傑の過去。彼女の想い。
「尾崎くん! 今日も見事なピッチングだったね!」
「おう! サンキューな」
高校の頃、俺は野球部の中で少し浮いていた。
周りが一般入試で高校に入る中、俺は野球特待生として高校に入学していたからだ。
当初は周りから「すごい!」だの「一緒に甲子園行こう!」だのと、野球部員からも人望があったものだが、それは次第に嫉妬に変わっていた。
また、もう一つ要因がある。
それはーー
「はい! タオル使って!」
「え? い、いや悪ぃよ。俺めっちゃ汗かいてるし、汚くなるぞ」
「いいのいいの! 頑張った人の汗だもん。それに洗えばいいし!」
星宮夏帆。
野球部のマネージャーで、校内でも随一の美女として有名だった。
そんな彼女とぽっと出の俺が仲睦まじく話している姿を、好ましく思う人は誰一人としていなかった。
それにぶっちゃけて言うと、俺もこのような状況に優越感があったことは否定できない。
俺自身、野球部員から嫌な目をされようとも、彼女からの応援と支えがあるだけで十分だった。
彼女にかっこ良い姿を見せる。
大好きな野球で活躍するのにも、俺にとって良いモチベーションになっていた。
しかし、だ。
「ぷっ……クスクス。あいつ、星宮さんに言ってたらしいぜ……『甲子園行けたら、俺と付き合ってほしい!』って! それが決勝で打たれまくってんだから傑作だよな。名前の通りに」
あの決勝以来、俺は根も葉もない噂を立てられた。
俺は決して星宮に対してそんなことは言っていない。おそらく、誰かが面白がって流したデマなんだろう。
それから俺は星宮にも話しかけることはしなくなった。当然彼女から俺に接近してきても。
「お、尾崎くん、今日部活には……」
「行かない。俺にはもうあそこに顔を出す資格はない」
「で、でも!」
「行かないって言ってんだろ! お前と関わるとまたロクでもない噂立てられるだろ? もう俺に執拗に近づいて来るなよ!」
「……ッ! ご、ごめんなさい」
俺はその時、星宮の顔を一切見ていなかった。けれど、きっと泣いていたと思う。
彼女は全く悪くない。
俺を想って話しかけてくれたりしていたのに、俺はそれを真っ向から踏み躙った。
それが星宮夏帆との最後の思い出だ。
もうこれから先、会うことはない。会いたくない相手だった。
だったのにーーーー
***
「星宮……」
「久しぶりだね……尾崎くんも、東京の大学に進学してたんだ」
「ん……まあ、な」
直視できない。
嫌な思い出が蘇ってくる。
「その、積もる話はあるけどさ、よかったら業務内容教えてくれない?」
「あ、ああ、そうだな。んじゃ手始めにオーダーを取るときは……」
俺はなるべく過去の話をされないように、業務的に、仕事内容を教えた。
頼むから過去を振り返らないでくれと言わんばかりに、いつもよりも懇切丁寧に。
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「と、まあこんなもんかな」
「……尾崎くん、なんか変わったね」
「……と、言いますと?」
「なんていうか、大人になったというか、落ち着いた、みたいな……」
「そりゃ大人になりかけてるからな。誰だってこの歳になれば落ち着くもんだろ。大学生になっても高校ノリ続けてるやつ居たらただのイタいやつだぞ」
「ふふ……それもそうだね」
その後は特段、星宮から何か言われることはなかった。
最初は身構えてしまったが、あとはただ時間が流れていくだけで、俺たち二人は業務以外の会話もなく、そしてグラさんもくる事なく、平和に終わった。
***
「んじゃ、お疲れ様。次のシフトは決まってるのか?」
「お疲れ様。一応来週の火曜日あたりになってるよ。私は日勤だったり夜勤だったりバラバラだけど」
「そうなのか……」
「うん、またシフトが被ったらよろしくね! 今日は色々教えてくれてありがとう。お疲れ様」
「うい、お疲れい」
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「尾崎くん、変わったなあ……」
まさか彼ともう一度会えるなんて思ってなかった。
何度も何度も、彼に謝りたいと思っていた。
彼が一番辛い時に、寄り添ってあげられなかった。守ってあげられなかった。
それどころか、彼をもう一度部活に戻ってくるようしつこく言って、苦しめてしまった。
久しぶりの再会で言えなかったけれど、今度会う時こそ、謝りたい。
それに、その後あった出来事。部活内で何が起こったのかを全てを伝えたい。
そして今度こそ、彼に言いたいーー
『あなたのことが好きです』と。
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