scene23 主役はどっちだ?
山本さんとは別行動になった僕らは階段で二階に上がり、知香と一緒に後ろのドアから教室へ入る。
新学期なので教室内もにぎやかだ。
中学から一緒の友人、一学期から友達になったグループなどと、高校生活初の夏休みの出来事を報告し合っている。
もちろん僕と違って夏休み中に親交を深めた人たちもいるだろう。
黒板に向かって左側から二列目の一番後ろが僕の席だ。
席に着きカバンを机の横に引っ掛ける。
そのまま左側を向くと、誰もいない席の向こう側に夏の青空が広がっている。
右斜め前の席の知香はカバンを置くと、いつもの女子グループへと向かった。
すぐに女子友達と話を咲かせ始める。
「よ、優人」
隣の席の大介が教室に入ってきて、僕に声をかけてきた。
腐れ縁とも言うし、親友とも言えるだろうし、こいつも恩人とさえ言っても過言ではないかもしれない。
「しかし、暑いな。で、夏休みはどうだった?」
この短髪イケメン風の野球部は、ネクタイすらしてなくて、ボタンを二つまで開け、シャツの胸元をぱたつかせた。
「僕の夏休みなんて、そこまで興味ないだろう?」
と、僕は答えた。
まあ、大介とはこんな仲だ。
とはいえ、何をしていたか確認してみるのもわかる。
僕はバイトがあったし大介は部活があったから、会ってなかったし連絡もそこそこだったし。
しかし大介はしれっと、
「まあな。優人の夏休みは興味ないな。どうせバイトだったんだろう?」
と、僕への無関心をあっさり肯定した。
大介も僕の事情を知りながら“普通”に接してくれるので楽だ。
そして、そのまま
「でも、聞いてくれよ優人。俺の方はさあ」
と、自分の話を進め始めた。
プールへ行った話、街へ買い物に行った話、映画を見に行った話、遊園地に行った話。
……全部、知香がらみの話じゃん。
「しかし、よくそんなに遊びに行けるな」
僕は皮肉交じりに言う。
「当たり前じゃん。愛だよ、愛っ」
と、大介が臆面もなく返す。
大介と知香は中三から付き合っている。
変わらずのお熱い仲だ。
「二人とも部活あるだろう?大変じゃね?」
「部活の休みが合った時は、全部二人で遊んだよ」
と、大介は何を思い出したのか、顔がだらしない。
「相変わらずのべったりっぷりだな。時間もだけど、先立つものだって必要だろう?」
「お金は大丈夫だぜ。まじめに部活してるから、バイトできない分、親に特別小遣いをもらった」
おお。
小遣いをもらう、ね。
そんな概念、今の僕にはないなあ。
「いいね、大介は小遣いがあって」
「まあな。お前だって働いた分自由に使えるじゃん」
そんな簡単なことではないけど、まあ違ってはいないかもな。
けど、大介のこういう気をつかわない感じは、ほっとする。
実際、暮らす分のお金は、ばあちゃんの残してくれたものもあるし、そこまできつくない。
ただ、万が一に備えて手をつけたくない。
だから、小遣いみたいなものはバイト代からだけど、全部使いきっちゃうわけにはいかないし。
高校生のアルバイトだとあまり稼げはしないけど、貯金は少しでもあった方が良い。
まあ、夏休みに一緒に遊びに行くような友人もあまりいないから、一石二鳥ってやつだけど。
「優人は何のバイトしてたんだ?」
「僕は、いつものレンタルDVD屋のバイトに、夏の間だけ引越しのバイトをやってたよ」
大介は興味がないと言いつつも、なんだかんだで僕の事を気にかけてくれる。
「この暑いのに引っ越し!まあ、優人は俺より背は低いのに、意外と力あるからな。で、バイトばかりの夏?」
「まあそうだよ」
バイトしてたって言っただろうに。
大介は、またにやけた顔つきになった。
「とか言って。バイト先とかで彼女とかできなかったのかよ」
「彼女なあ……」
「ほれほれ」
……どういうわけか、山本さんの顔が浮かんできた。
違う、違う。
山本さんは親戚みたいなものだ。
あわてて頭の中に消しゴムをかける。
「な、なかったよ」
もやもやと脳内作業をしてたので、ちょっと間が空いてしまった。
「お?今の感じ、怪しくないか?」
と、大介が食いつく。
「彼女なんて、できるわけないだろう?」
と、今度は反射的に答える。
こういう場合、深く考えてはいけない。
否定するときはきっちり素早く否定しないと、逃してくれない。
「でも、出会いくらいはあったんじゃねーの?」
さすが大介。
一年にしてベンチ入りするだけあって、良く言えば、あきらめないガッツがある。
普通に言うと、しつこい。
うーん……。
まあ、あえて言うなら山本さんの件か。
知香にも知られてしまっているわけだし、大介には話しておいた方が良いかとも思う。
だけど、それは今じゃないだろうな。
教室で言うなんて、周りの誰かが聞いていてバレたら大変だ。
うん、場所と時間を改めてだな。
ここは、しらばっくれることにしよう。
「いや……ないな」
「おい、優人ー。やっぱり怪しいぞ」
僕の誤魔化し方が下手だったのか、大介の勘か、即座に突っ込んでくる。
教室前方のドアが開いた。
「チャイム鳴ったぞ、席につけー」
担任の前田先生が、いつも同様の格好で教室に入ってきた。
いわゆるアラサーの男性教師は、白いTシャツに、学校指定の男子用水色ジャージを穿いている。
先生の一声で、話してた奴らが散り散りになって各自の席へ向かうと、がたがたと椅子を引き座り始めた。
前田先生は教壇に立っている。
しかし、ドアはそのまま開けられている。
ん?
「今日は転校生を紹介するぞー」
と、前田先生が言った。
教室が少しざわつく。
お?
すると、恥ずかしそうに下を向いて女子が入ってきた。
教室のざわめきが大きくなる。
前田先生の隣に来ると、その女子は顔を上げた。
……山本さん、ですよね。
顔を上げた山本さんは、教室を廊下側から見渡した。
少し不安気な表情ではあるもの、美少女っぷりには変わりない。
動いた山本さんを目の前にして、ざわめきは男子を中心にどよめきに変わる。
まあ、そうだよね。
わかる、わかる。
と、僕は昨日の経験で先輩面でうなずいてしまう。
山本さんの目が窓側に移ってくると、僕と視線が合った。
ふむ?
僕を見つけた山本さんは、笑顔になって、
「ゆーとさんっ」
と、小さく手を振った。
クラス中の視線が僕に集まる。
時間と空気が固まり、一瞬にして静けさに包まれる。
ガタン。
椅子が倒れた。
大介が立ち上がっている。
「優人?どういうことだっ?」
大介の声は教室に響きわたった。
それを合図に、教室中のあちこちで、またどよめきが湧いた。
注目は僕に集まったままだ。
近くのやつとの話し声や、僕に向かっての掛け声などがうねりを作る。
「その、まあ、大介?」
僕は不自然な笑顔を大介に返す。
うーん。
……転校生が来た時って、その本人に視線が集まるのが普通じゃない?
……山本さん、もう少し美少女の自覚を持って行動してほしいです。
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