scene14 夜の布団でご挨拶

 夏の夜から吹いてくる風に当たりながら、縁側に二人で立っている。

 

 僕はいつまでも持ち続けてしまいそうな気分を変えるのも目的で話した。

 

「山本さん、布団って敷いたことあります?」

 

「いや、わたし、お布団敷いたことはないです。日本にいた頃からベッドだったもので」

 山本さんはちょっと高めのテンションで答えた。

「そういうのも、ちょっと楽しみです」

 

 毎日の事だしベッドの方が楽だと思うんだけど、山本さんは何にでも前向きだ。

 一緒にいると、僕まで前向きな人間になれるのではと錯覚してしまう。

 そんな事を思ってしまった自分が恥ずかしくなり、次の行動に移そうと思った。

 

「そうですか。では今から一緒に敷きましょう。部屋に入っても良いですか?」

「はい。お願いします」

 

 僕らが縁側から山本さんの部屋に入ると、スーツケースはもうここが自分の位置だと安心しきったように部屋の隅にいた。

 

「布団はここにあります」

 僕は押入れを開けた。

 

 左側の上段には、掛け布団や敷布団、シーツなどが一組入っている。

 

 というか、ここの押入れには他の部分含め、今はそれしか入っていない。

 

 いろいろ処分したのだ。

 時間がそれなりにかかったけど。

 

 いろいろ考えそうになり、ちょっと間が空いてしまう。

 

 僕はその間をなかったことにしようと先走り気味で

「布団以外のスペースは空いているので、自由に使ってください」

 と話し、山本さんに押入れの中をのぞいてもらった。

 

「なんだか、怖いですね」

 

 山本さんはちょっとのぞくと後ずさり、僕のTシャツの裾をつかむ。

 明らかに緊張していて身体中に力が入っている。

 

 真剣な表情も見えるので、僕はきわめて平坦で冷静な声を出す。

 

「怖い?ですか?」

「はい。暗くて何もなくて、吸い込まれてしまいそうです」

 

 なかなか変わった発想だと思うけど、本人はいたって真剣だ。

 

 だから僕は、

「ふむ。そうですかね。だとしたら国民的ネコ型ロボットは寝るときに凄まじく勇気が必要ですね」

 と、空気を軽くすることを試みる。

 

 ……知っているかな、この元ネタ。

 海外育ちが長いし。


 山本さんは、僕のTシャツから片手を離すと、きょとんと僕を見る。

 そして、両手を口に手を当てて笑ってくれた。


「ゆーとさんは、やっぱり優しいですね」

 後ろに手を組んで柔らかな表情になる。

 

「いや、そんなことはないですよ。ただの運稼ぎです」

 

 山本さんは僕を見て

「理由はなんでも良いですよー。わたしが嬉しいんですからっ」

 なんて、笑みをこぼすと 

「わたし、実は空っぽな感じが苦手なんです」

 と、続けた。


「ふむ。空っぽな感じ?ですか?」

 

「何も入ってないタンスとか、クローゼットとか、誰もいない家とか、本当ならあるはずの中身が無くなってしまっているような、そういう感じが不安になってしまって……」

 と、また下を向いてしまう。


 ふと思いつく。


「じゃあ明日は始業式だけですし、いろいろ買ってきましょう」


 山本さんは顔を上げるけど、不思議そうな表情をする。


 僕は正解を口にする。


「買ってきたものを中に詰め込んで、空っぽを退治しましょう」


 山本さんの顔が笑顔に変わる。

 

 そして

「はいっ、ありがとうございますっ」

 と、左右の手を合わせて組んで、小さく跳ねた。

 

 広がった髪から、ふわっと良い匂いが散る。


 僕はいろいろ悟られないように次にやるべきことをし始める。


「じゃあ、布団を出しますね」

 両手を押入れに入れ布団をつかむと、畳の上に下ろす。

 

「あー、押入れに入れっぱなしだったから、ふかふかとは程遠いですね」

 と言いつつ、作業を続ける。

 

 掛け布団を横に置き敷布団を広げる。

 

「山本さん、これをお願いします」

 山本さんにシーツの端を渡し持ってもらう。

 

「これを、こうやって……っと」

 敷布団の下にシーツを入れ込む。

 

 山本さんも向こう側で見よう見まねでやっている。

 

「これで、できました」

 

「ゆーとさん、ありがとうございます。わかりました。明日からはわたしが一人でできます」

 

「よかったです。朝起きたら普通は押入れにしまいますが、ふかふかになるよう、明日は縁側に広げておきましょう」

 

 そうすれば、とりあえず明朝はしまわなくても良いから、空っぽの押入れに中も見ないしね。

 布団も干せるし一石二鳥だ。

 

「ゆーとさん、やっぱり優しいですね」

 と、僕を見て微笑んだ。

 

「ゆーとさん、ゆーとさん、ゆーとさんっ」

 山本さんが、両手を握り僕の名前を連呼した。

 

「なっ、なんですかっ?」

 

「なんでもないのです。嬉しくて、つい何回も呼びたくなりました」

 

「そ、そうですか」

 

 顔が熱い。僕はどんな表情をしているのだろう。 

 だから、慌てて言葉をつなげる。

 

「もう遅いし。そろそろ寝ましょう。山本さんもお疲れでしょうし」

 

 山本さんが僕を見つめた。


 そして

「はい。ゆーとさんこそお疲れでしょう。本当に今日一日ありがとうございました」

 と、お辞儀をした。 

 

 またもや漂ってくるシャンプーの香り。 

 だから……同じもの使ったのになんでこんなに良い匂いなの?

 

 健全な雑念と戦っていると、山本さんは僕の足元で布団に正座した。

 

 そして僕を一度見上げると

「これから、よろしくお願いします」

 と、三つ指で深々と挨拶。

 

 おううっ。

 

 またしても直撃を食らう。

 

 どこでそういうの知ったの?知っているものなの?

 だって、これって、あれ……あれみたいじゃない?

 もちろん僕は本物を見たことはないけれど。

 

 

 

 

 

 

 ……だって、新婚さんの初めての夜みたいじゃない?

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