ソルヴェイの話

わたし、は、わたしは、逃げて、来たのです。

わたしは、なんども、なんども、逃げて、逃げて……。

もう、数えるのは、やめました。

両の手どころか、両の足の指を使ったとしても、足りませんから。


ええ、なんども。


どういう人生を生きてたかって?

えっと……この前は、なんでしたっけ。

ごめんなさい、最初以外は、よく覚えていないんです。

犬や猫として、なんとかその日を生きていた頃もあったような気がするけれど……いえ、それも人としてだったかしら。


え?

ええ、何度も生まれ変わって、逃げて来たのです。


どういった世界を通ってきたか?

……ごめんなさい、必死であまり気にしてなかったんです。

だって、何度逃げても、必ずわたしは捕らえられて、最初を思い出してしまうので。


ええ、捕らえられるのです。

蜘蛛くもが巣をはって、獲物を待つでしょう?

人としての十七歳になった途端、わたしは蜘蛛くもの巣に触れて、蜘蛛くもが獲物に執拗しつように糸を巻くように、魂ごとこの生を巻き取られて、捕らえられてしまうのです。

その下では奈落が大きく大きく口を開けて待っている。

……わたしが落ちるのを待っている。決して、あれは自分から呑み込みには来ないのです。その二股ふたまたに別れた舌先を伸ばすこともないのです。ただ、わたしを絡めて捕らえて、逃れようと藻掻もがくわたしが諦めて落ちてくるのを、淡々とぎょろりとした目で、待っている。だから、わたしはどうにか魂だけでまた逃げるのです。


え?

あ、はい、ごめんなさい、怖くて……わたし……。


はい? 最初?

いえ、大丈夫です。少し、落ち着きましたから。

わたしは、わたしの最初は――

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