scene25 ダイエット始めました?

「はい。では、今日は終了。明日から通常授業だからな」

 前田先生は、夏休みの宿題や提出物を集めると去って行った。

 

 僕はスクールバッグにペンケースをしまう。

 やれやれ。

 今日は不必要に視線を集めちゃったな。

 

 とっとと帰ろう。

 

 そう思って左側を見ると、山本さんの席の周りにクラスメイトが男女問わず集まっていた。

 

「山本さんって何年イギリスにいたの?」

「十年くらいですー」

「日本語上手だね」

「はい。家の中では日本語でした」

「優人のことは前から知ってたの?」

「お会いしたのは昨日初めてですー」

「海外ってやっぱり格好良い人多い?」

「それは……よくわかりません」

 

 山本さんは、浴びせられる質問に順序よく答えていた。

 

 転校生に美少女ブーストが加わりかなりの人気だ。

 その輪は僕の席まで巻き込もうとしている。

 

 右を向くと大介と目があった。

 きっとどこかのタイミングで、深く訊いてくるつもりだろう。

 こなさなきゃいけない問題だけど、お祭り好きのあいつに説明するのは、正直ちょっと面倒だ。

 

 ふう。

 僕は左右どちらも向けなくなり頬杖をつく。

 そして、ため息をついた。

 

 山本さんのところにいた奴らが移動してきて、僕にも話の矛先が向けられる。

「優人。こんな可愛い親戚、羨ましいな」

「ああ」

「お前みたいな平凡な奴に、こんな知り合いがいただなんてな」

「まあな」

「ひょっとして、優人も英語できたりして」

「まさか」

「ラッキーすぎじゃない?」

「え?そういう感じするか?」

 と、適当に流せない質問にちょっとあせる。

 

「ラッキーと思うか?」

 僕は気になってその話を保持する。

 

「そうじゃん、だってこんな美少女と仲良しなんて」

「まあ、そうだよ……な」

 と、応えると、他のクラスメイトからも声が上がる。

「まじ、ずるい」

「女子から見ても羨ましい」

「超ラッキーだよねー」

 

 ラッキーか……。

 やっぱりそうだよな。

 ひょっとしたら、辻妻合わせに良くないことが起きるのではと、不安がよぎる。

 

 正直、僕はこういうのは苦手だ。

 

 良いことでも悪いことでも、目立ちたくないし、騒がれたくない。

 平々凡々に埋もれて生きていきたい。

 長く細く波風なく。

 

 だからこんな輪の中心にはいたくない。

 

 僕は人気者でもないし、かといって友達がいないわけでもない。

 クラスの空気を作る側ではないけど、一人で強烈なバリアをまとっているわけでもないので、質問されたら反応する。

 

 それが普通ってもんだろう。

 

 無個性な僕にしては、山本さんはやっぱり突出しすぎているのだと思う。

 そのおこぼれで一瞬注目を浴びてしまって、本当は一刻も早くこの状況を避けたいというのが本音だ。

 

 だけど、山本さんが楽しみにしていた高校生活の出だしだ。

 僕の自分勝手な思いで、その無垢な思いを壊すことはしたくない。

 

 そんなことしたら、運気も下がりそうだし。

 

 何より今の山本さんの戸惑いながらも楽しげな顔を見ると、無粋な気持ちも無くなる。

 

「じゃあ、優人またな」

「明日からも楽しみだな」

 気が済んだ奴らはパラパラと帰りだし、僕の周りから人が減り始める。

 

 ま、そんなもんだ。

 僕への興味はこれくらいだろう。

 

 山本さんはまだ取り囲まれているけど、その人数も少なくなってきている。

 盛り上がりのピークは過ぎたけど、まだ話ははずんでいるようだ。

 

 山本さん一人を残して帰るわけにもいかないしなあ。

 

 山本さんと目が合ったので、 

「ちょっと、トイレ」

 と、僕は窓際に聞こえるよう大きめの独り言を言う。

 

「お、優人、帰るのかー?」

 席を立った僕に、大介が声をかけられる。

 

 大介……。

 君の方は向いてないから声は届いてないかもしれないけど、カバンも持ってないし見ればまだ帰らないことくらいわかるだろ?

 

 つられて山本さんも席を立ち大きな声をだした。

「ゆーとさん!帰るのですか?」

 

 あれ?

 トイレって聞こえるように言ったつもりだったんだけどな。

 

「それなら、わたしも一緒に帰ります」

 山本さんの周りの人たちの、生暖かい視線が僕に集まる。

  

「山本さん、まだ大丈夫ですよ」

 と僕が言うと、頭の中が春でいっぱいの大介が、

「じゃあ、優人と駅前のファミレスに寄ってるから、後で来れば」

 と、まだこの土地になれない山本さんに、アホなことを提案する。

 

「駅前の?ファミレス?ですか?」

 山本さんが首をかしげ、何か言葉を探し始める。

 

 教室中が静かになった。

 

 ……なんか嫌な予感がするぞ?

 

 山本さんが、大介に頭を下げた。

「すみません」

 そして、続ける。

「わたし……ゆーとさんの家しか、わからなくて」

 

 ……山本さん?

 今、なんて言いました?

 

 ゆーとさんの?

 家?

 しか?

 わからない?

 

 いくらなんでも、僕の家だけ覚えているってのは……まずくない?

 

「山本さんっ?」

 僕は、思わず大きな声を出して、

「そうですね、山本さんの家と僕の家近いから」

 と、続けた。

 

 みんなの願望もあって、教室は気まずいながらも、ほっとした空気に移ろうとする。

 

 山本さんは、

「あ、あの、その、そうだ!そうです!」

 手をばたばたさせて、

「もちろん他にも知っていますよ。えっと……えっと……」

 明らかに目を泳がせつつ、

「はい!」

 と、手を挙げた。

 

 嫌な予感メーターがさらに上がる。

 

 ぱちん。

 

「そうです!昨日、ゆーとさんと、一緒に夕食を作るため買い物に行ったスーパーも知っています」

 山本さんは、その言葉とともに手を打っていた。

 

 教室にはシーンという文字が白抜きでくっきりと浮かび上がっている。

 

 ……はい。

 

 疑惑は奥の奥まで深まりました。

 グレーは限りなく黒に近くなっている。

 さらには他の疑問まで出てきたりしているような……。

 

 これだけ際どい自白だと、誤解が深まるばかりじゃないですか?

 

 山本さん……。

 ダイエットでもしているのですか?

 

 

 

 

 

 

 ……取調室でカツ丼がいらないタイプなんですね。

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