前置

越界者は言うなれば、名告なのった者勝ちである。

それ故に、それを判定する第三者、ぼくのようなが存在する。

越界者だという者の証言を聞き取り、この世界の規範に照らして、その証言の内容の逸脱性を判定する。

それのみならず、過去の数多の越界者の証言を元に構築された別世界の体系とその証言から考えられる世界像とを照合し、体系に記されていれば、その世界の見当をつける。

もし体系から見当を付けられなければ、さらにその世界の情報を引き出し、新たに体系に付け加える事になる。

だから、得てして鑑定士は研究者を兼任する。

せいぜい、どちらに重きを置くかが違うだけで、ぼくは後者に重きを置いているだけだ。

それでも、適当にホラを吹いてもどうとでもなるが故に、信用できる鑑定士は多くはないし、名誉のために越界者を名告なのる馬鹿も少なくはない。

だから、ぼくらのような信用に足る鑑定士は世界を飛び回っているのが現状なのである。

――いや、本当に嘆かわしい。


「こちらがソルヴェイお嬢様のお部屋です」


ギュードゥルン女史に案内され、ぼくはくだんのソルヴェイ嬢の部屋のドアを見上げた。


「ミルカさん」

「はい」


ギュードゥルン女史は躊躇ためらいながら口を開く。


「私も、同席して構わないでしょうか。今のソルヴェイお嬢様は落ち着いておられますが、その、また昂ぶってしまった時の事を考えると、私も共にいた方が」

「……そうですね」


それが良いかと言うと、難しいところだ。

真か偽かでの偽だった場合、問題となるのはソルヴェイ嬢の精神的負担の原因だ。

彼女はソルヴェイ嬢の女教師ガヴァネス

ぼくと話している感じからは、やや神経質なところがなくもないが、穏やかで知的な人物だ。

――それでも、他人が己に見せるそれがその全てと見るのは愚策であり、ギュードゥルン女史がソルヴェイ嬢に対して厳しい態度を取っている可能性がないとは言い切れない。

ぼくの長考にギュードゥルン女史は困ったような顔をしている。

仕方ない。


「そうですね、必要であればぼくから退出をお願いするかもしれませんが、それでよければ」

「……ありがとうございます。あと、その、可能であれば、その本のブックホルダーを外して、見えないようにしてくださると……かばんの方は仕方ないのですが」


それを聞いて、リンドフォーシュ伯爵から聞いていたソルヴェイ嬢の狂乱のさまを思い出す。

――確かに、このブックホルダーはほどいてポケットかかばんにでも入れておいた方が良い。


「失敬。確かにそれはそうです。失念していました」


ぼくがほどいたブックホルダーのベルトをかばんに入れたことを確認すると、ギュードゥルン女史は目の前の扉を叩いた。


「ソルヴェイお嬢様。失礼いたします。お客様をお連れいたしました」

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