィィッ!! 父さん母さん、俺生まれて初めてキスしたぜぇぇぇぇッ!! 天国で褒めてよな! きゃっはあああああああっ!!
――と、外見を変えず内心で発狂していた。
「あ、あはははは……いででででっ!?」
呆れた表情をしたレイシアは、照れ笑いするアーシェの頬をムニィーと強く引っ張った。
「全く……笑っていないで、王宮へ帰りますよ!」
そう言ってレイシアはアーシェの手首を掴んで、裏路地をてくてくと歩き始めた。
「って――おい! ちょっと待て!」
謎の少女・レイシアに連れて行かれるアーシェを引き留めようと、アーシェの掴まれていない方の手首を掴んだ。
「ふぇ……? いただだだッ! ちょっと、引っ張らないでぇぇッ!!」
そして、ビーンとアーシェの腕が引っ張るような形になった。
「何をするのだ、このビチクソ丸! アーシェ様が離せと言っているのだ!」
「いいや、離さない。お前は何者だ? アーシェの知り合いにしちゃ、随分乱暴な扱い方だな」
「お前こそ、何者だ! アーシェ様を呼び捨てするとはなんと無礼者なのだッ!」
「へッ、なんで『様』を付けなきゃいけないんだ? 王族だろうが庶民だろうが、俺は呼び捨てかあだ名で呼ぶ――」
――瞬間、ジャリン……と言う金属音が響く。この音は剣を鞘から抜いた摩擦音か? けど、俺も含めて全員剣なんて持っていない。じゃあ、この音の発生源は何処から?
「――え、のわっ!?」
リング型の武器――チャクラムを持ったレイシアが、俺の眼球前に突き立てた。アーシェを守るために威嚇しているのか?
「ど、何処から出したんだ!? いや、そんな事じゃなくて、何するんだよッ!」
「無礼な発言を慎め! これ以上発言するなら、猿公である貴様の首を切断しますよ!」
「猿公じゃねぇよ! さっきからなんだ、毒舌ばっか言いやがって! それよりもアーシェをどこに連れて行く気だ!」
「そっちこそ、アーシェ様をどこへ連れて行くつもりかしら!? ひょっとして邪竜洗脳者に売り渡して国家転覆を企んでいるでしょ?」
ぎりり……と俺はレイシアを睨み続ける。と言うか、それしかできない。なんせ俺は丸腰で向こうは飛び道具のチャクラムを持っている。まあ、飛び道具はこの狭い路地は不向きだがな……。
「――レイシア、止めなさい!」
嫌厭な空気が漂う中、アーシェはレイシアに向けて一喝した。
「アーシェ様……しかし――」
「止めなさい。そして武器を収めて」
レイシアは「チッ……」と舌打ちをして、チャクラムを背中にある収納袋に入れた。
「ありがとう。さて――貴方は?」
アーシェは俺の方に視点を移して問うた。
「え、あっと――レオ……レオナルド・ミロン、邪竜洗脳者討伐隊の隊員でございます!」
びしっと敬礼する。そういやなんで敬礼したんだ? やばぁ……隊長や総隊長などに対して名前言う時に敬礼しちゃう癖だわぁ……これは。
「レオ……ミロン……ん? 身分証ある?」
「あ、はい……」とゴソゴソとポケットにしまった騎士階級証明証を取り出して、アーシェに渡した。
「――――ん?」
おいおい……すっごい形相で睨んでいるけど、どうしたの? 変な事でも書いてあるのか? 悪いがそんなこと一個も書かれていないぞ。
「おやおや~~それ偽物じゃないですかぁ~~」
なんてニタニタとイラつくような表情で揶揄うレイシア。ぶん殴りてぇ……この変顔毒舌野郎……。
「――うそ、まさか……レオってあの時のレオくん!?」
びっくりするように俺の方を見つめる。とりあえず、あの時のレオくんが分からないのでオウム返しに質問した。
「えっと……あの時のレオくんって――」
「十年前、アステラス村が邪竜洗脳者に侵略されたけど、唯一助かった子供のレオナルド・ミロンくんでしょ?」
ニコニコと回答するアーシェ。や、やべぇ……可愛い。
「あ、合ってる……は、はい――そのレオです」
「久しぶりだね……まさか貴方が騎士になるなんてね――」
「あ、はい……」
「そう言えば、戦場で時々耳にするんだけど『不死のレオ』って君の事?」
「はい……まぁ……」
な、なんだ……この食いつき。まるで卒業した人が久々に会って自分の近況を伝えるような感じだ。
「へぇ~~すごいじゃん!」
アーシェは興味津々にジーと俺の顔を眺める。な、なに……怖いんですけど。
「アーシェ様……、そろそろ王宮へ帰りましょう。今なら陛下の耳に入らずに帰れます」
レイシアはアーシェに耳打ちする。
「あのクソジジイに叱られるのは癪だなぁ……」
愚痴を溢して、「わかったよ、レイシア」と相槌を打った。
「ごめんなさいね、そろそろ帰らないと怒られますので」
ぺこりと一礼した後、アーシェは俺の隣を横切って王宮前大通りの方へ向かって行く。
「ちょっと、待って! 隣にいる彼女は一体――」
アーシェを呼び留めて質問する。「あぁ」と相槌を打って答えた。
「彼女はレイシア。私の侍女なの。毒舌なのが玉に瑕だけどね……」
「はぁ……」
俺はレイシアの方を見る。だが、ぎろりと睨まれたので見るのをやめた。
「――あ、そうだ。今晩、貴方暇かしら?」
「え、えぇ……予定は無いです」
「そう。なら、ちょうどよかったわ」
ゴソゴソとポケットから折りたたまれた手紙を取り出して、俺に渡した。
早速その中身を見ると、パーティーの招待状だった。一体何のパーティーなんだ?
「これは――」
「今日、クリスマスでしょ? そのパーティーさ。ご来賓様の二人が欠席になってね、誰でもいいから招待しようとしたんだけど、みんな遠慮しちゃってね……」
「え、えぇぇッ! そ、そんなパーティーに招待されるなんて……」
「何だ、嫌か?」
「いいえ、別に! アーシェの招待ならば喜んで!」
うぉぉぉぉッ……やったぜ! アーシェからパーティーに招待されたッ! めっちゃうれしぃぃィィィッ!!
「それじゃ今夜よろしくね。あと、この招待状を正面の警護騎士に見せれば通れるから」
「はい! 分かりました!」
「ふふふっ――」と微笑んで、レイシアと共に王宮前大通りの方へ再び歩を進めた。
暗い路地で一人きりになった。正直言って不気味な空間にいたくない気持ちだ。そんな気持ちにならないよう、独り言をブツブツ呟く。
「いやぁ……どうしよ……。誘われちゃった――ごくり」
固唾を飲み込む。は、初恋の人からクリスマスパーティー招待――これってなんて言えばいいのかな? こういう事、全く経験した事無いからなぁ……。
「まあいいや。とりあえず、服屋に戻って物を返しておこう」
招待状をポケットに突っ込んで、王宮前大通りの方へ向かった。
「ア、ア、ア、ア、ア……ゴルゴーン様……ゲゲゲ……ガガガッ……」
不気味な声にびくりと体を震わせた。そこに矢で脳天をぶち抜かれて死んだはずの邪竜洗脳者が僅かながら息を吹いていた。
「おめぇ……まだ生きていたのか? はぁ……図太い洗脳者は何千も見たけど、脳天ぶち抜かれて生きるなんてなぁ……」
はぁ……と溜息交じりに呟き、俺は近くに投げ捨てたナイフを手に取った。
「悪いな――ここで野垂れ死んでくれ」
ぐしゃり―――ッ! ナイフで邪竜洗脳者の心臓に串刺した。返り血が顔面に付き滴る。
もう一度、心臓を刺す。再び血飛沫が頬に付く。べたついて気持ち悪い。でも、仕方が無いのだ。邪竜洗脳者になった者は助かる術がない。何処かで読んだ事のあるゾンビ小説と同じなのだ。噛みつかれたら終わりみたいに、洗脳されたら死んだのと同然……。
だから、俺は選択した。一を殺して全を救う。洗脳者がこれ以上拡散しないように――そう願いながら俺は何度も何度も心臓にナイフを刺し続けた。
「はぁ……はぁ……」と、俺は息を整え、ナイフを投げ捨てた。
色褪せた壁は紅色に染まり、白く美しかった雪もぬちゃぬちゃとぬかるんでいた。
少し服に血が付いちゃったけど、外に見られたとき大丈夫かな? まあ、大丈夫か。鼻血が出て服に付いちゃったって誤魔化せばいい。
「はぁ……ごめんな、恨みがあったわけじゃない。アンタを解放させたんだ――」
殺人者が言い訳するようなセリフを言って、俺は路地を去った。
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