静寂

そこで、ソルヴェイ嬢は一度口をつぐんだ。

うつむき気味のその顔色は白い。


「ソルヴェイ嬢?」

「……だいじょうぶ、大丈夫です」


それからソルヴェイ嬢は一度大きく息を吸ってから、震える唇を開く。

最悪を想定しながら、ぼくはソルヴェイ嬢を見つめる。


「それから、数日後の晩のことでした。あの頃は男が女の元に通うという事実を婚姻としていたのですが、わたしのもとに、そっくりの男がやって来るようになったのです」

「それは、その、船出したはずの?」


はい、とソルヴェイ嬢は答える。


「月に照らされたその顔も、わたしを見つめるその目も、わたしを呼ぶ声も、わたしを抱くその腕も、わたしを撫でるその手も、わたしもたれかかった胸も、寸分違わず、船出したはずのだったのです」

「それは、奇っ怪……なんですよね?」


世界によっては、こちらが奇っ怪に思えることでも平然と当然だったりする。

ソルヴェイ嬢の口ぶりからすれば、奇っ怪なことなんだろうが、確認は大事だ。


「ええ、は人間ですから……なので、わたしはそれが誰かを知ろうと、ある晩、麻糸の先を通した針を彼の服の裾にこっそりと刺しました。そして彼が帰った後に、下女を連れて、その糸の行末を辿っていったのです」


ふう、とソルヴェイ嬢はそこで息を吐き出した。

そしてまた大きく一呼吸おいてから、震える声で続ける。


「糸は、わたしをした山の頂に続いていました。その山の頂には、沼が、あって、その沼に、その沼に……」


ソルヴェイ嬢の手が自身の着ているローブを握りしめる。

白くなるほど力がこもっている。

呼吸も速く、息が上がっている。


「ソルヴェイ嬢、無理はしないでください。一旦やめましょう」

「ソルヴェイお嬢様!」

「――その沼に、いたのです、が。今尚いまなおわたしを放さないが!」


ぼくやギュードゥルン女史の声掛けを無視して、ソルヴェイ嬢が叫ぶ。

――よくない。実によくない兆候だ。

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