scene17 犯人は僕だ!

 ん?

 ふすまの向こうから、山本さんの声がしたような?

 

 閉じていた目を開けてみる。

 夜の耳は敏感のままだ。

 

 ふすまの向こう側に人の気配がするような……。

 

「ゆ…………さ……ん?」

 やっぱり、山本さんのささやくような声が聞こえる気がする。

 

 上半身を起こし、僕も小声で応えてみる。

「山本さん?」

 

「ゆーとさん、起きてますか?」

 同じような小声ではあるけれど、今度ははっきりと聞きとれた。

 

 遠慮がちだけど、ちょっと切羽詰まったような声だ。

 

 僕は立ち上がりふすまを開ける。

 

 居間に山本さんが立っていた。

 手には何か人形のようなものを握っている。


「どうしたんです?」

 居場所が見つけられないような、山本さんに声をかける。

 

「その……、ちょっと眠れなくて」

 山本さんはうつむいたまま話す。

 

 そりゃそうか。

 日本に戻ってきたばっかりだし、知らない家だし、気持ちも昂ぶっているだろうし。

 

「居間でお茶でも飲みます?」

 

 山本さんはまだ下を向いたまま応える。

「ありがとうございます。でも、これ以上カフェイン取ると、ますます寝られなくなりそうで……」

 

「ふむ。じゃあ、お茶なしで話でもしますか?」

「でも、その、明日から学校だしそろそろ寝ないと……」

「それもそうですよね」

 

 山本さんは下を向いたまま、か細い声を出した。

「なので、あの、ゆーとさんと一緒に寝ても良いですか?」

 

 ……爆ぜた。

 気持ちの中の僕は、首から仰け反り、仰向けでぶっ倒れている。

 

「い、一緒に?一緒に、ですか?」

 と、返答を上ずった声でしてしまう。


「はい」

 と、山本さんは顔を上げる。

 しかし、目は伏せたままだ。


 実際の僕は、BPMがどうしたみたいなことを実感している。


 山本さんは僕を上目づかいで見た。

 心なしか目が潤んでいるような。


 山本さんは決意したように小さくうなずいた。


 そして……。

 そして、

「はい。一緒のお部屋で寝させてもらえませんか?」

 と、小声で話した。

 

 ……ですよね。


「わかっています、一緒の部屋で、ですよね」

 

 ……危なかった。

 

 僕の想像力は、それはそれは素直に育っていて。

 山本さんの言葉そのままに膨らんでいましたよ。


 想像以下ではあったけど、一緒の部屋っていうのもなかなかだとは思いますが。

 

「あの、今日だけ、今日だけで良いのです」 

 山本さんは少し恥ずかしそうに続ける。 

「そ、その、子どもっぽいかもしれないのですが……」

 

 障子越しの光は山本さんの顔をはっきりとは映さない。

 だけど、かなり不安げな表情をしているように思う。

 

「……ちょっと怖くて」

 と、顔をしかめた。 

「高校生にもなって、恥ずかしいのですが……」

 

「大丈夫ですよ、恥ずかしくないです」 

 僕はゆっくりと話す。

「誰だって、意味なく理不尽に、そして力強く不安に引っ張られてしまう時はあります」

 

 山本さんの表情が和らぐ。

 

「だから、二人で一緒の部屋で寝ましょう」

 と、僕がうなずくと、山本さんも頭を下げた。 

「ゆーとさん、ありがとうございます」

 

「では、布団を取りに行きましょう」

 

 僕らは山本さんの部屋に向かった。

 

 ……女の子の部屋の匂いがした。

 

 いや、不謹慎だってわかっているよ

 怖がっている山本さんに、ちょっと真剣な言葉を渡した直後なのに、こんな風に思うなんて。

 

 僕だってそんな反応したくなかったし。

 

 でも、でもですね。

 昨日までは、この部屋はこんな良い匂いじゃなかったんだよ。

 

 許してもらえないでしょうか。

 ……だって、正しくも悲しい健全な男子高校生なんだし。

 

 僕は、やましい思いを悟られないように布団に手を伸ばす。

 それでも、布団に山本さんの温もりを感じてしまう。

 

「じゃあ、このまま畳んで運びましょう」

 

 二人して、布団をたたみ手分けして僕の部屋に運ぶ。 

 さっきと同じように二人で敷き直した。

 もちろん、二つの布団の距離はちゃんと離しておく。

 

 そして、それぞれの布団で横になった。

 

 仕方ないとは思うけど、気まずいような空気が少しだけ存在する。

 だから、寝なきゃとは思うんだけど、山本さんに話しかける。

 

「山本さんって、意外に怖がりなんですかね」


「ち、違いますよ。普段は全然そんなことないです」

 

「別に怖がりでも良いと思いますけどね」


「だから、その、違うのです。たまたま、です。寝ようとしたら天井が目に入って気になってしまって、扇風機が大きな一つ目のお化けに見えてきて、押入れの中からも何か出てきそうな気がしてしまって……」

 

「まあ、慣れない家ですからね」

 と、あえて軽めに相槌を打つ。

 

 山本さんは自らの言葉を続ける。

「このラビーも一緒に我慢していたのですが」

 と、手の中にあるうさぎの人形をみせてくれた。


「でも、そうしたら、次はぶぅぉんって低い音がして。何かが近づいてくるかと思ったら遠ざかっていって。でも、遠ざかるとまた近づくようで」

 

 おや?

 

「その音が気になりだしたら、ずっと鳴っているものですから、どうも耳から離れなくて」

 

 あれ?

 

「それで目をぎゅっとつむっていたのですが、音が行ったり来たり鳴り止まないし、なんだかざわざわして、だんだん怖いのがもっと大きくなってきて……」

 

 ふむ。

 

「そ、そうですか」

 僕はやましい心で相槌を打った。

 

「でも、こうやって話をしていると気のせいだったように思えてきました。それにゆーとさんと一緒のお部屋で寝かせてもらうので、もう安心です」

 山本さんは、自分の気持ちを出し切ったのか、ふうぅっと大きめの息をした。

 

 ……はい。

 話をしていたら気にならない程度の、行ったり来たりするような音ですか。

 

「安心してもらって良かったです」

 僕は、努めて普通に返答をする。

 

 けど、山本さん。

 けど、ですね。


 ……ごめんなさい。


 その音はこの部屋から聞こえてきたんだと思います。 

 たぶん、部屋が遠いから怪しげに響いただけだと思います。 







 だって、きっと、その音は僕が稼働させた扇風機の音だと思うのです……。

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