scene24 今、一番欲しいもの
みんなの興味は僕に集まったままだ。
うーん。
……居心地が悪い。
人の視線は苦手だし、話題の中心になりたくない。
そもそもおかしくない?
美少女転校生の方を注目すべきじゃない?
「はい、静かに!」
と、教壇に立つ前田先生が声を発した。
その一言で、教室は表面上静かになって視線も教壇へと移る。
そして、前田先生が、
「それでは、山本さん。自己紹介を」
と、自らの場所を山本さんに譲った。
その言葉を受け取った山本さんは、深々とおじぎをしてから顔を上げ、
「山本ありすです。昨日イギリスから久しぶりに日本に帰ってきました。慣れないこと多くて迷惑をかけてしまうかもしれませんが、よろしくお願いします」
と、まだ緊張もあるのか、少しぎこちない笑顔で挨拶をした。
その直後、静まり返った教室が一変、拍手や歓声に染まった
「英語上手いのー?」
「好きな食べ物はー?」
「彼氏いますかー?」
「ありすってどう書くのー?」
など、男女問わず質問の嵐が起こった。
「えっと、チョークをお借りします」
山本さんはその中の一つを受け止め、
「わたしの名前は……」
と、みんなに背中を向けて黒板に書き始めた。
一字ごとに声を出しながら、
「
「
「
「
「
と、自分の名前を丁寧に縦に綴ると、またみんなの方へ向き直り、
「このように書きます。両親がつけてくれました」
と、微笑んだ。
教室に「おおー」と感嘆の声が上がる。
……漢字だとそう書くのか。
てっきり英語名かと思ってた。
だけど、なんだかしっくりくるし、懐かしいように馴染む。
しかし……。
転校生の名前の書き方で盛り上がるとか、それにしてもこのクラスは平和だなあ。
などと和んでいたのだが、甘かった。
「優人とは、どうなのー?」
と、余計な声が響き渡ったのだ。
おいおーい。
さっきの質問の嵐の中にはなかったじゃん。
でも……まあ……、いずれにせよ予防も含め、みんなに説明が必要だろう。
“親せきみたいなもの”と答えてもらえるのが良いんだけど。
その声に反応した山本さんは、
「どう……?です……か?」
と、小首をかしげた。
そうそう。
続けて“親せきみたいなもの”ですと答えてくれればいいですよ。
山本さんは回答が見つかったのか、笑顔になって質問者を見る。
そして、
「ゆーとさんには……優しくしてもらっています」
と、答えた。
吹き出す僕。
教室にざわつきが復活する。
おーぅいっ!
また視線が集まる。
思わず山本さんをまた見ると、山本さんもこちらを見ている。
視線が合うと、更に一段上の微笑みをくれる。
うーーーーーーーーーーーーーん。
はい……笑顔頂いちゃいました。
視線が合った人に笑顔で対応。
可愛い。品がある。失礼もない。つまりは、きちんとした対応だ。
でもね。
でもなのです。
みんなの変な誤解がなければ、だと思いますよ。
僕との関係に誤解がなければ、非常にきちんとしている応対、だと思いますよ。
その証拠にというか、クラス中の視線がテニス観戦のように僕と山本さんを行ったり来たりする。
僕が困惑していると、大介の前の席の知香が立ち上がって、
「二人は、親戚みたいらしいよ」
と、周りを見ながら少し大きな声で説明をしてくれた。
いいぞ知香。
良い意見だ!
「そうなのか?優人」
隣の大介も確認してくる。
いいぞ大介。
良い質問だ!
「そうなんだよ」
と、すかさず大介に、大きめな声で返答をする。
そのやりとりを聞いて
「親戚なのかー」
「いいな、こんな可愛い子と」
「似てないけどねー」
と、ざわつきながらも、クラスの雰囲気は落ち着き始める。
ふぅ。
「はい、そろそろ終了ー」
前田先生が手を一つ叩いた。
クラスのみんなも静まる。
「じゃあ、山本は鈴木の隣の席で」
と、僕の左隣の窓側の席を指示した。
うーん。
空いてる席でしたし、まあ、そうなりますよねー。
みんなの誤解が膨らまないよう気をつけないと。
着席するため、山本さんが教壇を降りた。
みんなが山本さんを見ている。
席へ近づき僕のそばを通り過ぎる間際、山本さんが小さな声で僕に話す。
「学校でもゆーとさんのお隣で安心です」
おおぅっ?
無邪気なの?無防備なの?無鉄砲なの?
その言い回し危なすぎない?
思わず誰も聞いていないか見回す。
……大介と目が合ってしまった。
大介は、眉間にしわを寄せながら笑ったような顔をすると、
「はははは。優人くぅん?」
と、口に手を添え、他の人には聞こえない押し殺した声で僕の名を呼んだ。
「“学校でも”ってどう言う意味かな?」
「はははは」
ひとまず今は、僕も白々しい乾いた笑いを返すしかなかった
今、一番欲しいもの。
それは、心の余裕と潤いです。
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