プロローグ
『これを読む人に伝えたい。世界がどんなに否定しようが愛は必ず勝つって――』
アスタリア戦記の筆者、シュット・ジェ・トーエリアのあとがきより――
※
アスタリア王国――海に囲まれた大きな島国である。人口おおよそ二千万人、亜人、妖精、エルフなど多種人種が交わる国。民族争いもなく平和に暮らしていた。
ある日、そんな平凡な日常は邪竜によって崩壊した。突如現れた邪竜とそれに洗脳された人々によって、巨大戦争が勃発した。国を挙げての総力戦……だが、邪竜の強力な魔法と洗脳能力により、窮地に陥っていた――
◇
――咽かえるような熱気と血生臭い異臭が漂う場所だった。
ちょっと前までは、俺の住む家や隣家がズラッと並ぶ集落があった。従妹も友達も父さんも母さんもおばあちゃんも……みんな笑顔でおはようとかまたねとかさりげない挨拶をついさっきまであった。
けど、もう集落もさりげない挨拶も全て幻だったかのように何もかも殺されてしまった。そう……邪竜洗脳者によって――
「きゃぁぁぁッ!」
じゅしゃり……と斬り殺される人々の悲鳴が俺の耳に木霊する。助けたいけど、今の俺には助けられなかった。無力でただただ変えられていく屍を眺めながら、俺は殺されないように必死に逃げた。途中、友達と家族と共に一緒に逃げていたのだが、どんどん自ら盾となって殺されてしまった。結局、俺だけが残って逃げている。
「はぁ‥…はぁ……すまねぇ、レイ、リシュ……本当にすまねぇッ!」
嗚咽を溢しながら、追手から逃げる。友達が犠牲になって、俺だけが惨めに逃げている。それが辛くて喉が焼けそうなぐらい苦しかった。普通に走っているよりも……本当につらい。
「はぁ……はぁ……うわっ!?」
無我夢中で走っていたのと夜だった為、周囲を確認する事が出来なかった。そのせいで俺は派手に転んでしまった。二転三転……まるでおむすびころりんのようにゴロゴロと転がった。
「いっつぅぅぅ……やべぇ……早く逃げねぇと!」
急いで立ち上がった瞬間、ずきりとした痛みが膝を襲った。どうやら転んだ拍子に膝の皮が剥いでしまったらしい。マズイ……早く逃げないと、洗脳者に殺される。
ほふく前進で先を進む。膝がやられている以上、これは最後の移動手段だ。
「はぁ……はぁ……あがっ!?」
ほふく前進で進むたびに膝が地面に擦れて、激痛が襲う。俺は激痛に耐え切れず、蹲ってしまった。その間に、不気味な黒服を纏った邪竜洗脳者が俺の周りを囲んでいた。
「コロセ、コロセ、イケニエ、イケニエ……」
よく分からない事を言う洗脳者たちの手に鋭く光る剣を持っていた。あぁ……これで串刺しにされるんだなぁ……と悟った。まぁ、家族や友達を見捨てて逃げたんだ。ある意味見捨てた天罰が俺に降りかかったんだろう……。
「ひぃ……ッ!」
でも、そんな天罰にさえ怯えていた。死にたくない……こんな意味わからない事で死ぬなんて嫌だ。だから、俺は必死に逃げる……。
「コロセ、コロセ、イケニエ、イケニエ、イケニエ、イケニエェェェッ!!」
ダメだ……こんなトロイほふく前進で、逃げれるわけがない。いつの間にか、俺の足首を握られてしまった。殺される――――
「イケニエェェェ――――ギャアギャアぁぁぁぁぁぁッ!!」
目を開けると、そこは血の池地獄化していた。無残にも洗脳者の胴体と首がおさらばしていて、壊れた噴水のように勢いよく噴き出していた。
「――――」
俺は噴き出した血液を浴びて、呆然と無残な屍が倒れ行くざまを眺めていた。
「ふぅ……大丈夫かしら?」
洗脳者が倒れた後、背後から現れた黄金色のロングヘアの少女騎士が俺に向かって手を差し伸べた。
「あ、あぁ……」
俺は頷いて、少女の手を掴んで立ち上がった。脆そうな華奢な手なのに、俺を持ち上げるなんてすごい。
改めて少女騎士の全体像を眺めた。年齢は俺と同じぐらい十歳だろうか。まるで雪のように白い肌、宝石を埋め込んだような輝くブルーサファイアの瞳……。身長は、俺より一拳ぐらい低い。そして俺が最も驚いた事――それは華奢な体付きなのに、如何にも重そうな大剣を片手で軽々と持っている。
「怪我しているの?」
「あ……いや、その……」
照れ隠すように俺は膝から噴き出る血液を隠したが、少女は俺の手をどかして患部を見始めた。
「酷い……皮が捲れている。応急処置だけど、これで……」
ビリビリ……とスカートの裾を破いて、皮が捲れている膝にグルグルと巻いた。キュッキュッ……と縛って「はい、できたわ」と伝えた。
「あ、ありがとう……」
「まぁ、このぐらいは朝飯前よ」
エッヘン、と胸を張って威張る少女。この人って褒められると、威張りたくなる癖でもあるかな?
「包帯巻いたのはいいけど、あくまでも止血しているだけだから。とりあえず、まだ被害に遭っていない街まで歩けるかしら?」
「……いや、無理っぽい」
この怪我で街まで歩くなんて普通無理だろ……と、内心で突っ込んだ。
「そう……なら、アスタリア市街地の方まで私が送っていこう」
少女はまた俺に向けて手を差し伸べる。……ここは、甘えるべきだろう。正直、ここから一人で治療できる場所があるとは考えられないからだ。
「じゃあ……お願いします」
「よし……近くに止まっている馬車まで歩けるか?」
「あぁ……まぁ、何とか」
フラフラ……とズキズキと痛む膝に耐えながら、ゆっくりと少女の後を追った。
「はぁ……はぁ……」
「……埒があかないわね」
はぁ……と溜息をついた少女は、グイッと俺の腕を肩に回した。そしてそのまま二人三脚みたいに歩き始めた。
「あ、ありがとう……」
「礼はいいわ。私は当たり前の事をしているだけだから」
「そう……」
俺は思わず黙り込んでしまった。先ほどの冷たい口調を発していたから、俺は彼女に気を損ねるようなことでも言ってしまったのだろうか? だったら黙った方がいいなと思ってしまい、黙り込んだ。
「――ねぇ、貴方の名前は?」
少女は俺に向かって質問した。なんだ、気を損ねていなかったのか。
「……名を名乗るほどじゃねぇ――あだだっ!?」
この女、頬を抓りやがった。痛い、めっちゃ痛いんですけど!?
「遠回しは無し。いいから名前を教えて」
「なんで」
「さあね? 単にあなたの事が気になった――という理由じゃダメ?」
「ダメじゃないけど……」
「じゃあ、教えて」
俺は渋々と少女の質問に答えた。
「レオナルド……レオナルド・ミロン。アンタは?」
オウム返しに彼女に向けて質問した。とりあえず、質問されたからおあいこという形で。
「アーシェ……アーシェ・ジュリエットよ」
まっすぐな眼差しで質問に答えた。……俺は彼女――アーシェの眼差しを眺めた瞬間、ふとドクンと心が弾んだ。今まで感じた事のない高揚感……いつの間にか可愛くてカッコイイアーシェに見惚れていた。
「どうしたの? 私の顔に何かついているの?」
「あ……いや……何でもない」
ぷいっとアーシェを背いた。俺は……アーシェを見ていると、心が張り裂けそうな気持ちに満ちていた。これっていったい何だろうか? 心臓の病気? 幻覚? それとも――恋? 最初はこの気持ちの正体が解らなかったが、後に恋心という事を知った、
――そう。これが、俺が初めて味わった初恋だった。
……レオナルドとアーシェの出会いから、数十年の時が立った。あの二人の今は――
これは――絶対に結ばれない筈の姫と下級騎士が、家族の反対や戦を乗り越え結ばれるまでの恋物語だ。
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