謎が謎を呼び、また謎を呼ぶ。

「んで? あれから美琴ちゃんとは連絡とったか?」


「いや……全く音沙汰なし。それどころか、この間もカフェテリアで男と二人でいるところ見たんだよ……」


 昨日の星宮との邂逅から翌日、俺は大学近くのファストフード店で喜一と話していた。

 相変わらずブルーな負のオーラを放ち続けている喜一。

 いつも明朗快活な喜一なだけに、変わり果てようが半端じゃない。


「そういや、相手の男ってどんな奴なん? 特徴わからないと、その男についても探りきれないぞ?」


「ああ、なんか細身で……ビジュアル系バンドにいそうな色白でマッシュカットの奴」


「あー今時男子的なやつか。喜一とは似ても似つかないな……」


 喜一は健康的な肌色で、いつも髪型は短髪で切り揃えている。

 体育会系よりも体育会系な見た目をしていて、大学でも運動部に間違われることが多いそうだ。こんな見た目でスタバでバイトしてるんだけどねこいつ。


「やっぱ世の女子はああいう感じがタイプなのか? だったら俺もいっそマッシュに……!」


「いや待て待て喜一よ! お前は絶対似合わない! んな筋肉ゴリゴリでマッシュだったらキノコゴリラだって笑われるぞ」


「誰がゴリラだよ……」


 いつもなら笑って返す喜一だが、やはり覇気がないところ、俺も調子が狂う。

 やっぱりなんとかしてやりたい。

 もし別れるにしろ、少しでも未練をなくしてやりたい。


「まあとりあえず、美琴ちゃんに近づくのは危険だから、 相手の男から探ってみるか……」


 俺の数少ない親友をこうまでした奴は放っておけない。


 悪・即・斬だ。



 ***



 俺は外国語学部に在籍しているのだが、英語の他にもイスパニア語とフランス語を履修している。

 今日は大学でも単位修得の厳しいイスパニア語の授業だ。

 先生がとにかく厳しくて、発音が少しでもおかしければすぐ指摘。ぴえん。

 また中間テストや期末試験は筆記とリスニングがあるのだが、ハッキリ言って資格試験よりも難しいのではないかと思うほどの難易度だ。

 教授曰く、イスパニア語を極めれば他の言語の習得が容易になる、と。

 どこぞのスポ根漫画のような理論ではあるが、二年生の頃からずっと受け続けていると本当にそうなのではないかという気にもなる。

 実際、英語はこれまでそこまで得意ではなかったが、今では海外ドラマを字幕なしでも見れるまでに成長した。

 まあイスパニア語って英語の語源らしいから、法則とか似通ってるんだよな。

 まあでも自分の英語力を披露する場なんてあんまないんだけどね!


「……げっ、そういや今日……」


 今日の授業はペアワークだったということを直前になって思い出した。

 大体イスパニア語は座学と、教授との一対一での会話が多いのだが、時折グループワークやらペアワークなどの授業スタイルをとる場合がある。

 俺は事前に情報を仕入れた時は、大体その日だけ欠席する。

 語学の授業は週に二日あるので、一学期に四回欠席しても問題ないのだ。まあテストなどがある日は別だが。


 ペアワークだと気づいた瞬間腹が痛くなってきた気がする。

 よし! 今日は体調が悪いということで欠席をさせて頂こう。

 幸いまだ教授は来てなーー……


「Hola〜!」


 くっ……!

 来てしまったか……まあペアワークくらい参加しないと単位修得厳しいだろうし出ておくか……。


「はあ……めんどくさ」


 んん? 今のは俺の言葉じゃないぞ?

 隣の席についているボーイッシュ女子が呟いたようだ。

 横顔を見ると、可愛いというよりカッコ良いという言葉の方が似合いそうな美形女子。

 女子にしては短い青がかったマッシュカットの黒髪に、色白なのが目立つ暗い服装。

 人によっては中性的な男性に見えてしまうかもしれない。

 まあ何にせよ、美人であることは間違いない。


「ん? 何?」


「!?」


 見すぎてしまっていたのか、気づかれてしまった。

 視姦として捉えられてしまったら、俺はたちまちこの授業に出席することができなくなる。


「んん? あんたどっかで見たことあるような……」


「え、会ったことありましたっけ?」


「んー思い出せない。まあいいや」


「はぁ……」


 不快には感じていなかったようで一安心。

 しかし、俺をどこかで見たことがあるというのが引っかかるな。

 俺はこんなボーイッシュ女子と会ったこともないし、そもそもビジュアル的にも絡まないタイプの人だ。俺がコミュ障だからね。


 でも、話してみた感じ悪い人じゃなさそうだ。

 格好はバンドマンみたいなイケイケ女子っぽいが。


 ***


「ふう、終わった終わった」


 授業終了のチャイムが鳴り、みんな続々と教室を抜けていく。

 俺とボーイッシュ女子……篠崎麗実うるみさんも、カバンにノートを詰めたりしていた。


「お疲れ様。私時折サボったりするけど、まあまた絡むことがあったらよろしく」


「ああ、お疲れ! 今日はありがとう」


 麗実さんは礼儀などしっかりしており、男よりも男らしくてとてもカッコ良い人だなと思った。

 ペアワークの時も、俺がわからない表現のところはわかるように教えてくれたりと、普通に良い人だった。

 やはり人は見た目に寄らない。

 考えてみると、グラさんもそうだもんな。

 ……まあグラさんは時折ようわからん人だが。


「麗実〜! 帰りに映画でも……って、あなたは……」


 聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 声の方に向くとそこには……。


「み、美琴ちゃん……」


 俺が現在捜索中の人物である美琴ちゃんであった。


「尾崎さん、なぜ麗実と一緒にいるのですか?」


「いや授業の時にペアになってもらったんだ」


「な?」と同意を求めるようにして麗実の方を向くと、麗実は怪訝な表情をしていた。

 俺たちが以外人気のなくなった教室に、何やら不穏な空気が漂い始める。


「そっか……思い出した。あんたがあの浮気野郎神田喜一の友達か……」


「は!? 浮気野郎!?」


 喜一が浮気野郎って……浮気してるのはお前の隣にいる美琴ちゃんだろうが……。


 ーーーーふと、気がついた。


 喜一が言っていた、美琴ちゃんが浮気している人物の正体。

 喜一いわく、今時の男子。イケイケ風。バンドマンっぽい。


 そして現在、美琴ちゃんの隣にいる麗実さんの見た目は……マッシュに近いショートカット。バンドマンのようなレディーズライダージャケット。

 見た目からしてビジュアル系っぽさが出ている。


 そう、喜一は麗実さんのことを男だと勘違いしていたのだ。


 ……一つの謎が解けたが、もう一つの謎が残る。


 なぜ喜一が浮気野郎扱いされているのだろうか。


「喜一が浮気? あいつが浮気なんてするわけないだろう?」


「でも、この目で見たって言ってたよ美琴は。そもそもさ、美琴はずっと悩んでたんだよ。彼氏が私を避けるって。彼女を心配させるような男なんて、ロクでもないね」


 その言葉を聞いた瞬間、カチンっときた。


 俺の親友を、悪く言うな。


「そっちが何を知って喜一のことをそんな風に言ってるのかは知らない。喜一だって欠点はある。人間誰だってそうだ、完璧な奴なんていない。だけど、これだけは言える。喜一は人を裏切るような人間じゃない。あいつのことをよく知りもしないで、あいつのことを悪く言うな」 


 ……おっと、勢いに任せて一気に捲し立ててしまった。


「……ッ!」


 こ、こえええええ!!!

 麗実さんめっちゃ眉間にシワがよってる!

 え、何この人アウトサイダーな人?


「尾崎さん」


「み、美琴ちゃん」


「喜一さんから何を聞いたか知りませんが、私は喜一さんが誠意を見せてくれるまで許しませんから」


「誠意って、だから喜一は浮気なんかしてないって」


「では喜一さんに直接聞いてみてください。私はこの目でちゃんと見ましたよ。喜一さんが同い年ほどの女性とイチャイチャしているところを」


「わかった。俺から喜一に詳しいことは聞いておく。ただ、ちゃんと喜一と向き合って欲しい。このまま話し合いもせずにずるずると平行線な状態が続くのはよくない」


「……わかりました。正直、私も突っぱねすぎているなという自覚はあります。話し合いの場を設ける日はお任せします。決まったら喜一さんの方から連絡をしてくださいますよう言っておいてください」


「了解。きっとお互い言い分があるだろうから、気持ちを整理してから話した方がいいよな。喜一にも伝えておく。……その代わり、今度からはちゃんと返事してやれよ?」


「……はい」


 俺はこれまで、正直何を考えているかわからないヤンデレっ子な美琴ちゃんが苦手だったけれど、話し合ってみると意外としっかりしていて話しやすかった。

 美琴ちゃんはおそらく、恋愛事になると突っ走ってしまうタイプだ。

 ちゃんと冷静になって話をすればわかってもらえる。


 てかそれよりも!!!


 喜一!!!

 これでもしお前が浮気してたら許さねえからな!?

 俺が啖呵切って熱くお前を擁護したのが全部パーになっちまうからな!?


「とりあえず、喜一にアポとるか……」


 俺はこの後、美琴ちゃんたちの元を後にした。

 その際、麗実ちゃんが何やら哀愁漂う表情をしていたのが気になったが……。



 ***



「美琴……私じゃ、ダメなのか……」



「神田喜一……ッ!」



「私は、アンタには絶対に負けない……!」












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