overture〜傑目線〜
Over Tureと言うのだろうか、アドレナリンを沸騰させるような重厚な響き。
ファンのコールも最高潮に沸き立ち、本日初参戦である俺もワクワクが止まらない。
「すげえ……」
「ウリャ!!!オイ!!!ウリャ!!!オイ!!!」←日向先輩
「……」←傑
日向先輩すげー……。
いや俺みたいに恥ずかしがって地蔵になるよりも、ファン全員と一体化した方がいいんだろうけど……。
やはり人間、知らない一面を知ると印象がガラリと変わるものだ。
なんてソクラテス染みた哲学者被れな推察考察はやめて、ペンライトくらいしっかりと掲げよう。
***
overtureが鳴り止むと、会場全体が暗転し、緊張感が漂ってくる。
思えば、こんなだだっぴろい会場を抑えてライブをするなんて、半端じゃないよな。『ヨイハナ』のメンバーは俺と年が変わらないか、なんなら年下もいるくらいなのに、若くしてここまでの影響力があるなんて冷静に考えると凄いことだ。
あれ? 俺なんでおじいちゃん目線みたいになってんだ?
俺もまだ若い!なんでも出来る!お前の可能性は無限大だっておばあちゃんに言われたし!小学生の頃だけど!
「!」
くだらない自問自答を心の中でしていると、武道館の至る所に設置されている照明の光が、中央に集まった。
そしてそこには、可憐で儚げな少女たちの姿がーー『宵は儚し恋せよ乙女』、彼女らの姿があった。
センターには我が校のアイドル、そして国民的アイドルである宵川みやびが堂々と降臨している。
「すげえ……本当にアイドルやってるよ……」
数日前に学校で会ったときとは雰囲気が全くの別物だ。
これがオーラというものだろうか。
おそらく、学校の後輩である宵川みやびとは話せるが、『アイドルとしての宵川みやび』とは話すことはおろか、近くことすら恐れ多い。
それほどの空気感の違いが醸し出されている。
しばらく会場の歓声が響き渡る中、宵川はまるで意を決したかのようにマイクを口元に運んだ。それと同時にファンの歓声も止んだ。
宵川は口を開く。
『真夜中に溺れて』
『真夜中に溺れて』は、ヨイハナの代表曲だ。宵川が曲名と言い放った途端会場に大音量の音楽が流れ始めた。
音楽に合わしてファンのコールも爆発する。決して宵川の歌声を遮らない場面でのみコールするらしい。
ヨイハナはダンスボーカルグループ。
ボーカル一人と、他のメンバーはダンスに回る。そしてこれまでボーカルを務めてきたのは宵川みやびだ。
彼女の透き通るような声は、大音量の音楽がバックで流れていようと際立つ。
メディアからは奇跡の歌声だと囁かれている。
しかしなんだろう……この歌声、どこかで聞いたことがあるような……。
ヨイハナが売れ始めるよりもずっと前から、この声を聞いたことがある気がするーー
******
野球部に退部届を提出し、俺は心此処にあらずの状態でとぼとぼと校内を歩いていた。
監督である先生には引き止められたものの、俺の意思は固かった。
確かに周囲からのやっかみや批判も退部するまでに至った理由の一つではあるが、もう一つは、あれからマウンドに立つのが怖くなった。
マウンド度胸のない男に、投手を務める権利はない。
それどころか、今はボールを見るだけで心拍数が上がってしまうほどだ。
いつも部活で家に帰る時間が遅かったことに慣れている俺は、なんとなくすぐに家に帰る気にはならなかった。放課後の校内をとぼとぼと歩いていると、やがて野球部の練習している声が聞こえてくる。どことなく、俺がいた時よりも楽しげで活気がある。
やはり俺の存在は邪魔だったのだろうか。
俺は逃げるようにして、近くにあった音楽室へと入っていった。
しかしその時思った。まずい、吹奏楽部が練習しているのではないかと戦慄したが、それらしい音は聞こえてこない。
「今日は休みか……危なかった……」
すると、音楽室の奥の方から
「〜〜〜〜♪」
透き通った、優しい歌声が聞こえてきた。
この曲はなんだろう……聞いたこともない歌だ。
まるで心が浄化されていくような。
気づけば俺は、音楽室の方へ歩き出していた。
声の主はどうやら、準備室にいるようだ。
一眼でいいから、声の主の姿を見たいと思い、俺は準備室のドアをゆっくりと開けた。……だが準備室のドアは大きくギギィ!と鳴った。
もしこれが犯罪組織への潜入であれば即射殺されていただろう。
「〜〜ーー……え!だれ!?」
そこにいたのは、どの強そうなメガネをかけた御下げの女子だ。
見たかぎり、あまり目立たない地味女のようだ。
「ご、ごめんごめん。凄く綺麗な歌声だったから、つい見に来ちゃったんだ。邪魔しちゃ悪いから、もう行くね!」
「い、いえ……それよりも……」
「? どうかした?」
御下げの女の子が、オロオロと言いづらそうにしている。何かあったのだろうか。
「その……」
「どうして……泣いているんですか?」
「え……」
慌てて目元に触れると、確かに伝う涙があった。
いつから流れていたのだろう……涙は何度か頬を伝った形跡がある。
でも、おそらく、精神がボロボロな時に、彼女の歌声に感動したのだろう。
自分でも気が付かないような深層心理までが浄化された気がする。
「あはは……恥ずいな、多分君の歌声があまりにも綺麗だったから、感動したんだと思う。凄い才能だよ」
「え……」
「……ありがとう、俺、行くね」
良いことも悪いことも、時間というものが無慈悲に忘れさせる。
良い意味でも悪い意味でも。
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