scene4 洋式トイレに感謝を

「ふむ。一回落ち着きましょう」

 僕は自分に言い聞かせるのも含めて声を出した。


 そして立ち上がる。


「お茶でも持ってきますね」

 開けっ放しのふすまの廊下の向こう、台所へと向かう。


 ガラスの引き戸をガラガラとあけて入り、左側に少し歩き冷蔵庫を開ける。透明な容器に半分ほど入った麦茶を取り出しコップを二つ用意し、お盆の上に乗せ居間へと戻る。


 山本さんは物珍しそうに室内を見渡していた。


 まあ海外生活が長いっていうのもあるだろうし、そうでなくても洋風感がほとんどないこの家だ。もちろんテレビくらいは山本さんの右側(南側)にあるけれど、昭和的なものが漂うこの空気は、日本にいたとしても同年代的にはちょっと珍しいというのもわかる。


 とはいえ、室内を物珍しそうに見られると、なんとなくだけど恥ずかしいような気持ちになる。

 秘密にするようなものは無いけど(……ここの部屋には)、身体の一部というか内部というかを見られているようで。

 家庭訪問時の恥ずかしさに、診察されてるような恥ずかしさも加わる。


 そんなこと言っても一緒に暮らすことにした時点でいろいろ遅いんだけど。


「麦茶です。良かったらどうぞ」

 ちゃぶ台に麦茶セットを置いてコップに注ぐ。


「ありがとうございます」

 両手でコップをもって一口。

「冷たくて美味しいです」


 とても品がよろしいようで。


 美少女だからということはないと思うけれど、汗を全く感じさせない。

 扇風機が首を横にふると髪の毛がやわらかく動く。

 山本さんは、両手を使ってもう一口麦茶を飲む。


 今さらだけど、こんな美少女と一緒に住むのって良いのだろうか?

 世間体もあるし、幸運を使い切ってしまいそうだし…。しっぺ返しがひどいとか無いよね?

 いやいや、どちらかというと人助けということなのでは?

 そう、住むところがないんだから人助けに違いない。


 などと、あれこれ考えつつ麦茶を飲む山本さんに見入ってしまっていると、目が合ってしまった。


 お決まりのように笑顔を返され、会話をしたかったことにして糸口を探し当てる。

「山本さん、荷物はそれだけですか?」


「はい、わたしは出てくるのにこれで十分でした」


 はい、僕は女の人ってもっと荷物がたくさん必要なものだと思っていました。

 そんなものなのかな。


「あ、ゆーとさん」

 と、手をたたく山本さん。


「急に押しかけてきて申し訳ないのですが、わたしはお部屋っていただけるのでしょうか?」

 あ、そうだよな。部屋必要だよね。


「玄関の前が僕の部屋だから、山本さんが座っている後ろの部屋でどうでしょうか」


 亡くなった祖母の部屋だったところだ。荷物はもう片付けてしまったし、おばあちゃんを訪ねてきたのだから、ばちは当たらないよね?


 そもそも三部屋しかないから選択肢も何も無いのだけど。

 隣の部屋が僕の部屋だったらお互い気まずいだろうし。なにせふすまだから物音も筒抜けだし。

 だから居間を真ん中にするという選択肢は最初から選ばないわけで。


「元々祖母の使っていた部屋ですが、狭い家なもので」


「お部屋を貸していただけるだけで十分です。ありがとうございます」

 いわゆる満面の笑みをする。そして

「では荷物を置きにいってきますね」

 と、山本さんより重そうなスーツケースを持ち上げ、廊下に出ようとする。


「山本さん?廊下に出なくてもそのふすまをあければ部屋ですよ」


「ふすま?」


「そうです。その丸く少しへこんでいる部分に手をかけて横にスライドさせてください」


 当たり前だけど、ふすまは横にすーっと動いた。


「おお!動く壁ですね!」


 ……うん、そこからか。

 そこまで日本の家と遠い生活だったのですね。


 トイレは洋式で良かったなと、生まれて一番強く思いました。






 ……和式だと、上手く説明する自信がないのです。

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