scene20 リベンジは学校で

 片付けようと食器を持てる分だけ持って立つと、山本さんも残りを持って台所まで来てくれた。

 

「ありがとうございます。あとは一人で大丈夫ですよ」

 僕はスポンジに洗剤をつけて食器を洗い始める。

 

「いえいえ、二人でやった方が早いですし」

 山本さんは右隣に立って、僕が洗った食器を拭いて水切りかごへ置いてくれている。

 

 一人でするつもりだったのだが、結局二人で食器を片付け始める。

 ふむ……。

 これではやっぱり山本さんの負担が多い気がする。

 

 と、腕が当たってしまった。

 狭い台所で作業しているものだから、食器を洗う僕と拭く山本さんの腕が、Tシャツの僕とタンクトップの山本さんの腕が、服を介さず触れ合ってしまう。

 

「「すみません」」

 

 同時にあわてた声を出して、少しだけ距離をとる。

 

 思わず、その柔らかな感触に目を向けてしまう。

 タンクトップから惜しみなく伸びた白い腕がまぶしい。

 

 女の子と同居しているということを改めて意識してしまう。

 

 いかん、いかん。

 ばあちゃんの知り合いなんだから。

 そうそう、親戚みたいなものなんだ。

 と、何度も繰り返している呪文を唱える。

 

 内部のざわめきを、せめてさざ波にまで抑える。

 ……あ。

 そこで、気づくことがある。

 

「男より女性の方が準備に時間かかるものなのでしょう?だからもう大丈夫ですよ」

 と、鈍感な今更な言葉を伝えることができた。

 

 すると山本さんは、 

「そうかもしれません。でも、せっかく一緒に暮らすのだから、二人でできることは二人でしたいのです」

 と、ベーコンが盛り付けられていた皿を拭いて、

「ほら。もう終わりです」

 と、微笑んだ。

 

 確かに、もう片付けが終わっていた。

 その時間よりも、その言葉や気持ちに僕の中の何かが動く。

 

 優しくて楽しい空気を作ってくれる山本さんに、

「すぐに片付きましたね。助かりました。いろいろ、ありがとうございます」

 と、片付け以外の気持ちも込めて言うと、

「そうですねー。二人だとあっと言う間ですねー」

 山本さんも楽しそうに返してくれた。

 

 こんなやり取りで、いつもの朝とは違う気持ちになる。

 

 けど、いつもの朝と同様なことも必要で。

 今日から二学期。

 準備をしないと。

  

「そろそろ準備をしないとですね」

 

「そうですね。一回戻りますね」

 と、山本さんが部屋に入ってふすまを閉じた。

 

 僕も部屋に戻る。

 

 寝る用のTシャツを脱ぎ、白いTシャツに着替える。

 ハンガーから白い半袖のYシャツを取り手を通す。

 下はグレーチェックのパンツ、そしてエンジに細い白が斜めに入ったストライプネクタイ。

 夏なのでネクタイはきっちりとは閉めず、ぶら下げているという感じにする。 

 久々の制服だ。 

 

 こんな感じですぐに身支度は終わった。

 

 ネイビー地にグレーの肩掛けのスクールバッグを開き、念のため中身を確かめる

 もちろん昨日と何も変わってない。

 特に忘れ物はなさそうだ。

 

 制服に身を包むと、また学校かとちょっと面倒な気分にもなるが、今日から始まるという高揚感も否応なしに出てくる。

 

 僕は居間に戻る。

 横にナイロン性のバッグを置いて慣れ親しんだ畳の上に座り、麦茶を注ぐと一気に飲み干す。

 

 蝉の声も、今日もまだスコールのように降り注ぐのだろう。

 縁側から侵入する朝日は、九月が始まったというのに、お構い無しに夏を主張している。

 

 目の前のふすまが開いた。

 山本さんが出てきた。

 半袖の白いブラウスに紺のスカート、そして白ソックスと、とてもシンプルな組み合わせだ。

 

 ……太陽より眩しいっす。

 

 ボブカットのブラウンの髪のサイドを撫でつけるようにしながら、

「制服は学校で今日もらうんです」

 と言うと、次は前髪を気にしている。

 

 ……控えめに言っても、超絶可愛いよなあ。

 

 こんな可愛い子が転校生で来たら、もう学校中大騒ぎだろうな。

 

 あれ?

 そういえば……。

 そういえば、どこの学校に行くのか聞いてなかったな。

 登校時間とか大丈夫なのかな?

 

「山本さん、どこの学校に通うんでしたっけ?」

 僕は思った疑問を素直に口にした。

 

「あれ?わたし、通う学校をまだ言ってませんでたか?」

 

 山本さんが正面に座って、スマホを渡してくれる。

 

「ここなんですけど」

 と、地図アプリを見せてくれた。

 

 赤く記された学校の位置を確かめる。

 

 ふむ。

 

 青い円がこの家の場所だ。

 

 ふむ。

 

 だとすると、西方面かな。

 

 ふむ、ふむ。

 

 まあ、歩いていける距離かな。

 

 ふむ、ふむ?

 

 あれ?

 

 ……知ってるぞ?

 

 ……よく知ってるぞ?

 

 おぅっ?

 

 おーーーぅっ?

 

「や、山本さん?」

 

「はい?何かありましたか?」

 

 山本さんがちゃぶ台を周ってきて、座っている僕の横に立つ。

 そして、しゃがみこむと上から一緒に覗き込んだ。

 

 その横顔は何やら悪戯な表情をしている。

 

「山本さん?」

 

 察しの悪い僕だって気づくこともある。

 

「山本さん、ひょっとして?」

 

 山本さんは背筋を直すと、

「ゆーとさん、何かひょっとしたのですか?」

 と、僕に尋ねた。

 

「ひょっとも、ひょっと、ひょっとしましたよ」

 と、僕は繰り返しながら、立ち上がった。

「ひょっとしまくりですよ」

 

「ゆーとさん、ひょっとしてしまったら、どうなりますか?」

 と、髪を耳にかけると、

「ひょっとをしたら、良くないのですか?」

 と言って、顔を緩めた

 

「ひょっとしても、良くなくないです。それは大丈夫です。だけど、ひょっとしたら」

 

 ああ、僕は何を言ってるんだか……。

 

 その言葉を受け取った山本さんは、

「ひょっとするって、どういうことですかー?日本語難しいですー」

 と、涼しい顔で都合の良いことを言うと、

「だけど」

 と、口を緩め、

「もしかしたら」

 と、続けると、

「ひょっとするのであれば……、同じ学校でした?」

 と、舌を出した。


 「日本ひょっとして委員会」の方々、こんな使い方、合ってるんでしたっけ?  

 

 

 

 

 

 

 結局、早朝の攻防はお化けの一件で互角かと思いきや、やっぱり僕の惨敗で幕を閉じるのでした。

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