Chapter Ⅴ お付き合いの代償
「よ、よし……出来たっ!」
アーシェがそう宣言する。一体何が出来たというのか……。あぁ、顎の方がジンジンと痛い。アーシェの奴、ドンぐらいの馬鹿力で殴ったんだよ。それに、痛みのせいで頭がくらくらする……アーシェに殴られて何分か意識を失ったような、そんな感じ。
「レオくん、今の自分の顔見て」
俺はアーシェから手渡された手鏡を持って、言われた通り今の自分の顔を見る。別に変っていないだろ……普段通りの目つきの悪い男の標準的な顔――――
「――って、何じゃこりゃああああああああああああああああああああああっ!!」
お、俺の顔が……女子みたいにま、丸くなっている! は、肌は白いし、目つきは丸くなっているしッ! そ、それに……声音が女みたいに高くなっている!? まさかっ……あそこまで奪われていないよなッ!?
もぞもぞと下半身を触って(自主規制)があるか確認する。
(あ、あるようだ……よかった)
シンボルともいえるものがちゃんとあって、ホッっと安堵のため息をついた。
「ちょっ……アーシェ! これは一体どういう事っ!? なんで俺は男の娘になっているの!?」
「仕方がないでしょ! 女性用の着替えしかないんだから、女装した方が手っ取り早いでしょ?」
「手っ取り早いって……他にもあるでしょ? 色々な案が! バイトと一緒に男性用の着替えを持ってくるとかさ!」
「あ……うん、そうれだけど――私、男着の着替えの場所知らないんだよね。だってほら、女だし――――」
……マジか。家族でも分けられているのか、衣類の置き場所を……。
「あ、そ……って、もう一つ! なんで俺の声が高くなってるの!? 喉仏でも抉り取ったの!?」
「喉仏は抉ってはいないけど、代わりに声を高くするように催眠魔法を喉仏の方にかけたわ」
「な、なに……その魔法」
「喉仏の機能を幼少期の声変わり前にしたと言った方が分かりやすいかしら? 男性ってね、声変わりするとき喉仏が顎の方に上がる現象がある。それで声が低くなったりするの。で、催眠魔法を使って喉仏はまだ出来ていないって喉周りの神経を伝えたのよ」
「へ、へぇ……つまり、要は喉の年齢を幼少期にしたって事かな?」
「まあ、そんな感じよ。持続は明日の零時までだから」
「わかった」と頷く。女装姿なんてまっぴらごめんだけど、着替えが女物しかない以上この格好でやり過ごすしかないのか……。
「とりあえず、さっさとこの服着ちゃって!」
アーシェはバサバサと衣類籠に中に入っていた服を俺に向けて放り投げる。
「うわっぷ!?」
服を取ろうと手を伸ばすが、ふんわりと浮いていてキャッチできず、そのまま顔面に服が覆いかぶさった。
「ちょっ……投げないでくれよ」
顔面に覆いかぶさった服を取って一度眺める。これは……布地が多いワンピースか? なら、これは上から着ないとダメだよな……。モソモソとワンピースを着る。
(うぅ……下半身がスースーする。女ってこういうの平気で着ているのか?)
なんて思いながら、スカートの裾をつまんできょろきょろと眺めた。
「はい、これも着て!」
「うわっぷ!?」
スカートを眺めていた瞬間、突如アーシェが投げた小さな布地が顔面に当たった。居たい…………これは一体なんだ?
布地を広げると、丸い円を三分の一カットしたような妙な形でちょっと可愛らしい水玉の斑点が付いていた。こ、これは一体……何だ?
「アーシェ、これってなんだ?」
「それ――女性用の下着よ」
恥じらいもなくさらりとアーシェは答えた。今、とんでもなく恥ずかしい事を言ったよね? 女としてあまり言ってはいけない言葉をさらりと。
「え、なに……もう一回言って?」
「だから、女性用の下着って言いているでしょ?」
「は、はいいいいいいいいい!? なななななっ、なんでぇぇぇッ!?」
思わず驚きの声を上げた。な、なんで女性もの下着を纏わなきゃならないのだ!?
「だって……ほら、スカート捲られた時に男用のパンツは居ていたら男だってバレちゃうでしょ……? それを履いていた方が大丈夫かなーって」
ツンツンと指を突っついて、恥ずかしそうに答えるアーシェ。もしかして、アーシェって戦術と勉学以外はアホなのでは? なんて、勝手な憶測した。
「と、とにかく! さっさと履いて! 羞恥心捨てて履いてっ! いいね!」
強く言い張った後、アーシェはプイっと後ろ向きに振り向いた。
(…………えぇい! もうどうにでもなれぇぇぇッ!!)
羞恥心を捨て、女性用の下着を履いた!
(……うぅ……何だこれ、恥骨を優しく包み込まれているような感触だし、張り付いている気分で気持ち悪い……)
履いた瞬間、しゅんと暗くなる感情が浮き出て倒れ込んだ。こ、こんな……普通では変態と思われる事をしているなんて――あぁ、恥ずかしい……涙が出る。
「履いた?」
「うぅ……うぅ……うん……ううううぅ……」
あれ……涙が出てきた。羞恥心を捨ててしっかり履いて達成したのに……なんでこんなに涙が出てくるんだ?
「あれ……泣いているの? ねえ、レオくん。泣いているの?」
シャーとカーテンを開けたアーシェは今の俺の姿を見て、心配そうな声音で寄り添った。
「う……うぅぅ……ッ! だ、大丈夫……ちょっと眩暈がしただけ――ううううぅ」
や、ヤバい……アーシェが寄り沿ってくれた瞬間にもっと涙が溢れ出てきた。なんで……ナンデなの……?
「そ、そう……立てる?」
「う、うん」とアーシェの手を掴んで、ゆっくりと立ち上がった。
「ほら涙を拭って――」
アーシェはポケットからハンカチを取り出して俺に渡した。それを手に取り、涙を拭い取った。はぁ……なんで涙が止まらなかったんだろう? まあ、涙が止まったからいいか。気にするような事じゃないし……深く追求するの止めよう。
「よし、着替えた事だし――パーティー会場に戻ろう!」
「え、ええええっ!? こ、この格好でぇぇぇッ!?」
「そうよ、なんの為に女装用に着替えたわけ?」
「こ、ここ限定かと思っていた……」
「はぁ……男性用がない以上、それを着て誤魔化すしかないのよ! いい、パーティーが終わるまでこの格好だから、あと女性としてふるまってよね! 分かった!?」
「は、はぁ……」とアーシェの圧力に押されて、こくりと頷いた。
「よし、パーティー会場へ行くわよ!」
「へーい……」と、気が乗らない状態でアーシェの後を追いかけた。
あぁ……なんで女装してまでパーティー会場へ行かなきゃならんのだ? あぁ……神様よ、これはアーシェと付き合えた事への代償でしょうかぁぁッ! ううううぅ……その代償がこんな辱めみたいな恰好をするなんて……はははははははっ……。もういいや、アーシェと付き合えたんだし、代償を何個貰っていいッ! ガハハハッ!!
※
更衣室から出て、アーシェと共にだだっ広い王宮の廊下を歩く。
(ほ、ほんと……王宮の廊下って広いよな……)
キョロキョロと廊下を見回す。最近西洋大陸から導入した電球使用のランタン型の照明器具が、廊下を太陽のように柔らかく灯している。そこにレッドカーペットが廊下一面に敷いて、高級感を醸し出していた。
そして……いつ終点にたどり着けるのか分からないぐらい、果ての無い廊下が永遠と続いていた。目の錯覚を疑うような――広さ……本当に終点ってあるのか?
「廊下――広いでしょ?」
廊下をキョロキョロと見回す姿を見たアーシェが、そう質問してきた。
「う、うん……本当に広い。まるで迷路みたいだな――」
「そう、この王宮の廊下って迷路になっているのよ」
ふふっ……と微笑みながら答えるアーシェ。
「え、そうなの!?」
「そうなの。親族でも初見でこの王宮の廊下を通るといつも迷ったりするのよ」
「へ、へぇ……なんで?」
「何でも、この王宮に攻め込んできた時に迷い込ませる為なんだ。壁紙の統一や照明器具を一定間隔設置、窓と扉を作らない、目印になるようなものを設置しない……。それだけで無限に続く廊下って錯覚するんだよ。簡単に言うなら――そうね、トリックアートみたいな感じかな?」
「トリックアート?」
なんだそれ……? 美味しいやつなの? そのトリックアートって。
「トリックアートって言うのは……説明すると、真っすぐに見ていると動かない絵が他視点から見ると立体的になったり動いたりするんだ。まあ、廊下が広く感じるって思うのは真っすぐ見ているとそうなるからなの」
「へぇ――そうなんだ。だから、廊下が広くなったような感じになるんだ」
「そうそう! この方法で敵を錯覚させ、一気に敵を仕留める――王宮に敵が入った時の初期防衛――――」
「アーシェ様ッ!」
突如、アーシェの声を上回る声でアーシェの名を呼んでいた。その声の主は、メイド服を身に纏った美少女さんだった。
「アーシェ様ッ! はぁはぁ……ここに居たんですかッ!」
「どうしたの?」
「アーシェ様がパーティー会場を抜け出してなかなか戻ってこない――と、国王様が心配なさっていましたよ!」
「……そう、分かった。そろそろ戻るわ。これ以上、心配させてはいけないですもんね」
アーシェはクールな口調で使用人に言う。
「えっと……そのアーシェ様、こちらの方は?」
使用人は俺の方へ視線を向け、アーシェに質問してきた。
「ふふっ……この方は今日から入った新しい使用人さんよ。つい先ほど着いたばかりで王宮で迷っていたところを見つけて、今ちょうど王宮内を案内していたのよ」
「は……初めまして、私はダゼッタと申します。よろしくお願いいたしますね……えっと――――」
「レオナ・アーベルト――そうおっしゃっていましたわ」
アーシェは使用人に向けて微笑みながら、勝手に付けた名前を言った。
お、おい……! アーシェの奴、勝手に名前つけるんじゃない! 俺にはレオナルドと言う名前があるんだぞッ!
「よ、よろしくレオナさん!」
使用人――ダゼッタはペコリと一礼をした。
「よ……よろしく――」
ダゼッタに合わせるように俺もペコリと一礼をした。って、それよりも名前ッ! なんで、ここで働く設定になっているのよッ――と言おうとしたが、先にアーシェの手が俺の背中をムニッと抓った。要は余計な事を言うなという指示らしい。
「ダゼッタ、この方の仕事着を見繕ってくれませんか? 仕事着の保管場所へ一緒についていきます」
ぬっ……と、アーシェが割り込むように話を入れた。その話に「分かりました」とダゼッタは頷いた。
「では、行きましょう」と、アーシェを先導に俺の仕事着がある場所へ向かった。
「おい……どういうつもりだ、アーシェ。なんで俺、ここの使用人で働く設定にしたんだ!? それとレオナ・アーベルトって――勝手に名前を付けるなよ」
使用人の目を盗んでアーシェに耳打ちし、先ほどまでの展開についての事について尋ねた。使用人で働く設定だとか、勝手に名前を付けられたとか……色々ツッコミどころありすぎるんだが!
「どいうつもりか――――ふふっ、さっき更衣室でいい事思い付いたって言ったでしょ」
「それは女装の事か?」
「それともう一つ――誰もバレずに私とデートできる方法も思い付いたって事よ」
「で、デート……? そ、それってもしかして――」
何となくだけど、理解は出来た。まさか、デート対策のために俺を女装させたのか? それもここで働く新人使用人として、王宮に入る手続きを無くすために……。確かに使用人なら王宮の出入りは簡単だ。一般の人の入場は、今は殲滅戦で封鎖されている見学コースルートしかない。普通に考えてアーシェとデートもとい出会う事は困難に近い。
それに、今アスタリア王国の王宮で働く使用人は二百五十人――その内の九割が女性だ。理由は王宮内の改革によって『王族の子が男なら男の使用人かつ女性は五十歳以上の人を採用し統一、女なら逆にする』と言う決まりが作られた。最初はなんでだろうと思っていたけど、アーシェから『王族と庶民の恋愛禁止』の話を聞いて分かった。庶民でも就職率のいい王宮の使用人から、恋に落ちてしまう恐れがある。そうならないように若い人の異性のつながりを断つための理由だったんだ。
なるほど……気軽にデートが出来ない状況でデートしたいなら、同性でデートする。流石アーシェ……最年少九歳で騎士団に入り団長になった理由が分かった気がする。こいつは、閃きが凄いんだ!
「ふふっ、全部理解したって顔をしているわね」
俺の顔を見て、にやけながら言う。
「あぁ、アーシェの目的――スゲーよ。これは何かお礼しないとダメぐらいの発想だよ」
「お礼なんていいわよ」と彼女は苦笑いする。
「そ、そうか?」
「そうだよ。――あら、話しているうちに使用人専用の更衣室に着いちゃったわね」
アーシェと話しているうちにいつの間にか『使用人専用女子更衣室』というプレートが書かれた部屋の前に着いた。
「さ、早く入って着替えましょ」とアーシェは更衣室の扉を開けて入る。幸い俺たち以外、更衣室には誰もいなかった。そしてガチャリと更衣室の内カギを閉めた。
「さーって! 着替えましょうか、レオナさん。くぅぅっ! 久々に腕が鳴るわねぇぇッ!!」
アーシェは嬉しそうに更衣室のタンスからメイド服を取りだした。
「あ、アーシェ――様、ご機嫌いいですね?」
隣に立っていたダゼッタに耳打ちする。
「えぇ、アーシェ様はメイド服になると血眼になるほど大好きなんですよ。そ、それで……あのぉ……ご、ご無事をお祈り申し上げます――」
途中から暗い声音で答えるダゼッタ。え……ちょっと、暗い口調で言うなんて一体何があったの!?
「ふふっ! 見つけましたわ! レオナさんにぴぃぃぃぃぃぃぃったりなメイド服」
ぴぃぃぃぃぃぃぃったり……と聞いた瞬間、背筋が凍るような悪寒が走った。
「あ、アーシェ様……一体何をなさいますの!?」
「ふふふっ! 何ってメイド服を着させてあげますわ。先ほどの風呂場の更衣室より強い刺激的な事をしますわ」
「こ、怖いです! アーシェ様ッ! お、おやめください……わ、私もう……!」
「さ、覚悟しなさい――レ・オ・ナ・さ・ん……」
「い、い、いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」
こうして再びアーシェの着直し(?)タイムが始まったのであった――
「どうか、ご無事でいてください。レオナさん」
ダゼッタは、可哀想な目で俺を見つめていた。
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