今生

道行

依頼を受けて、ぼくは郊外の村外れのお屋敷に向かっていた。

自分も頼まれているからと、その村の農婦に乗せてもらった荷馬車の荷台で、いつもの本と鞄を抱えて野菜と共に揺られながら、ぼんやりと空を眺める。

鮮やかな突き抜ける青。夜になれば、さぞかし星が綺麗だろう。

――夜にここを通ることになるかどうかは別として。


「しかし、学者センセも大変だねえ、こんな田舎まで」


ぱこぽことロバを御しながら農婦が言う。


「いえいえ、趣味と実益兼ねてますから、そうでもありませんよ。それにここはとても空気がいいです」


学者、というか研究者兼という程度である。

論文なんてまともに書いたことがない。というのか、あっちこっち飛び回って忙しいからそんなもの書く暇がない。

信用に足るが少ないというのもあるし、それに対する依頼件数が増えてきているというのもある。

需要と供給のバランスがとれていないのだ。

――嘆かわしいことに。


「ところで、ソルヴェイ嬢について何かご存知のことはありますか?」

「んにゃあ、あのお嬢様はこっちに来て、いっぺんたりとも外を出歩いてるのは見たこたぁないね。あたしゃ食料届けるだけだけどもさ、使用人の皆さんも相当困ってるみたいだよ」


ということは、お嬢様様自身が相当参っている可能性が高い。


「……夜に出歩くとかでもなく、閉じこもりきり、と?」

「そうそう。静養で来てるとは聞いてるけど、お身体はそうでもないって話だ。こっちだね、こっち」


そう言って、彼女は自分の頭を指差した。

その話が本当なら五分五分というとこだろう。

自身がそうであると思うようになった事と、精神的に参ってしまった事と、どっちが先かの問題だ。

依頼主であるリンドフォーシュ伯が、愛娘まなむすめのそのさまに困惑と心配を抱いている以上、真偽が偽であっても、何かしらの現状打開のきっかけは必要だろう。

――お節介かもしれないが。

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