クーポン券はバイトの特権だよね。
美琴ちゃんたちと別れた後、俺はすぐに喜一にアポを取った。
場所は喜一が普段バイトをしているスタバ。
喜一がバイト限定のクーポンを持っているので、よく利用させてもらうことが多い。スタバのコーヒーやらキッシュやらが格安で飲み食いできるしな。
ん? 俺が甘い蜜を吸うヒルに見えたか? そうですが何か?
ここのスタバはロースタリーという通常のスタバよりもお洒落な雰囲気が出ている。
まあ普通のスタバも十分オサレなんだけどね。
なんでも店ごとにオリジナルのコーヒーやスイーツなどが楽しめるらしい。
俺はカフェラテか抹茶のフラペチーノしか飲まないけれど。
ふむ……なるほど、ここのスタバは人が座る席の天井は低くなっているのか。
逆にカウンターやレジ、入り口などの人が行き交うところの天井は高い。おそらく開放感を醸し出すためなのだろう。
大学で建築学なるものを履修できたので、教授がそんな話をしていた気がする。まあうろ覚えだが……。
なんて事を考えながら店内をボケーっと眺めていたら、店員が着ているエプロンを外しながらこちらに向かってくる喜一の姿があった。
「傑、待たせたな」
「おお、バイトは大丈夫なのか?」
「バイトの後輩ちゃんが1時間だけ代わってくれるって。いやぁありがたい」
「ほお、後輩ちゃんねぇ……」
喜一の代わりにカウンターに立っている女性を見た。
ふむ、見た感じ俺たちの一個や二個下の学生といったところか。妹系の可愛さ……見るからに年上に甘え上手な感じがする。
……もしや。
「クーポン、当然使うんだろ? 何がいい? フラペチーノ系は三十円くらいしか下がらないけど、カフェラテなら百円割引に……」
「喜一よ」
「ん? なんだよ、そんなに改まって……クーポンならちゃんと分けてやるって」
「クーポンは当然もらう。しかし先に一つ確認したいことがある」
「ああ、電話で言ってたな。直接会って聞きたいって」
「電話越しだと誤魔化される可能性もあるからな」
「……どうした? ちょっと怖いぞ?」
「では聞こう……喜一、お前浮気したか?」
「……は?」
「……」
うん、そうだよな。やっぱそうだよな。
わかってたけれども!
でもこうまで「何言ってんのこいつ?」みたいな顔されると腹たつな……。
こちとら誰の為に動いてやってると思ってんだ! 怒り通り越してぴえんだよ!
「いや……美琴ちゃんと、例のお前が目撃した人物と今日会ったんだよ」
「は!? まじで!? どんな野郎だった? まさか、その男が有る事無い事美琴に吹き込んでたとか?」
「落ち着け落ち着け。それっぽい展開も有りそうだけど違うから」
「じゃあどんな展開?」
「お前が男だと思ってた相手、女だったぞ」
「え、まじかよ!? で、でも、それじゃあなんで俺は美琴から避けられてるんだ? やっぱり誰かと浮気してるんじゃ……」
「いや、お前が浮気していることになっているらしい」
「あーなるほど……っておい! 浮気なんかしてないぞ俺!?」
「神田先輩、少し静かにしてください。さっきからうるさいですよ」
不意に、やかましく狼狽えている喜一に注意の声がかかった。
横にはスタバの制服をきた喜一の後輩ちゃんがいた。
「おお悪い、ゴメンよ」
「もう……ここで居酒屋のテンションで話さないでくださいよ。そうそう、私の休憩時間取ったんだから、帰りに何か奢ってくださいね」
「わかったよ、それくらいお安い御用だ」
「やった♪」
喜一からの報酬を取り付けた後、意気揚々と満足げに後輩ちゃんはカウンターへと戻っていった。
見た感じ、年上男性を翻弄するあざと可愛い女子って感じだな。
……なるほど、大体読めた。
「はあ、それで? どういうことだよ、俺浮気なんかしてないぞ?」
「喜一、お前そんな女たらしだったのか」
「は? いやいや! たらしてないし!」
「お前、あの後輩ちゃんと一緒に帰ること多いだろ?」
「ああ、まあな。大体シフト被ってるから、一緒に帰ること多いよ。その間よくクレープだのと奢らされるけどな」
「それだよ……」
「ん?」
「側から見たらお前が後輩ちゃんと浮気してるように見えるだろってことだよ! それをたまたま美琴ちゃんが目撃したってことだろ」
「え……まじか。別にあの子に他意はないんだけどな……」
「お前がそう思ってたとしても、第三者から見たらそう見えるもんだろ! はあ……ちゃんと美琴ちゃんに説明しろよ? 美琴ちゃんにもちゃんと返事するように言っておいたから、多分連絡してくれるはずだ」
「お、おう。そうか、頑張ってみるわ」
なんなんだよこの面倒くさいカップルは……。
まあでも、これで喜一と美琴ちゃんのどっちかがしくじらん限りはひとまず仲直りはできるだろう。その後の二人のことは俺の範疇ではないので、上手くやってほしい。
「とりま、クーポンくれ。喉乾いた」
「ああ、忘れてた。ほい」
喜一は俺にクーポンをいくつか渡すなり、携帯と睨めっこをし始めた。
美琴ちゃんへの謝罪文&弁明文を執筆しているのだろう。……後で俺が推敲してやったほうがいいかもな。これでまた喜一の言葉足らずで誤解が生まれたら溜まったもんじゃない。
とりあえず俺は一旦コーヒーブレイクといこう。
深夜にはバイトが控えているし、今のうちに心の休息をしておきたい。
レジに行くと、先ほど喜一を注意した後輩ちゃんがニコニコしながら待っていた。
名札には『伏見』と書いてある。
うーんなんだろうな、この知り合いではないけどちょいと知ってますくらいな感じの距離感。
友達の友達に会う時、絡みづらいと起こるこの不思議な間。うむ、苦手だ。
まあそれ以前に俺は今客だから、店員さんに注文をするだけだ。
「カフェラテをトールサイズで。あと、クーポンあります」
「はい、トールサイズですね。かしこまりました。お持ち帰りにしますか? てか、さっさと帰ってほしんですけど♪」
「いや店内でー……って、え?」
うん? 今幻聴が聞こえたような……。
「喜一先輩のご友人ですよね? いらないこと吹き込むのやめてもらっていいですかぁ?」
他のお客さんに気づかれないような小声で、俺に威圧をかけてくる。
表情は笑顔なのだが、明らかに俺に対し苛立ちを感じているようだ。
「えっと? ど、どうかした?」
「せっかく喜一先輩が彼女さんと別れそうなのに……!」
「……」
なるほど……この子、やはり喜一を狙っているようだな。
自分にもようやく喜一と付き合えるチャンスが舞い込んできそうな時に俺が復縁を手伝っていることに遺憾に思っているのだろう。
「全く……こうなったらこれからもアタックし続けるしか……」
ぶつぶつと今後の喜一陥落作戦を企てつつも、俺が注文したカフェラテを手際良く作っているあたり、熟練されたスタバ店員だ。
まあ接客態度は俺に限り0点だけど。
しかしまあなんだ……。
「……あいつ、ラノベの主人公かよ」
ちょっと厄介そうな女の子に好かれる特性がついてる気がするけどな。
その後、喜一は美琴ちゃんに連絡したようで、後日話し合うという運びになったようだ。
これで何事もなければいいんだがな……。
まあ、この後は喜一次第だ。
もし今後も後輩ちゃんとの帰り道デートを続けるようなら、また同じことの繰り返しになってしまうだろう。
しかし、喜一も美琴ちゃんが悲しむことであると知ったなら、今後することはないだろう。
喜一はそういう奴だ。
さてと、帰ったら学校の課題を終わらせないとな……時間的にバイト前に一眠りできなそうだな。ぴえん。
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