EPISODE Ⅰ 「十年後のレオ」

Chapter Ⅰ 十年後

 ――怒涛の声と爆音、剣戟の音が響いていた。


 死屍累々の屍が折り重なり、血塗れになった地面と黒煙が巻き上がる。


 ガキン……とぶつかり合う刃と轟く銃声、そして魔法詠唱による魔法攻撃が放たれていた。嘗て、この場所は村があったという。しかし今は穏やかな村の面影すらなく、屍と瓦礫だけが散乱していた。


 何故こうなってしまったのか――それは遡るほど十一年前、突如アスタリア海から『ゴルゴーン』と呼ばれる邪竜が現れた。直接的な攻撃はしない邪竜だが、洗脳と言う能力を使い邪竜信者を寄せ集める。世界を乗っ取ろうと目論む『ゴルゴーン』は信者たちを操って戦争を始めたのだ。


 さて、場面を戦場に戻そう――



          ※



「シネ、シネ、シネ! リュウノカゴヲシラヌ愚カ者!」


 黒服を纏った人――邪竜洗脳者と呼ばれる信者が、魔法攻撃を仕掛けたり、銃をぶっ放したり、剣を持って邪竜討伐隊に襲い掛かった。


「ぐはっ……」と討伐隊の兵士たちが斬られて、断末魔が木霊する。


「愚カ者……シンジナイカライケナインダ――グハッ!?」


 斬り殺された兵士を嘲笑う信者の胸に輝く一つの刃があった。


「ナ、ナンダ……?」


 信者は恐る恐る背後を覗くと、そこに一人の兵士が居た。白髪でブラックホールのような真っ黒な瞳の男――そう、この男は俺――レオナルド・ミロンだった。


「お前が愚か者だ」


 冷酷な言葉を信者に言った後、じゅぶりと胸に刺さった剣を抜き取ってトドメの一撃を放った。


「シネ、シネ、シネ! リュウノカゴヲシラヌ愚カ者!」


 俺の目の前に何十人の信者が、こちらの方へやってきた。


「チッ……どいつもこいつも――」


 舌打ちした後、目の前にいる敵に向かって駆け抜けた。勿論、こいつらを殲滅するために――だ。


「「シネ、シネ、シネ! リュウノカゴヲシラヌ愚カ者!」」


 全く――竜の加護ってなんだよ。意味不明な事で国を乗っ取ろうとしているんじゃねぇ!


「うおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 声が枯れるぐらいの咆哮を轟かせ、俺をナイフ二丁で襲うとした信者の喉仏を掻き切った。喉仏から溢れる鮮血を浴びる。べっとりとして生臭かった。


「くせぇ……返り血浴びちまったわ」


 返り血を浴びたのににたりと悪魔のような微笑んでぺろりと血を舐めた。その恐怖感を知った信者たちは一歩引いて、俺から距離を取った。だが、俺はその信者たちの後ずりした一歩を追って、目の前にいる信者の首を斬首した。


「アクマ……邪竜サマノ野望ヲ壊ス、アクマ!」


「ニ、逃ゲロッ! アイツハ俺達デハ勝テナイッ!」


 たたた……と忍者の如く素早く立ち去る信者。


「逃がさねぇよ」


 逃げる信者の後を追って、一体、また一体、また一体と信者たちを伐採するように殺し始めた。じゅしゃりと、鈍い音を戦場に残響させながら――


「殺せるものなら殺してみやがれぇぇぇっ! このくそ信者どもももおおおっ! 俺は不死のレオだぁぁぁぁっ!!」


 咆哮を轟かせ、俺は信者が群がる場所に向かって殺戮を繰り広げた。



 言い損ねていたが、レオナルドは討伐隊所属の下級騎士。剣の腕っぷしは上級騎士や隊長のお墨付きを貰えるほど実力を持つ。その上、戦場に出たとたんに駆け抜けて殺戮と言うメロディーを奏でる。そして、どんな銃弾やら致命傷レベルの傷を負っても翌日には戦場に復帰する驚異的な生命力を持っている事から、『不死のレオ』と呼ばれていた。



「はぁ……はぁ……」


 逃げた洗脳者追いかけて殺戮を終えると、乱れた息を整えた。とりあえず、周りに気を付けて一息しよう。いくら不死身でも活発に動けば体力が消耗するからな。


「――ふぅ。あぁ……くそぉ、邪竜洗脳者……め――いでででっ!?」


 腰辺りに刺さった折れた剣をぐりぐりと引き抜く。そして洗脳者のローブを引き裂いて先ほど引き抜いた場所の止血治療を行う。


「いってぇ……刺している時にぽっきりと折らすなよ。抜き取るのにめんどくさいんだ」


 なんて刺した邪竜洗脳者に対して愚痴を溢す。


「レオッ! 大丈夫か!?」


 そんな時、俺のあだ名――レオと呼ぶ声が聞こえた。


「おう、ライ。大丈夫だ」


 ライとあだ名で呼んだこいつは、ライネス・アーガリア。

 富豪アーガリア家の息子で、女子にモテるイケメン面が特徴の男だが、何故なモテないという残念な奴である。因みにこいつとは騎士養成学校からの古い付き合いだ。しかも同じ討伐隊のメンバーでもある。


「大丈夫なわけねーだろ、相変わらず血だらけになって戻ってくる……お前は鼻血を出し過ぎた子供か」と、皮肉交じりにライは怒った。


「大丈夫だって、ピンピン動けるんだし」


「――ダメだろって言っても、どうせ洗脳者をぶち殺すんだろ?」


「当たり前だ! こうでもしないとあの人に近づく事が出来ないからな!」


 そう――あの人に近づけられない……。こうでもしないと……会えないかもしれないんだ。


「あの人って――アーシェ様か? 全くぅ――お前はまだ諦めていなかったのか? アーシェ様と付き合うのは無理だって何度も言っているだろ」


「うるさい! 諦めてねーよ!」


 そう俺はあの人――アーシェに恋煩いをしている。昔、邪竜洗脳者の魔の手から助けられて……その時に惚れてしまったんだ。ドクン……と心臓が跳ね上がったのであーる。まあ、そんな訳で彼女を追いかけるために騎士になったのだ。


「ハイハイ――分かった。とりあえず、休憩は終わりだ。次の洗脳者が来るぞ」


 ライがそう言うと、俺は視線を地平線の方を向けて眺めた。


「だな……さて、洗脳者狩り――再開しますか」


 ゆっくり立ち上がり、俺達は再び戦場へ狩り出た。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!! くたばりやがれぇぇぇッ!!」


 大津波のように押し寄せる邪竜洗脳者たち。その巨大な波を打ち破り、邪竜洗脳者たちをまとめて斬り裂いた。目にも見えない――まるで魔法を使ったような一閃が煌めき、一瞬にして数十名の屍を築き上げた。


「はぁ……はぁ……痛っ」


 息を整えていると、首元からずきりとした痛みが走った。なんだろうと思い手を触れてみる。ぬめりとした液体がドクドクと噴き出ている。やがて首元に灼けるような熱さが襲った。どうやら、先ほどの攻撃で誰かが喉に刃物で突き刺したか斬り刻まれたのどちらかだろう。一瞬、ぐらり……と視界が霞んだ。これは致命傷レベルの出血かな?


 そして俺はそのままばたりと倒れ――――


「なーんてね――」


 地面を踏ん張り、鬼の形相で邪竜洗脳者たちを睨んだ。


「けけっ……面白れぇじゃねーか。『不死のレオ』と恐れられた俺を――なめるなぁッ!!」


 頬に付いた返り血をぺろりと舌を伸ばして舐める。瞬時、邪竜洗脳者の身に戦慄が走り、身を強張らせる。これが『不死のレオ』の力――致命傷レベルの出血を起こしても気絶どころか倒れはしない。そして爆発に巻き込まれて頭を打っても、ピンピンと動いて敵を倒す。魔法でも剣でも武術でも殺せない――すなわち致命傷でも死なないのだ。


「おおおおおおおおおおおおおおおおっ! 死に晒せぇぇぇぇッ!」


 身を強張らせているうちに邪竜洗脳者を斬り裂き、突き刺す。無駄な動きをせず、確実に急所を狙う。


「ギャァァァァァ!?」


「ゴベォッ!?」


 最後の断末魔を轟かせ、邪竜洗脳者はバタバタと倒れて死体に変貌していく。


「おおおおおっ!」


 隣のライも剣で邪竜洗脳者を一掃させる。俺の動きを真似しているのだが、無駄な動きが多すぎる。これだと、ほんの僅かな隙が出来てしまう。


「ゲゲゲッ! シネッ!」


 ほらね、ライの攻撃の隙をついて邪竜洗脳者が攻撃を仕掛けてきた。


「ライッ! あぶねえッ!」


 ライの背後を狙う洗脳者を突き刺し、薙ぎ払った。


「ふぅ……大丈夫か?」とライに声をかける。


「お、おう……悪いな」


「ならよし、ライ――俺の見真似してもいいけど、無駄な動きが多いぞ」


「マジで?」


「マジだ」


「はぁ……辛辣な感想どうも」と、ライはため口を溢して再び洗脳者を斬り刻んだ。


「そんじゃ、気を付けてな」


「おう、死ぬんじゃねーぞ」


「お前もな」


 ふっとライと俺は微笑みながら、拳を交わした。そしてライは明後日の方向へ駆け抜けていった。


「はぁはぁ……、ちくしょう……今日は何千人攻めるんだよ」


 ライが離れた後、乱れた息を整えながら遠目から敵の数を数える。見たところ……キリがない。後何人ぶっ殺せばいいんだ? 圧倒的な人数の多さに苛立ちを覚える。すると、背後から咆哮が轟いた。

 その正体は国王直属の騎士団だった。そう、この騎士団にあの人――アーシェがいるのだ。金色のロングヘアとドレス型の騎士装束を身に纏った可憐な女性――現国王様の娘だ。そして彼女は、九歳の時に騎士団の団長に上り詰めた天才……。

 俺は休憩がてらアーシェの姿を眺めた。初恋の人の剣戟、見せてもらおうじゃないか。


「先頭! 私に続けッ! 後ろは魔法援護! 残りは倒し損ねた敵を一掃せよッ!」


 アーシェの声が響き、周りにいる騎士たちの命を下す。「応ッ!」と答え、先頭の騎士たちは女性と共に洗脳者の大波に乗り込んだ。


「グッ……ア、アーシェェェェェッ! 我ラ敵、アーシェガイルゾッ!」


「よそ見している暇、あるのかしらッ!?」


 アーシェは、「アーシェの首を落とせ」と呼びかける洗脳者の首を打ち落とす。返り討ちにされたな……。


「グェッ!?」とまた一人、アーシェによって斬り殺された。すごいな……剣術の動きが人間とは思えない。まるで剣と一体化しているような俊敏な動きに見える。


「撤退ダッ! アーシェニハ敵ワナイッ! 一旦、撤退セヨッ!」


 邪竜洗脳者を率いる大将がそう宣言すると、邪竜洗脳者は撤退を始めた。


「ア、アーシェ……我ラ敵ノアーシェ……ッ!」


 洗脳者の誰かが、怨念交じりの言葉を残して立ち去った。負け惜しみだな。


「よし、皆! ご苦労、今日の戦いはここまでだ! あと、邪竜洗脳者の後を独断で追うな、分かっているな!」


「応ッ!」


 アーシェが一時休戦を宣言し、騎士団たちも作戦本拠地へ戻って行った。

 どうやら今日の戦はここまでのようだ。撤退した邪竜洗脳者を追いかけて殺すのは禁止されている。なぜなら、一人で討伐しに行って、邪竜洗脳者によって洗脳されかけた状態で戻ってくる可能性があるからだ。過去に何度かそんな事例があった。


「……帰るか。あぁ、いてててて……傷口が火傷しているみたいにジンジンする」


 俺も騎士団に追いかけるように本拠地へ向かった。


 

     ※



 かぁかぁ……とカラスが鳴き、血の色で染まったような夕日が照らしている。それはまるで、戦場の生き血を吸った吸血鬼を連想させた。

 アスタリア大戦の本拠地・アナシ地域。ここは無限の荒野が広がる場所だ。アスタリア王宮市街地から歩いて半日はかかる距離だが、最近西洋大陸から蒸気機関車というモノを導入した。まだ完成はしていないがじきに開通するらしい。

 まあ、そんな事はさておき――俺はその本拠地にいた。

 アスタリア王国討伐隊の救護テント内――そこに俺とライで傷口の手当てをしていた。入った時、看護スタッフが戦死した遺体の処理をしていて救護テント内は無人だった。そんな訳だから勝手に包帯や消毒液などを使って治療している。


「いてててっ……くっそぉ、あの信者め……俺の喉を掻き切りやがって……」


「ハハッ……しかしまぁ、喉を掻き切っても生きているなんてスゲー生命力だな、レオ」


 にっしし……と金髪のイケメンキャラのライネスが笑いながら、俺の体に刻まれた傷の手当てをしていた。


「うっせい……いたたたたッ!? おい、ライ。消毒液を付けるの止めてくれないか?」


「化膿したらどうするんだ」


「化膿しねぇよ。油もんなんて食ってねーし」


「脂っこいもん食べて化膿するなんて嘘だよ――」


「あ、マジで?」


「はぁ……お前って戦闘能力は高いくせに頭はバカなんだからなぁー」


「馬鹿じゃねぇ!」


「ははっ……そうかい」


 ちょん……とライネスは、再び消毒液を傷口につけた。ズッキーンという神経に直接大量の針を同時に刺されたような痛みが全身を襲った。


「ぎゃあああああっ! ライネス、いい加減にやめろってぇぇぇぇっ!」


「わかったわかった。傷に効く軟膏を塗るから」


 はぁ……やっとこの地獄から解放される。早く軟膏を塗ってくれ――俺はほぼ一日戦って疲れているんだ。早く横になってひと眠りしたい。


「塗るぞ、沁みるって感じたら言えよ」


「あぁ」


 ペチャっとライネスは、俺の背中に軟膏を塗り始めた。その瞬間、ビリっと辛い物を食べたような強烈な刺激が全身の神経に伝わった。


「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


「お、おい……ちょっと塗っただけだぞ! そんなに沁みるのぁッ!?」


「し、沁みる沁みるッ! この軟膏、傷口に沁みるぅぅっ!! 塩水付けているんじゃねえよなぁぁッ!」


「んな訳ないだろ、軟膏の中身に塩分なんて入っているわけないだろ」


「じゃあなんで沁みるんだよッ! いてててっ……」


 くそぉ……何か所にも及ぶ傷口がくそいてぇ……。前までは軟膏塗ってもこんな強烈な痛みなんて起こらなかったぞ。何故だ……? まぁ、今回の軟膏は沁みるものが入っていた――そう捉えておこう。


「さあな、お前の傷口の具合がよくないって証拠だろ」


「俺の行いはすべていい方だぞ……あーいててっ……ライ、軟膏塗るのもやめろ。傷口の激痛が走る」


「はいはい……とりあえず、軟膏塗るのはこのぐらいにしておくからさ」


「サンキュー」


 ライネスは軟膏塗るのを止めた後、突如騎士が入ってきた。その騎士は鎧の手首に三ッ星の紋章が刻まれている。これは――討伐総隊長付き添いの騎士だ。俺達に用があるのだろうか……?


「ライネス・アーガリア! いるか!?」


 ライネスの名前が呼ばれると、「はいっ!」と大声で返事した。


「総隊長殿がお呼びだ! 大至急、総隊長が居る総司令部へ向かえ!」


「りょ、了解です! そんじゃレオ、またあとでな!」


「ういーす」


 ライネスを見送って、俺は少しの間鎮痛するまで上半身を裸になっていた。


「うぅ……さびぃぃっ……冬はクソだわ……」


 そう、今の季節は冬だ。暖房物が無いこのテント内にいるだけで地獄なのに、軟膏がなじむまで上半身裸なんて凍える。『不死のレオ』と呼ばれた俺でも、流石にこの寒さは堪えられない。


「あぁ……さびぃぃっ……ガチで風邪ひくぞ……ふぇ、ふぇっきょいッ!!」


 やべぇ……くしゃみしちゃった。これは風邪になる前の前兆か?


「まったく……いい加減、軟膏乾いてくれないかな……ぶえっくしょいッ!!」


 早く軟膏を乾いて欲しいと願う俺であった――

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