出迎

ギュードゥルン女史に連れられ、開いたままの玄関に踏み込む。

そのまま中に入ると、玄関脇に控えていたつい先日まで少年と呼ばれていただろう青年が玄関の扉を閉めた。

外観と同じように、内装も貴族にしては控えめで、けれどその分上等さの漂う家具が多い。

ギュードゥルン女史が立ち止まり、こちらを向いた。


「ミルカ様、この度はソルヴェイお嬢様のためにご足労いただき、誠にありがとうございます」


そう言ってギュードゥルン女史は深々と一礼をする。

――そんな大したものではないのに。


「いえ、そんな、顔を上げてください。ぼくはもともと研究の一環として鑑定士をしているようなものですから。“様”を付けられるのも、慣れたものでないですし、そんなことをされるような人間ではないですし……せめて“さん”にしていただけると」

「……わかりました。ミルカさん」


そう答えてから、ギュードゥルン女史はその真面目な表情を少し困ったように崩した。


「ランヴァルド様から、男性のような話し方をするとおうかがいはしておりましたか……本当なのですね」


それはよく言われることだ。

原因も分かりきってはいるが、昔から直らない。


「ああ、それはぼく自身もをした身でして……どうやらぼくの場合、前世に言語中枢が極端に寄ってしまっているみたいで、無理に直そうとすると言葉が出てこなくなってしまうんです」


越界。世界を越えること。

そのメカニズム自体には様々な説があり、今なお常に議論が交わされている。

現状、純然たる事実としてわかっていることは、まず一つに、この世界と並行して、別の世界が数多存在すること。

越界とは、その別の世界からこの世界の存在となることを指す。

現在確認されている事例では、その根本となるトリガーは別の世界における死である。


「そうだったのですね、失礼いたしました……時に、今の時点で、ミルカさんから見て、ソルヴェイお嬢様の事の真偽は如何いかがでしょうか」

「そうですね、リンドフォーシュ伯爵からの情報などから考えるだけでは、現時点では五分五分といったところでしょうか」


時として、越界者が神と呼称する、並行して存在する世界を包括する世界――上位世界に住まう知的(便宜上)生命体がこの橋渡しを行う場合もあるが、それは死によって元の世界から上位世界に弾き出されて後という。

つまるところ、生きたままの越界は現時点で確認されていない。

この世界において越界者は文明や文化の伝導者であり、この世界は別の世界由来の文明や文化により発展してきたと言っても過言はない。

ただし、越界者を越界者たらしめるのは、本人の自我のみである。


「ですが、聴いた話ですと真であれ偽であれ、精神的に相当な負担を抱えてらっしゃるのは確実でしょう。もし、偽であったとしても、決してソルヴェイ嬢を責めないであげてください」

「それは、当然ですわ。イェオリもわかって?」


ギュードゥルン女史はぼくの後方、玄関の扉脇に立った青年にそう声をかけた。

青年はやや強張った声で、はいとだけ返事をした。

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