配慮

ソルヴェイお嬢様!とギュードゥルンが羽交はがめにするようにして、ソルヴェイの身体を抑え込む。

その様を冷えた頭では見下ろす。

少し、可哀想にも思うが、この様子と今まで得た情報からして、きっとこれがとどめになるだろう。


「ソルヴェイ、あるいは


ソルヴェイの視線が虚ろなまま、のろのろと左右に揺らぎながらの足元から這い上がる。


「君の言う、について教えてほしい。もそのというものを、寡聞かぶんにして知らない。おそらくはにもにも存在しえないものだ」

「ミルカさん?」


怪訝けげんそうな声を上げたギュードゥルンはにっこりと笑ってみせることで黙らせ、はソルヴェイの言葉を待つ。


「……は……紐のような、縄のような、細くうねって、ぞろりと動く、足がなくて這いずり回る、鱗に覆われた、美しくも不気味な、さかしい、固執と、貪欲のむし、です」

「そうか、なるほど……例えば、このような?」


そしては、鞄の中にしまっていた、解いたブックホルダーのベルトを、吊り下げるようにぞろりと取り出した。

ソルヴェイの目がぐわりと恐怖で見開かれ、ひっと一瞬引きった音を漏らした唇は、次の瞬間には喉も裂けよとばかりの悲鳴を上げた。

けれど、それもほんの数瞬で、ソルヴェイの目はすぐにぐるんと裏返り、身体はくたりと羽交はがめにしているギュードゥルンにもたれかかった。


「ソルヴェイお嬢様!」

「失礼、ギュードゥルン女史。可哀想だが、これしか手がなかった。流石さすがも、お嬢様の身体に掌底を叩き込むのは気が引ける」

「ミルカさん……いえ、ミルカ・ハクリ、あなたは!」


激昂しかけるギュードゥルンを前に、はわざと喉奥で小さく笑った。


「人でなし、とでも言うかい? ギュードゥルン女史。残念ながらで、同時にだ……真実を知ろうとするのにいささ容赦ようしゃがすぎるからね」

「……」

「越界者は得てしてこうだよ、ギュードゥルン女史。どちらが主権を握るかの話だ。片方が片方を上書いて殺してその記憶を吸い上げるか、互いに領分を決めて共存するか。は共存例さ。ソルヴェイ嬢だって、こうなる可能性はあった」

「……その言い方は、それでは、まるでソルヴェイお嬢様は」


まだ気が付かないのか。信じたくないのか。

――普通はそうだ。

これはにも言えることだが、真実とは如何にその人物にとって不都合だろうと、真実だ。

目を反らすのは構わないが、いずれ霧散するまやかしと現実の落差で無駄に傷を深くするのは、滑稽なほどに愚かだ。


「嗚呼、彼女はもう生きていく事は難しかろう。先回りをするが、勘違いしないでくれ、これは純然たる事実で真実だ。真実は真実であるが故に、常に好都合であることはない」

「……」

「嗚呼、やはり、貴女あなたは賢い。だからこそ、不要な希望は捨てるべきだ。それは貴女あなたが傷つくだけだからね」


苦虫をみ潰したように眉間にしわを寄せたギュードゥルンに、はっきりと告げる。


「遅かれ早かれ、ソルヴェイは自ら終わりを望むだろう。せめて、それが本人の望まぬそれでない事を幸いと思うべきだ」

「……よくも、よくもそんな事をぬけぬけと!」


今にも掴みかからんばかりの眼光がを睨みつける。

どっちにしろ、も、たどり着いた結論としては同じだ。

その伝え方の問題だとしても、下手な希望を持たせることほどこくなことはないだろう。

それなら、が悪目立ちする方がにとっても都合がいい。

――余計なお世話でもか。


「そうだね、はともかく、にとっては他人事だからね」

「お前!」

「嗚呼、そうだ。思う存分、この運命に怒るがいい。それこそがソルヴェイ嬢の愛された証だからね」


そう返すと、ギュードゥルンは悔し気にぎりりと歯を食いしばった。

結局のところ、どうしようもない現状に対する八つ当たりだと気づいたのだろう。

実に賢い。個人的には好ましい人間だ。これ以上いじめるのはよしておこう。

ミルカぼくの今後に差しつかえるだけの遺恨を残す気もない。

――また都合のいいことを。


「……当初の鑑定士としての役割はうにが終えている。ソルヴェイは真だ。そして真であるが故にその前世からのえにしで狂っている」


は一度目を伏せて、そしてギュードゥルン女史を見つめた。


「……残念ながら、それがの鑑定結果です」

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