ご機嫌だなグラさん

「真尋……か」


 まさかグラさんが、あの子と同じ名前だとは思わなかった。

 一瞬、もしかしたらグラさんがあの子なのか……? と過ったが、あまりにもイメージとかけ離れているため、そんなわけがないだろう。


「ど、どうしたのかしら……? な、何か言いたいことでも?」


「いや、なんでも。良い名前ですね」


「む……あっそ! それと敬語!」


「うぐ……」


 グラさんがなぜか少しご機嫌斜めだが、その反応がちょいとだけ可愛らしく見える。


「ち、ちなみに。貴方のことは、す、傑くんと呼んでもいいかしら?」


「え、あれ? 俺の名前なんで知って……」


「!? あ、あああ貴方が務めているレストランの名札に書いてあるでしょう?」


「あ、なるほど」


 なんでちょっと慌て気味に弁解したのかはわからないが、そういうことだったか。

 夜勤に務めているレストラン、というかファミレスの名札には『おざきすぐる』と、ひらがなフルネームで記載されている。

 誰でも読めるように平仮名にしたらしいが、幼稚園児っぽいなともたまに思う。


「とりあえず! 行くわよ! 今日はみっちり買い物に付き合ってもらうわ!」


「ちょ、待ってくださいよ!」


「だから敬語!!!」 


 敬語を使わないというルールは難しいが、俺なりに今日を楽しんでいこうと思う。


 ***


 俺とグラさんーーもとい、真尋まひろさんは、渋谷の超大型商業ビルのスクランブルスクエアにきていた。

 初めてきたけれど、すごいなここ……高級アパレルブランドばっか入ってるんだな。

 俺のような苦学生ではとてもじゃないがここでショッピングをしようとは思わない。

 眠たい目を擦ってまで夜勤をした俺の財布の紐が一発で消し飛ぶような値段のものばかりだ。

 まあ誰かへの贈り物をするならば、良いかもしれないが。


 日曜日という事もあり、3階のフロアですら結構混み合っている。

 真尋さんのお目当てのものはなんなのだろうか。


 しかし……明らかに目立っているな……。


「あの人多分芸能人だよね?」

「めっちゃ顔小さい! 足ほっそ!」

「渋谷でサングラスかけてる人って大体芸能人だよね!」

「てか、あの横の冴えない人って彼氏なの?」


 誰が冴えない人だ! 聞こえてんぞ!

 これだから渋谷のわかもんは……それに、この人はどこでもグラサンかけてっからな? 夜中のファミレスでもかけてくるほどのグラサーだぞ。

 しかし……今思えば、なんでいつもサングラスをかけているのだろうか?

 もしや、本当に芸能人だったりするのか……?

 まあそうだとしても、知らないふりをしておこう。

 芸能人にはプライベートがないらしいし、気を遣った方が良いだろう。


 俺と真尋さんは人の視線を感じつつ、エスカレーターで7階まできた。

 上の階に行くにつれて、人口密度が落ち着いてきた。

 やはり人間、上の階に行くのは面倒だという心理が働いているのだろうな……。


「……! あのお洋服屋さんを見てみましょう」


 何かお気に召した物があったようだ。

 小走りでアパレルのお店に入っていった。

 見たところ、レディスだけではなくメンズものの服もあるようだ。

 どれどれ、俺も最近服なんて買ってないからな……げ! ユニ○ロにありそうなトップスだけで一万!?

 ははは……俺には縁のないお店のようだ。

 俺は大人しく真尋さんの買い物の行く末を見守ることにしよう。


「……ん?」


 店の並びにアクセサリーを売っている店があった。

 見たところそこまで高価なものばかり取り揃えているわけではなさそうだな……少し覗いてみるか。


 ***


「あら……どこ行ったのかしら……」


 俺が店に戻ると、真尋さんは俺を探しているのかオロオロとしている。

 普段は高慢な態度な彼女なだけに、ああいった姿を見ると可愛らしく見えるな……やはり、ギャップ萌えという奴の破壊力は凄まじい。

 これを巧みに操ることのできる者がモテるのだろうな、と自己完結をして、真尋さんの元へ向かう。


「すみま……じゃなくて、ごめん! ちょっと他のお店見てた」


 危ない危ない、また敬語が飛び出すところだった。


「べ、別に貴方のことなど探してないわ。それよりも、聞きたいことがあるのだけど」


「聞きたいこと?」


「この白ニットと、アイボリー柄のニット、私はどっちが似合うと思うかしら?」


 あいぼりー?

 ああ、このバニラアイスみたいな色のことか。

 ふむ……正直真尋さんのルックスであればどっちでも似合う。

 しかし、ここで『どっちも似合うと思うよ(にっこり)』と言ってしまったら、おそらく『私はどちらがいいか聞いているの(ピキピキ)』とカウンターを喰らうことだろう。

 そうだな……でも俺的には


「真尋さんは肌が白くて綺麗だし、白っぽい服を着た方が際立って良いんじゃないかな」


 真尋さんは色白ですごく綺麗な肌をしている。

 普段は黒っぽい服ばかりきている印象なので、白い服を着た姿も見てみたいという気持ちもある。


「綺麗って……あなた、女の子には誰にでも平気でそういうこと言うタイプ?」


「え?」


「気をつけた方がいいわ。勘違いする女の子もいるから……私以外には言わないで」


「は、はぁ」


 なるほど、わからん。

 女心とは難しいものだな……。



「Wow! もしかして〜?」



 ん?

 なんか背後から聞き覚えのある声がするな……。


「……っ!」


「? ま、真尋さん? どうしたの?」


 俺の背後を見て、真尋さんはなぜか青ざめているように見える。

 まあグラサン越しだからわからんけど。


 俺は何事かと、後ろへと振り返る。


「……え」


 そこに居たのは、金髪碧眼が特徴的な長身の美少女。

 顔も真尋さんに負けないほど小顔で、八頭身以上の超モデル体型。

 ーーというか、モデルか。


What a coincidence奇遇だね!!」


 いつかの打ち上げの時に遭遇した、ヨイハナメンバーの橘 マリンがいた。











 

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