Chapter Ⅵ 熱きメイドと爆発と

「よ、よし――出来たっ!」


 アーシェがそう宣言する。一体何が出来たというのか……。


「おお、素晴らしい出来ですね。アーシェ様!」


「まあねぇ! このぐらい朝飯前よッ!」


 お、おい……俺は今一体どんな格好をしているんだ? ううぅ……鏡を見るのが怖い……。段々本来の自分が消えていくような感覚だよ……鏡を見るとね……。


「ほら、レオナさん。鏡を見てください」


 そう言ったアーシェは等身大の鏡を俺の前に置いた。それと同時にギュッと目を瞑った。いきなり今の自分の姿を見るのは怖いからだ。果たして俺の姿はどうなっているのだろう……?


 ドクン……ドクン……と心拍数が上昇する。


 怖い……女装に豹変した時ぐらい怖い……。ええい……覚悟を決めて、目を開くぞ!


(カウントダウン――さん、にー、いち……ご対面……!)


 ぱっと躊躇わず一気に目蓋を開いた。


「えっ……? これは――――」


 俺はてっきりアーシェのメイド服に愛情に対する暴走で、派手や露出の多いメイド服を着せられると思っていたけど、予想とは裏腹に無地の黒色ベースのロングスカートとシニヨンカバーと呼ばれるお団子ヘッドドレス着用タイプのメイド服だった。

 この服装は地味だが清楚感がある。その為、西洋大陸の貴族で働く使用人たちはすべてこのロングスカート型のメイド服――ヴィクトリアンメイドを着用している。因みに余談だが、ライの家に行ったときにこのメイドさんを見かけたことがある。それは何かとライに話を聞いたら、メイドの蘊蓄(うんちく)を長時間聞き流す羽目になったっけな。


「お、おお……か、可愛い――それに清潔感がある」


 自分でこんな姿を見てあれだけど、可愛すぎないか!? やべぇ……今映っている自分が他人なら、付き合いたいぐらいだ。あ、でも――アーシェが居るから付き合えないんだっけ……。


「でしょう? メイドは王宮内や屋敷で働くには清楚なものではなくてはなりません。ですが地味すぎるのも些かよろしくありません。そこでこの二つを兼ねそろえたメイド服こそ、ヴィクトリアンメイド(アーシェ改良型)なのです!」


 アーシェは凛々しい口調でヴィクトリアンメイドを自慢し始める。


「ですが、最近の西洋大陸のメイド服はスカートの丈が短く胸の露出が広くなり、卑猥なものに改良されて――終いには凌辱プレイや風俗メイドとしてご主人様の(自主規制)によって穢されていくはめに……ッ!!」


 アーシェの奴、西洋大陸のメイドの在り方について愚痴を言い始めた。そ、それに官能小説とかで使われるワードをさらっと言ったぞ! その言葉を聞いたダゼッタは「あわわわわわわっ……!? アーシェ様ッ!?」と、頬を紅潮させて動揺していた。

 ダゼッタよ……これに関しては少し刺激が強かったみたいだな。動揺から察するに(自主規制)や風俗店の事について疎いのだろう。確かにメイド風俗店は際どい改造メイド服を着床して接客しているからなぁ……その中には接客の向こう(エデン)へイくのもある。ご主人様プレイとか……。


「メイド服は可愛いと定評ですが、いかがわしい風俗店で着るものではありません! メイド服とはそう――清楚な聖者の鏡なのです! 清き正しい女性としての鏡ッ!!」


 あーアーシェさん、メイドの清らしい事を熱く語り始めたぞ。


「その清き正しい女性の象徴であるメイド服を汚す輩は駆逐しなければなりません! わかりますか二人ともッ! この清きメイドとしての素晴らしさがッ!」


「お、おう……そ、そうだな――な、ダゼッタ」


「え、えぇ……アーシェ様のメイド講座……とっても役に立ちますね――」


 メイド服について熱く語るアーシェの圧に押し負けて、俺達はこくこくと頷いた。正直、途中から変態用語ばっかり使っているから卑猥な話を熱く語っているようにしか見えないんだが……。


「あ、アーシェ様……メイドの事についてよくわかりましたので、その――そろそろパーティー会場へ行きましょう。国王様がお待ちしておりますので……」


 ダゼッタは熱く語るアーシェに向けて言う。ダゼッタ……もう卑猥な言葉の耐性が限界に達しているんだろう。だってもう、ダゼッタの全身が茹で上がったタコみたいに真っ赤になっているんだもん。


「そ、そうわね! ダゼッタの言う通り、そろそろパーティー会場へ行きましょう。これ以上心配させてはいけませんわね……」


 メイド服の熱き語りを止め、お嬢様の口調で我に返るアーシェさん。どうやら彼女はメイド服の事になると熱くなるようだ。今後、メイド服についてはあまり触れないようにしよう。絶対メイド服について丸一日語りそうな予感しかしないもん。


「レオナさんの着替えが済んだ事ですし、パーティー会場へ――――」


 行きましょう……とアーシェは言おうとした瞬間、ドゴオオオオオオオオオオンッ!!と言う爆発音が響いた。


「な、なにッ!?」と、バン……とアーシェは部屋を飛び出した。一体何があったんだろうか? 


「おい、アーシェッ!」と俺は彼女の後を追いかけた。王女様や騎士団長と呼ばれていても万が一あるかもしれない……。それに――アーシェの彼氏なら彼女の事を守ってあげないと! 例え、最年少最強の騎士団長と呼ばれいる彼女でもッ! 


「アーシェッ! 何処に――」と早速探しまわろうとした瞬間、目の前にアーシェが立ちすくんでいた。そしてもう一つ――虚ろな目でこちらを睨む数人の人影が見えた。


「グゲゲゲゲ……ヤッタ、ヤッタゼ……ゴルゴーン様ッ! ワレラノ宿敵、アーシェガイルゾッ! ゲヘへッ! コロシテヤルゼェェェェェェッ!!」


 この片言の口調――邪竜洗脳者か! やれやれ、いきなり王宮に入り込むとはな……。この場合、クライマックスに乗り込んで陥落させるパターンだろ!? いきなりすぎるやん!


「アーシェダ、アーシェダッ! 皆ノ者ッ! アーシェガイルゾッ! 首ヲ打チ取ッテ、ゴルゴーン様二ササゲルノダッ!」


「「オオオオオオオオッ!!」」と数人の邪竜洗脳者が雄叫びを上げると同時にアーシェを襲い掛かった。


「あ、アーシェッ!!」と叫んだ。これはマズイ……アーシェが殺されるッ! 逃げろ……逃げてくれッ! 付き合って初日に死ぬなんて洒落にならないぞッ!


 一歩一歩……とアーシェに近寄る。まるで時がゆっくり動いているような感覚に陥った。敵も俺と同じくもどかしく動いている。剣を持って挑む洗脳者や魔法陣を空中に描いてバチッ……と稲妻を放つ洗脳者も……すべてスローモーションに見えた。


「――――氷結と共に散りなさい――――『氷結の散華フリージ・ブルーム』ッ!!」


 厳かにアーシェがそう唱えた瞬間――アーシェを襲い掛かった邪竜洗脳者が一瞬にして氷漬けになった。パキキッ……と木が裂けるような音を響かせる。その音の発生元は照明器具の方だった。いや、それよりも、法の力が強すぎたのかアーシェの周りが氷漬けになっているんですけどッ!? やばばばいっ!! 俺まで氷漬けになってしまうッ!?


「のわわわわわっ!?」


 氷漬けにされる前に、足の重心を踵に集中させてブレーキをかけた。そして氷漬けにされた壁の手前で止まり、バランスを崩して尻餅を強くついた。


「ふ……ふぅーギリギリセーフッ!」


 何とか氷漬けにされずに済んだ……。ブレーキをかけるのが遅かったら、氷漬けにされるか凍った壁に衝突するところだったな。


「――散れ」


 再びアーシェが厳かに言うと、バキンッ……と氷漬けになった洗脳者の体が砕け散る。たくましい体格や華奢な体格……色々な体格を持つ洗脳者が一瞬にして粉々になるなんて、まるで花びらが散っていくような残酷で美しい光景を連想させた。


「ふぅ……レオ――レオナさん大丈夫ですか?」


 一瞬本当の名前を言い掛けたアーシェが心配そうな表情で俺に問いかけた。


「あ、あぁ……大丈夫――それよりも……」


「えぇ、洗脳者がこの王宮内に入り込んだようね……。厄介な事態ね」


「だな……パーティー会場の方は大丈夫かな?」


「分からない……でも、さっきの爆発音から察するに奴らはまだパーティー会場の方へは向かってないかもしれない」


「なんで?」


「爆発してすぐに地面が揺れたのよ。多分、爆心地は半径五メートル以内。爆発回数は一回だけだから、一か所しか突破していないって事だね」


 す、すごい……音と揺れだけで大体の距離が分かるなんて、アーシェの体感って一体どうなっているの? 地震計を体内に設置しているの!? 


「……すげぇ、流石最年少騎士団長様――」


 呆然とした表情でアーシェを崇めた。もう彼女が菩薩に見えてきたもん。


「とりあえず、急いでパーティー会場へ行きましょう。万が一の事があってはなりません」


「あぁ……そうだな」と頷く。そうだ、邪竜洗脳者が王宮内に乗り込んでしまっているんだ。これで占領でもされたらアスタリア王国は終焉を迎えてしまう。そうはさせない!


「ダゼッタ、ダゼッタは居ますか!?」と、アーシェはダゼッタを呼んだ。


「はい、アーシェ様!」と更衣室に身を潜めていたダゼッタが現れた。


「ダゼッタ、これからパーティー会場へ向かいます。絶対に私たちから離れないようにしてください」


「わ、分かりました!」


「それと……これからのパーティーへ向かう道のりは修羅の道になります。ダゼッタ、修羅の道を通る覚悟はある?」


 ダゼッタはアーシェの言葉を聞いて黙り込んでしまった。そうだ、これからダゼッタに血塗れの道――つまり邪竜洗脳者の死体の山を通る事になる。少なくとも目隠ししていけるような状況ではない。だから、彼女は問うたのだ。


 死体の道を通れる覚悟があるのか――――


「――あります!」


 真っすぐな眼差しをアーシェに向けて答えた。そうか……覚悟を決めたんだ。


「わかりましたわ。そしてレオナさん――」


 まっすぐな視線で俺を見つめるアーシェ。そんな強い眼差しで一体何を言うのだろうか……?


「邪竜洗脳者と出くわして戦闘状態になったら、私の背中――任せてくれます?」


 アーシェは俺に問うた。背中を任す……つまり、アーシェが戦闘する事になったらがら空きの背中を守る……。俺はその大役を任せる事が出来るのか?

 いや、違う。出来る出来ないの事じゃない。俺はやるんだ。だって、俺はアーシェの恋人なんだから。洗脳者を戦う恋人を見捨てるなんて、彼氏失格だもんね!


 一度目を瞑って深呼吸――


「あぁ、約束する」と答え、俺は拳をアーシェの前に出した。嘘はつかないと誓う……その思いを込めた拳だ。


「ありがとう」と感謝を伝えると拳を作り、ポンと拳を交わした。アーシェは俺の思いに答えてくれたのだ。


「それじゃ、行こう!」とアーシェが告げる。そして俺は「おう」と相槌を打ち、パーティー会場へ向かった。


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