Chapter Ⅱ 戦を終えて、酒を交わす……

 ――アスタリア王国・王宮前通り。


 時間帯は夜。冬だというのに戦や仕事を終えた人たちが酒を飲みにやってきて、王宮前通りは活気に満ちていた。

 その通りにある安い居酒屋にて、俺とライネスは久々に杯を交わしていた。


「「乾杯!」」と軽く杯を叩いて、ごくりと一杯飲み干す。


「ぶはぁぁぁっ……うめぇぇッ!」


 ライネスがオヤジ臭いセリフを言って、酒を注いでまた飲み始めた。


「はぁ……くっそ、さむむむむっ……」


 そんな中で、酒を飲んでいるくせに一人だけ寒がるレオとガハハハッと、泥酔前のライネスは安い居酒屋で酒を飲んでいた。


「なはははっ! レオったらよおっ! 酒飲んでいるのになんであったまらねーんだぁッ!?」


「しゃーねえーだえ……俺っち、昔から酒につえ―んだからぁー!」


 そう、何故か俺は酒が飲める頃から酒が異常なまでに強いのだ。そんな訳でほろ酔いすることもなく、平然としているため体が全然温まらない。

 酒に酔えば温まるって言うのは嘘なのか……? 全く……それを唱えた人は飛んだほら吹きだな。


「そーやさぁー、レオっちってなんで王国騎士団にはいったんだぁぁっ?」


「お前酒に酔う度にその質問してくるな……出会ってから六年も同じ質問するかぁ?」


「らってー! お前の騎士団に入った理由が面白くてなぁぁ~~! なんだっぇぇ~~? 皇女のアーシェ様と結婚するためにはいったんだぁぁっ~~って? 無茶ぶりだよなぁ~~将来王女候補のアーシェ様と結婚するなんてなぁぁ~~」


 馬鹿にしているライネス。いいだろ……俺はあの邪竜浸食被害から助けられたあの子が好きになっちまったんだ。その気持ちは絶対に変わらない。


「あぁ~~おれもけっこんしてぇぇなぁぁっ~~できれば、レオみたいに無茶な夢を追いかけるより普通にねぇ~~」


「おい、泥酔でも普通でも俺の夢をバカにしているよな」


「だって~~ほんてぇ~~のことやれぇぇぇ~~百年に一度の美少女ともいわれるアーシェ様とぉぉ~~どうへんぼくのおえめぇぇが、結婚できるわけべぇやぁ~~それいぜんに~~彼女と会える機会なんてめって~~にねぇ~~じゃねぇかぁぁ?」


「た、確かにそうだが……俺はまだ諦めてはいねぇからな。絶対に……」


「そぉわ言ったって~~おめぇ~~何年そのセリフを言ってレンだァァ~~?」


「おめーこそ、その悪口何年言っているんだ?」


 俺とライはお互い視点を合わせて睨む。その後、なはははっと大爆笑して再び酒を飲んだ。ぷぁぁっ……少し温めたストレートのアスタリア王国の地酒――うめぇえぇ! まろやかな麦のコクと後味の良いキレ……一度飲んだらやめられないわぁ~~!


「あぁぁっ! やっぱり美味しいいいッ!! オヤジ、地酒一升瓶頂戴!」


「はいよ……明日頭痛なんえーよーにな」


「わーってるよ~~! とりあえず、付けは隣の泥酔ヤロウに」


「はいよ!」


 オヤジもとい居酒屋の店長は、一升瓶を取り出してドンと俺の前に置いた。それを俺は手に持って瓶栓を抜きグラスに注いだ。


「ゴクゴク……ぷぁぁっ! うめぇぇッ!! ほんとこれ飲めば生き返るわぁぁぁッ!!」


 何度も何度も飲んでもうまい! やっぱ麦のコクがきいているゥゥゥッ!


「ヴぁぁ……おい、ライ。そろそろ切り上げねぇか?」


 ポンポンと泥酔しているライネスの背中を強く叩いた。こいつ一度泥酔したら、すぐ寝っちまうからな……背中を叩いて起こしてやらないと……。


「れぇぇ……い! おれはまだのべるぞぉぉっ!! おーい、酒持ってきてー!」


「ダメだろ……完全に泥酔しているじゃん! とりあえず切り上げるぞ!」


「だ~~だぁ~~、まだ飲みてーねんだよぉぉぉっ!」


 だめだ……完全に泥酔してやがる。いったい何杯飲んでいたら、こんなに泥酔するんだよ……。


「仕方がねぇ……ライ、悪く思うなよッ!」


 ライに向かって謝った後。俺はライの後頭部を手に持ってそのままカウンターテーブルに叩きつけた。


「ぶほっ!? べれぇ――――」


 はぁ……気絶してくれた。こうでもしないと、もう一軒寄るか飲み続けるか……。結局長時間飲んで朝帰りになる羽目になるんだよなぁ……。


「だ、だいじょうべぇか!?」


 急に頭を叩きつけた光景を見たオヤジが心配そうにライの方を眺める。


「いや、大丈夫だよ。こいつ、頭はクッソかったいので」


 そう言った瞬間、たらーと血がカウンターテーブルを染めた。


「いやいや、血出ているんですけど!? 本当に大丈夫かねッ!?」


「いやいや、本当に大丈夫ですよ。今朝飲んだトマトジュースを吐いてしまったんですよ」


「ほ、ほんとにだいじょうべぇか?」


「大丈夫ですって、とりあえず勘定」


 ライネスのポケットからお金を取り出し、チャリーンとお金をカウンターテーブルに置いた。


「あ、ありがとうございました……」


 オヤジがそう言うと同時に、俺は気絶したライネスをおんぶして店を後にした。


「はぁ……全く、飲み過ぎだっつーの。帰るぞ!」


「むねぇ……っ――」


 こいつ気絶しているのか……? 思いっきり寝言を呟いているんだが……。まぁいいか、とりあえず宿舎に帰って気絶しているライネスをベッドに寝かせておこう。


「はぁ……寒い。今日に限ってくっそ寒い。あぁ……人気がねェな……これも寒さの影響かねぇ……」


 王宮前大通りを眺めると、屋台とか店の方はまだ営業しているのに人気が全くない。ただ闇に飲まれたような静けさが広がっていた。


(……いつも賑わう大通りが、人気無さ過ぎて不気味に感じる。まるで邪竜洗脳者によって支配されたような雰囲気だなぁ……)


 なんて少し嫌なイメージを思い浮かべながら、静寂に包まれ人気のない大通りをてくてく歩く。はぁ……今週も戦場で駆け巡ったから疲労が出ているなぁ……。それとライネスをおぶって帰宅なんて……はぁー余計疲れが出るなぁ……。


「はぁ……はぁ……、さぶぶ……はぁ――あ?」


 ふとした瞬間、ぴちゃん――と冷たい液体が額に張り付いた。なんだこれ、と上の方を向くと、ひらひらと花びらのような儚い粉雪が降っていた。


「雪――か。今年は遅い雪だな……」


 なんて、悲しく詠うような詩人みたいにぼそりと呟いた。

 そういえば、まともに儚い雪を見たのは何時ぶりだっただろう……。戦争が始まった直後――? それともそれ以前か? どっちにしろ、雪をじっくり見るなんて久々だ。


(闇と言うキャンバスが儚い雪と言う絵の具によって染めていくみたいだな……それによって、何も無い暗闇が明るく染まるってか?)


 なんてまた詩人のような即興の詩を内心で詠っていると、突如粉雪から激しい吹雪に変わっていた。


「ちょッ!? いきなり天候変化するんかいッ! は、速く帰らねぇと――二人とも凍死しちゃう……は、は、はぶえっっくしょぅッ!?」


 くっそぉぉッ、やっぱり冬は嫌いだ。この吹雪の中、歩くなんて三途の川を歩くのと同じなんだ。それが嫌なんだぁぁぁぁッ!!


「ぶえっくしょい! ぶえっくしょいッ!! あぁぁあぁッッ! サブぶぶぶっ……こごえにぬるるるる……ッ!!」


 なんて言いつつ、凍えるような素振りは口だけで実際は全速力で宿舎へ駆け抜けた。



 数分後――王宮前大通りの外れに俺たちが住む騎士宿舎が見えた。木造二階建ての年季のある外観がボロい宿舎だが、トイレと共用の風呂付という。普通なら、共用の風呂なんて騎士宿舎についていないぞ。みんなドラム缶風呂だからな! という、同期仲間のセリフを思い出した。そんなもんなのかなぁ……? 

 どうでもいいセリフを思い出す事よりも、早く宿舎に入らないと死ぬッ!


「うぶぶぉぉぉ……ばだだだ……」


 宿舎の入口に着いて引き戸を開けて玄関に入った。


「し、死ぬかと思った……」


 ま、まぁ……吹雪から逃れられる家に入れた事だし、部屋へ行こう。

 玄関を上がってすぐに階段がある。そこに俺達騎士たちが住む部屋が八部屋ある。まぁ部屋は狭くは無いが、この時期になると部屋がすごく寒くなるのが難点である。やたらと隙間風が入ってくるのだ。まぁ、この家ってボロだから仕方がないけど……。


「うぶぶぶ……さみぃぃ……。た、ただいまぁ……」


 返事をするが、空返事だった。誰かいないのかな……? まぁ部屋で寝ているか、戦場の方へ向かって居ないかのどちらかだと思うけどね。


(とりあえず、ライを布団に寝かせとかねぇと風邪引いちまう――し、俺も風邪をひく前にストーブで温まろう……。マジで凍え死ぬぅ……ッ!!)


 ギシギシと唸る階段を駆け上がって、奥にある一号室に入った。


「ふぅ……サブぶぶぶっ……とりあえず、ライを布団に置いて――」


 ブルブルと震えながら、おぶったライネスを二段ベッドの下段の布団に放り投げた。


「うむっ……」と呻き声を上げたが、泥酔しているおかげで衝撃を与えても全く起きなかった。ふぅ……こればかりは許してくれ、ライ。俺は今、体が凍えて思うようにいう事が利かない無いんだッ!


「ふ……ふぅぅ……さびぃ……すと、ストーブぶるるるるる……」


 ブルブルと凍えさせて、窓際に設置された薪ストーブに向かう。


「うふぅ……サブぶぶぶっ……サブいしかいってぇぇぇねぇ……」


 薪ストーブの上に置かれたマッチと着火液の容器を手に取り、薪ストーブに入っていた薪にその液を撒く。マッチを点火させて、薪ストーブに放り込んだ。

 すると、ぼうっ……と薪から青白い炎が儚く揺らめいた。


「あばぁ……こ、これでストーブはおっけぇ……後は火が広がるのを待つだけぁ……」


 ストーブの前に座り、火が消えないか確認する。たまに着火液の量が足りなくてすぐに消えちゃうんだよね……。そうならないために、こうして見張っているんだ。


「うぅ……寒い、早く広がれぇ……体の震えがとまらなぁぁぁいい……」


 火が出てはいるけど熱波が弱くて、全然温かくない……。


(早くしてくれぇ……しぬぅ……)


 なんて思っている内に、パチパチと火の粉が弾ける音が響き火の勢いが上がった。


(はぁ……やっと、体が温まる事が出来る――)


 凍えていた体が徐々に氷が溶けていくように、体がじんわりと温かくなった。


「ふぅ――あったけぇ……生き返るぅぅ」


 温かい……先ほどまでの寒さが嘘みたいだ。


「そうだ、毛布を体に巻けば――」


 二段ベッドの上段に敷いてあった掛け毛布を取り、ポンチョのように毛布を肩に羽織った。


「あぁ……これ、マジいいわ。毛布の保温とストーブの熱波が合わさって、ポカポカするわぁ~~」


 ほんと、寒い冬にはこれが欠かせない事、間違いなしだ。寒がりの俺でも、すぐに温まるしね。それプラスで、温かいレモン生姜を飲めばさらにポカポカするんだよなぁ~~。

 あぁ、これ開発した人に感謝しなきゃなぁ~~。これがなきゃ今頃俺達、道のど真ん中で凍死しているはずだもん。


「――レモン生姜で思い出したら、飲みたくなってきた。あるかな……?」


 立ち上がって、二段ベッドの隣に設置された棚の方へ向かった。そして、レモン生姜を探すためゴソゴソと棚を漁る。


(確か、上から三段目の奥にしまったはずだけど――)


 ゴソゴソ――と棚の中を探すと、透明な瓶に入った黄色い粉末を見つけた。


「あった、これこれ。粉末状にしたレモン生姜! これをマグカップに入れてお湯を注げば――ってお湯ねぇじゃん! 早速詰んだんですけどッ!」


 脳内でナチュラルなツッコミをした後、お湯を沸かす為に一旦部屋を出て石窯がある広間に向かった。


「うぅ……さびぃ……部屋の中は温かくても、廊下と広間の方はストーブ焚いていないから寒い。あぁ――レモン生姜なんて思い出すんじゃなかった。でも思い出しちゃったから飲みたいんだよ……サブぶぶぶっ」


 ギシギシとうなる階段を降り、玄関とは反対の方向をぐるりと半反転。そして真っすぐ進むと、この宿舎に住む騎士たちの憩いの場――広間がある。宿舎仲間と一緒に食事をとったり、酒飲んだり、ポーカーなどをして遊んだり、飯を作ったり、一人でくつろいだり――と色々な事ができる場所なのだ。

 けど、今は夜中で誰もいないから不気味な空気が漂っている。ほんと、昼の広間と深夜の広間の雰囲気ってこんなに違うんだ――深夜に広間を使うことなんて滅多にないからな……。なんて、好奇心に深夜の広間を眺めた。


「って、そんなことしている場合じゃない。早くお湯を沸かさねぇ―と……」


 広間の一番奥の方に石窯がある。本来ならピザを焼く窯だが、外でやるのは寒いから石窯でやった方が手っ取り早く湯を沸かすことが出来る。


「はぁ……あぁ……さむむむ……はぁ……」


 室内なのに白い息が出る。となれば寒いってことだな……。

 そう思いながら俺は近くに置かれていたヤカンに水を注ぎ、石窯の中にヤカンを突っ込んだ。


「ふぅ……『紅蓮に咲き誇れ――紅蓮焔』ッ!」


 石窯に向けてパッチンと指を鳴らすと、ボゥッ……と窯の中に炎が広がった。

 そう、この世界に散らばるマナを使って火焔魔法を放ったのだ。マナというのは――まあ、魔法については追々説明するわ。俺って説明するのが苦手だから。


「あぁ……あったけぇ……」


 ほんと、これ開発した人に感謝だわぁ~~。

 ぽかぽかと温まっているうちに、ピィィィィィィっ――とヤカンから沸騰したという合図が鳴り響いた。


「……早いな。まあ、早く沸かすように火力を高くしたからな」


 ピザを取る器具を使ってヤカンを取り出し、持ち手の部分を火傷防止のために首に巻いていたタオルを巻く。


「さーて、早くレモン生姜を飲もう……」


 その前に後始末――パッチンと指を鳴らすと、炎々とした石窯内の炎が一瞬にして鎮火した。まあ、これも魔法の一種(?)らしい。ライネス曰く――体に流れる血液の動脈と静脈があって、左側に流れる動脈はマナを放出する力を持ち、逆の右側の静脈はマナを吸収する力を持っているとかなんとか……。

 まあ、よく分からない説明はともかく早くレモン生姜を飲みたい……という欲に駆られた俺は、熱々のヤカンを持って二階の自室へ向かった。


「ふぃ~~寒むぬ……」


「ぐごおおおおおおおっ――!」


 自室に戻ると、ライネスの耳障りな鼾が鼓膜を響かせた。相変わらず酷い鼾だ。隣部屋からの苦情が来ても、全然改善されねーからな……こいつ。

 さて……コップに粉末状のレモン生姜を適当な量を入れて、先ほど沸かしたお湯を注げば――温かいレモン生姜が完成だ。


「あぁ……さむむ――ゴクゴク……」


 早速飲む。


「ぶはぁ~~うめぇ~~!」


 熱々のレモン生姜――こういう寒い日に飲むとすごく格別な味が引き出るよなぁ~~! 生姜の強い風味を抑え、レモンの甘酸っぱく爽やかな味が人割りと口中に広がる。そして、生姜効果で体がポカポカと温かくなるんだ。なんで温かくなるのか、一時ライネスが説明していたけど、もう忘れちゃった。てへぺろ。

 ほんと、この飲み物を作った人に感謝だなぁ~~。なんせ、どんな寒い時でも自然に体がポカポカするんだもん!


「あぁ~~体がだんだん温かくなるぅぅぅ~~。そうだ、温かいうちに布団に入っちまおう! そうすれば布団も温まるもんな!」


 なんて原始的なアイデアを思い付いた俺は、すぐさま上段のベッドに滑り込んだ。


「ふぅ~~ちょっと寒いけど、やっぱレモン生姜飲んだ後に布団に入ったら温かくなってくるぅぅぅ~~!」


 体がポカポカして、いつの間にか冷たかった布団が一気に温まってきた。よし、寝よう――と思った矢先、コツン……とベッドの物を置く場所から硬いものが額に当たった。


「いたっ……なんだぁ――何が落ちたの……?」


 額にあるものを手に取ると、それはこの国の皇女・アーシェが描かれたメダルだった。しかも、俺の名前が彫刻された――世界でたった一つのメダル……。


「――あぁ、懐かしいな。昔、アーシェが俺を助けた時にもらったんだよな……どこに置いていたのか忘れていたけど、ここにあったんだ。――折角だから、明日メダル何時でも持っていけるようにチェーンでも付けるか」


 そうしよう――と呟いた後、俺はメダルを置いてあった場所に戻して寝る事に集中した。余談だが、これでも俺はうるさい戦場でも十分で寝れるんだ。普通ならうるさいやら怖いやらで寝付けない人だけど……。まあ、うん――俺はそんな環境に慣れてしまったって事だろう。そんな訳で、久々に静かすぎる環境で熟睡するのは五分も掛からなかったとさ――


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