Chapter Ⅴ 服屋へ行ったら、ひったくり犯を――
「――ん? あれ、俺なんで寝ていたんだ?」
目を覚ますと、見知らぬ天井が広がっていた。ここは何処だ……?
「レオくん!」
俺の顔を覗きにぬっと顔が現れた。その人物は――アーシェだった。
「あ、アーシェ!? なななな、なんでここにィィ!?」
「何って、私たちこの間結婚したばっかりじゃない! もう忘れたの?」
「けけけけけ、結婚!?」
「そうよ、結婚したの。あ・な・た!」
軽く額にデコピンをお見舞いされた。
「いたた……何するんだよ」
「鈍感のあなたに、お・し・お・き!」
「この~~アーシェ! お前にもお仕置きだぁぁぁッ!!」
アーシェの揶揄いに頭に来た俺はアーシェに飛びつき、そのまま彼女を纏う衣類を剥いだ。
「いやん……お仕置きって何するの?」
「むっふふふッ! それはなぁ~~お前を食べちゃうからなぁぁぁぁッ!!」
「いやァァぁぁぁッ! 食べられちゃ――――」
※
「あぁ――おいしい、アーシェの……すっごく絡みついておいしぉ……」
むにゃむにゃ……ういしぃ……と言った瞬間、「ぐわッ」と寝息を立てて目が覚めた。
「――ん? あれ、俺なんで寝ていたんだ?」
目を覚ますと、見知らぬ天井が広がっていた。ここは何処だ……?
むくりと体を起こすと、そこはオルベアが先ほどまで寝ていた部屋だった。
「――はぁ……そうだ。オルベアに体を揺さぶられて気絶していたんだ」
ゴソゴソと布団から出て、隣の工房へ向かった。
「おーお、アーシェ様と同棲してセ○○スした夢でも見たのか? このエロ魔人が」
物音で気付いたオルベアは、嫌味交じりに言い当てていた。
「ギクッ……。――んな訳ないだろ、ハハハッ――」
「へぇ~~隣部屋から淫乱な寝言を言って、涎垂らして否定しながらか?」
「んあっ!? マジ!?」
いそいそと顎についた涎を拭い取る。あぁ……やべぇ、寝言を言っていたのか?
「って、そんな事よりも俺を揺さぶって気絶した事について弁明を聞かせてもらおうか?」
「あ~~うん、悪かったよ。その――気が動転していた」
「はぁ……気が動転ねぇ~~? あのメダルって動転するような代物なのか?」
「あぁ……なんせ、世界でたった一つしか見つけられなかった鉱石を百パーセント使ったメダルだからな」
メダルの型枠の近くに置いてあった俺のメダルを手に取る。
「へぇ~~一つしか見つかっていない鉱石ねぇ~~? この普通のメダルだが?」
「普通のメダルと外観はそっくり同じだけど、純金で作られたメダルより硬いんだよ。少なくとも剣で叩き切っても剣が真っ二つに折れるぐらいにな」
「へぇ~~そりゃ凄いな。その情報どこで?」
「ちょうど剣に使う鋼玉を探していた時に聞いていたんだ。まあ、あるかどうか確かめて行ったけど無かったんだがね」
「ふ~~ん」
正直、どうでもいい話だけど、少なくとも冗談じゃない程のすごい代物という事がよーくわかった。そのぐらいの価値があるんだ……このメダルって。
なんで冗談じゃないって? こいつは鍛冶屋で色々な鋼玉見つけるために自ら鉱山を飛び回るほど、最上級の剣を作成するプロだからな。間違いない情報だ。
「まあそれよりもオルベア。メダルをはめる型枠が完成するのは、どのぐらい時間かかるんだ?」
「それよりもって――はぁ……まあ、どうせお前に鉱山の話を語ったって、スルーするからな……。メダルをはめる型枠の型に溶かした鉄を流し込んだから……まぁ~~見積もって一時間で出来るな」
「ふーん」
一時間……か、その間どうしようかな? 寒いからずっとここで暖を取るのもいいが、そういえば戦争時に休暇になったら買っておこうと思っていたんだが――一体何を買おうと思っていたんだっけ……?
(あっ……そうだッ! そういえば冬用の毛皮コートのストックが今着ているので最後だったんだ!)
そうじゃん、今季はクソ寒い日が続いたからコート着て戦争に出たけど、いつもそのコートを自分の身代わりに使っているんだよな……。い、言い訳じゃないけど、昔からの癖でコートとかの布物を身代わりに使っちゃうんだよ! その――そうすれば、敵を撹乱させる事が出来るのよ……。
「オルベア、ちょっと店を出てもいいか?」
「なんか用があるのか?」
「コート買わなきゃあかんのよ。今年はクソ寒い日が続いただろ? その時に戦争でぜーんぶズタボロになっちゃったから無いのよ」
「あー、なるほど。いいぜ、帰ってくるころまでには全部仕上げるからさ」
「サンキュー!」と言って、俺は鍛冶屋を後にした。
(さて、服屋へ行くか――)
たたた……と、雪で滑りやすい路面を駆け抜けて王宮前大通りにある行きつけの服屋へ向かった。
※
オルベアが営む鍛冶屋から少し北の方(王宮側)へ向かうと、鍛冶屋と同様少し古びた外観の古民家っぽい建物がある。一見、喫茶店でありそうな外観だが建物に入ると、ずらりと男女兼用の服などが販売している服屋さんだ。
「いらっしゃい――おやレーちゃん。久しぶりやのぉ~~休暇に入ったのかい?」
入ってすぐにカウンターがある。そこにこくりこくりと転寝しかけた老婆が座っていた。そう、この人がこの服屋を経営している老婆さんだ。俺の事を『レーちゃん』って呼ぶ。因みにこの人との関係は昔この店の二階に住んでいた時期があって、その時にお世話になったのがこの人である。宿舎の方へ引っ越した今でも時折服を買いに顔を出している。
「お久しぶりです、大家さん。今日から一週間半の休暇です」
「お疲れ様……、戦の方は大変じゃろ?」
「えぇ……まあ、色々大変ですけど、もう慣れました」
「そうかいそうかい……でも、レーちゃん。戦で死ぬんじゃないわよ! 死んだら自害して、あの世でアンタの首を掻き切るからね」
「あははっ……、大丈夫ですよ。俺は大家さんが逝くまでくたばりませんから」
なんて大家さんに冗談交じりで言った。
「ねーに言っているんだ! このアホたれがッ!」
誰もが怯えさせるような一喝を言うのと同時に大家さんは近くにあった毛玉を投げ、俺の顔面にボコンと直撃した。
「むほっ!?」
ぽとんと落ちた毛玉を拾って、カウンターにいる大家さんの方へ向かった。
「まあ、うん……死にはしないさ。とりあえず、その話は終わりにして――LLサイズの冬用コートある?」
「また破いたの? 全く……レーちゃんのお気に入りのコート、あるかべやぁ……?」
大家さんはよたよたと歩いて、コート売り場へ向かった。俺もその後を追った。
「ん~~と、何処かねぇ……? これかのぉ――?」
がさがさと探し出してコートをかけたハンガーを手に取り、俺に渡した。
「お、いつものやつだ」
このコートは熊の毛皮を使った高保温性のあるコートだ。分厚くもなく着やすいのが特徴だ。戦場に居る俺にとって分厚いコートは走る速度に支障が出てしまうから、このように走りやすいような薄手でかつ保温性が高いコートがこれなのだ。
早速試着――む……サイズちょうどいいじゃないか。これ一着購入しよう。やっぱり、いつも着ているコートの方がしっくりくるよなぁ~~。
「ねえ、大家さん。もう三着同じコート無いかな?」
「そーだのぉ~~」
大家さんはそう言って、ゴソゴソともう一度コートコーナーを探し始めた。
「う~ん……あるちゃあるが……サイズがのぉ……」
「あぁ……無いのかぁ……」
ううぅ……無いのはしょうがないが、この気に入っているコート以外にそれと同じ着心地があるコートがあるのか? とりあえず、大家さんがセレクトしてくれたコートを着てみるしかない。
「これはどうじゃ?」
大家さんは適当にコートを俺に手渡した。外観は凹凸の無い綺麗な皮製、内側はもこもこの動物毛皮を使ったやつか……。早速試着してみよう。
さっさと着替える。このコートの着心地は今着ているコートと同じくらい良い。だが……何故か知らないけど、首元辺りがすっごくチクチクする。こういう構造なのかこのコートって。
「着心地はどうじゃ?」
「うーん……ちょっと首辺りがな……、チクチクするんだよ」
「そうか……それじゃこれは?」
試着した服を脱いで、次のコートを手にした。これは全部毛皮製か? もこもこと癖になるような感触――まるで猫でも触れているかのようだ。
早速試着し――――
「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
突如、店の外から悲鳴が轟かせた。
「な、なんだッ!?」
悲鳴に呼び寄せるかのように体が反応して、俺は外へ飛び出した。
店を出てすぐの路上で、膝を押さえて蹲る女性が倒れていた。俺はすぐさま女性に駆け寄って介抱した。
「大丈夫ですか!?」
「え、えぇ……でも、私の巾着袋がひったくられてしまって――」
「なんですって! ――盗んだ人の特徴を覚えていますか?」
「えっと……茶色いフードを被った男の人で、右手に変な刻印がありました」
「わかった。どちらの方向へ逃げたんです!?」
「み、右の方……王宮正門の方へ――」
こくりと頷く。そして俺は怪我をした女性を服屋の方へ運び、大家さんにさっきの出来事を順に説明した。こんな怪我の状態で路上に放置するわけにはいかない。とりあえず、納得した大家さんは女性の怪我の治療を始めた。余談だが、昔大家さんは近くの診療所の看護師をやっていた事がある。その為か、すぱぱっと数秒で治療を終わらせた。
すげぇ……目が追い付かないスピードだ……。いいや――それよりも、早くその右手に刻印が刻まれた茶色いフードの人物を探して巾着袋を取り返さないとならないな!
とりあえず、女性から聞いた方向へ駆け抜けた。早く犯人を捕まえないと――!
※
――レオが女性を介抱していた時とほぼ同時刻。服屋の裏路地にて。
「……盗人?」
――単なる気まぐれだった。今朝雪が降ったという話を聞いて、私はすぐに外を眺めた。思わず見惚れてしまう程、白銀の世界が広がっていた。
『――すごい、綺麗~~。街の人たちはどうなっているのかなぁ~~?』
そんな何気ない一言が、外に出たいという好奇心に駆られた。そのままビュン……と風をきるように外へ出たのだ。
何となく普通に銀世界を堪能し、私の家へ帰路についたところだった。
――突如、悲鳴が聞こえたのだ。……職業柄の癖と言った方がいいのか――私は身を隠して、その様子を伺っていたのだ。
「ふぅん……王宮正面方面ね。ちょっとめんどくさい場所の方に逃げたわね……犯人は」
全く……王宮正門は私にとって危険ゾーンなんだから、せめて逆方向に行ってよね!
犯人に怒っても方向転換なんてしないんだから……もう仕方がない……危険度は増すけど、犯人を捕まえよう。犯人を追う青年に怪我をさせるわけにはいかない。
「さて……と」
私は裏道を使って、犯人を追うことにした。そのうち犯人は、すぐに裏路地に逃げ込んで雲隠れするはずだ。そんな事はさせない……侍女から逃れるために迷路のような裏路地を知り尽くした私から逃げ切れるなんて思うなよ――!
「ひったくり犯さん……私――アーシェから逃れないと思う事ね」
にたりと微笑んで、裏路地を駆け抜けていった。
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