scene9 大福で海を渡るとオオカミ少年は二度と死ぬ
二人はレジへと歩みを進める。
レジの手前のちょっとしたお菓子を置いてるところに、二個入りの大福のパックがあるのに気づく。
ふむ。イギリス育ちの山本さんはこういう日本的なお菓子は喜ぶかも。
いや?
もしかしたら嫌いかな。
「山本さん。大福好きですか?」
と、そのパックを指差しながら訊いてみる。
あれ?ちょっと固まっている?
「ひょっとして、あんこが苦手とかあります?」
ぶんぶんと首を横にふり、髪の毛がひろがる山本さん。
「じゃあ、デザートにでもしませんか?」
ぶんぶんと首を縦にふり、両手とも握りしめる山本さん。
「ふむ。これを買って帰りましょう」
大福のパックを手に取り、買い物かごの一番上に載せた。
ぱさっ。
ん?
羽織っていたシャツが下に落ちていた。
山本さんが笑顔でバンザイをしていた。
……だから、ノースリーブだと視線に困るから。
僕がシャツを拾い立ち上がり、山本さんの肩に羽織りなおす。
山本さんは僕の持っているカゴの中の大福をのぞき込む。
そして顔を上げた。
「わたし、和菓子が好きでっ」
そうなのか。
「わたし、大福が大好きでっ」
そうなのか。
「わたし、だから日本に来たのですっ」
……そうなの?
レジで会計を済ませて袋詰めを終え、スーパーを後にする。
僕らは並んで家に向かう。
山本さんのテンションはまだまだ下がらない。
「イギリスだと、和菓子やあんことかなかなか口にする機会がなかったのです。お団子とか大福とかお腹いっぱい食べてみたくて……」
と、大きく息を吸い込み、
「大福のために日本へきたと言っても言い過ぎではないかもしれません、はいっ」
……詳しいことは知らないけど、それは言いすぎじゃないかな。
さらっとした人工的なスーパーの空気が身の回りから失せ、代わりに夏の本物の空気がまとわりつく。
町は薄暗くなってくるがまだ完璧には夜に包まれない。
隣の山本さんは鼻歌を奏で始めている。
調子の少し外れたそれは、少し懐かしく思うようなメロディーで。
どこかで聴いたことあったのかな?などと思って見ていると山本さんが僕に向くから目が合ってしまう。
「あ」
山本さんは一声発したかと思うと、すぐ目を伏せる。
「……鼻歌していましたよね、わたし」
見る見るうちに顔が赤く染まっていく。
正解はどっちだ?
聴いていたことを正直に話す、いや、聞こえてなかったふりをする?
選ぶんだ、僕。
…………………………よし。
「ええ、気持ちよさそうにしていましたよ」
と、斧を池に落としたおじいさんや、桜を切った子どもを支持することにした。
「ええええっ、やっぱりですかっぁぁぁ?」
わたわたする山本さん。
「その、あの、気分が良いと鼻歌が出てしまって、あの、ご迷惑をおかけしてしまって、その」
それはそれで愛くるしくて、選択は間違ってないようにも思えるけど、コミュニケーション的には違うかもと思ったので、
「いや、でも聴こえていたけど聞こえてないというか、その、ちゃんと聞こえなかったというか」
僕は鼻が伸びる木彫りの人形へと支持者を変えた。
「本当ですか?」
と、山本さんは上目遣い。
おぅっ。
瞬殺。
オオカミが来た時、誰も信じてくれなくて構わないと思いました。
こっちが正解のようなので、僕はそのままというか、更にというか、調子にのって続ける。
「はい。そうですね。聴こえてはいましたが、元のメロディーはわかりませんでしたし」
山本さんの上目遣いにしわが寄った。
「あまり、上手ではないもので…」
……にらまれてしまった。
正解を通り越してしまったらしい。
僕は正しいところまで引き返そうと、慌てて思いつく言葉を口にする。
「でも、本当、のびのびとしていて個性的で、その、素敵な、そう、素敵な鼻歌でしたよ、はい」
山本さんのレッドゾーンは耳まで達してしまい、不正解へ向け進んでしまった事が証明される。
そして、少しだけ間が空いたあと、
「……いじわるですねっ」
と、小声で呟き、横を向いた。
おぅっ。
不正解はある種の正解でした。
またまた、僕はその仕草で即死してしまう。
……山本さんって新型ウェポン並みの性能を持ってません?
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