渋谷捜索線お昼時

 とうとう来てしまった日曜日。

 俺は渋谷のハチ公前というど定番な待ち合わせ場所に足を運んでいた。

 大学が表参道にあるため、普段から渋谷は来るのだが、ハチ公前には滅多に来ない。だって人多いんだもん。

 行き交う人並みで酔いそう。渋谷独特の空気もあってか、やはり慣れない。

 まあ慣れないことで常に新鮮さを醸し出す渋谷マジックという奴だろう。


 それはさておき、今日はグラさんとまさかのお出かけだ。

 バイト中はつい勢いでオーケーしてしまったけれど、本当はお客さんとの店外での接触はダメなのではないだろうか? と今さら思う。

 まぁでも、俺から誘ったわけではないし、大丈夫か。


 それに今回はグラさんへのお礼としてをするだけだしな。


「それにしても……」


 俺は少し離れたところから、チラリとハチ公付近の人だかりに目をやる。


「ねぇねぇお姉さん! どこから来たの? 良かったらお茶しない?」


 ミディアムショートの艶やかな黒髪に、均整のとれたルックス。

 そして芸能人のような小顔には、彼女の特徴であるサングラスがーーあれは間違いなく、グラさんだろう。

 そのグラさんが、絶賛ナンパされているのである。


 まぁグラさんは黙っていればオーラのある美人さんだからな。

 渋谷なんてとこに来てしまったらナンパの一つや二つされるだろう。

 って、それどころじゃないか。

 グラさんを助けにいかねば……。


「嫌よ。誰かしらあなた? 初対面に対してその口の聞き方、常識がないんじゃないかしら? 見たところ大学生のようだけれど、ただでさえ今のご時世就職難なのだから、きっとあなたを雇ってくれる会社なんてないでしょうね。小学校の道徳からやり直して来なさい」


「」


 お、オーバーキル……!

 お茶しない? という口説き文句一言に対して「社会不適合者」「小学校からやり直せ」まで言うとはさすがグラさんだな……。


 ん? それってグラさんが言えることなのだろうか……?

 俺の知ってるグラさんはとてもじゃないが常識人とは思えないのだが……?

 まあとんでもないブーメランがぶっ刺さっていることはさておき、そろそろグラさんの元に向かわねば……。


「あ、あの!」


 おや?

 再びグラさんに声をかける人が。

 今度は高校生くらいの女性だ。


「何かしら?」


「もしかしてヨイハナの……」


「!? ひ、人違いよ! 失礼するわ!」


 んん!?

 グラさんが急に猛ダッシュで走ってったぞ!?


「ちょ、まじかよ、追いかけないと……!」


 ***


「こ、ここなら誰も来ないよね……」


 今日は傑先輩と初デートだ。

 ま、まぁ……初デートというか、『宵川みやびモード』の自分で無理矢理お出かけに誘っただけだけど……。

 先輩はどんな気持ちで来てくれるのかな?

 面倒くさいって思うかな。

 それとも、ドキドキしてくれてるかな。

 お仕事柄、『ありのままの自分』として先輩とデートをすることはできない。ファンの人の幻想を壊してしまうから。

 だから、このサングラスを使ってもう一人の自分を演じるしかない。

 自分の将来の夢の為に、自分で決めた道だけれど、やっぱり辛いものは辛い。


「……って、やば! 先輩にライン送らないと! 勝手に待ち合わせ場所から離れちゃったし!」


 えーと、普段の私ならなんて言うかな……『悪いけれど、待ち合わせ場所変更よ。スクランブルスクエアの前に来なさい』って感じかな?

 ……嫌な女すぎるな。

 うーんと、『ごめんなさい、スクランブルスクエアの前で集合にしてもらってもいいかしら?』……とか?

 よし! これなら……!


「あー……っと、こんにちは」


「うぇ!?」


 振り向くとそこには、紺色のジャケットにジーパンを履いた姿の先輩が。

 今日の先輩、一段とカッコいい……似合ってるよその服……。

 ってじゃなくて!!!


 な、ななななななんで先輩がここに!?


「あ、あら? どうしてここにいるのがわかったのかしら? もしかして私にGPSでも仕掛けているのかしら……もしそうなら、警察に突き出すわよ?」


 っておーい!

 自分で言っててこの女やばいでしょ!!!

 態度悪すぎ!

 自重しろ私!!!

 先輩の前だからって焦るな私!!!


「いやGPSなんて仕掛ける理由も場面もないですよ……僕が待ち合わせ場所に着いた時、急に走り去っていく姿を見たので追いかけただけです」


 あ、あの場面見られてたんだ……。

 あの時、ファンの女の子が私のことに気付きそうになったからつい逃げちゃったんだよね……。

 いつもならファンの方にはちゃんと対応するけれど、今日は先輩とのお出かけもあるし、私の存在がバレるわけにはいかない。

 罪悪感はあるけれど、私も譲れないことはあるのだ。


「そ、そう……ごめんなさいね。人混みはあまり得意ではないから、少し酔ってしまったのよ」


「あーわかりますわかります。俺も人混みあんまり好きじゃないんですよ。それならしょうがないですよね」


 人混みは別に好きでも嫌いでもないんだけれど、咄嗟に嘘をついた。

 でもそれが功を奏したみたいで、先輩は納得してくれたみたいだ。

 なるほど……先輩は人混みが嫌いだと。

 しっかり覚えておこう。今後のためにも……ね?


 でも一つだけ引っかかることがある。


「あの、それと……」


「はい?」


「その敬語、やめてもらってもいいかしら?」


「え、いやでも、元々は店員とお客さんの立場ですし」


「その、距離を感じるのよ……せっかく、親しくなれてきたのに……」


「っ……! りょ、了解しました! じゃなくて、了解した!」


「ぷっ……ふふ。その調子で、お願いするわ」


 先輩と初めてのお出かけ、今日は最高の一日になりそうだ。


 ***


 はぁ……くそ! なんだよさっきの! 可愛すぎるだろ!!!

 この間といい、さっきといい、最近のグラさんにはドキドキさせられっぱなしだ。

 俺ってこんなチョロかったっけ?

 いや、もしやこれが俗に言うギャップ萌えってやつか……?


「あの……すいません」


「敬語、やめてもらえるかしら?」


「あ、ご、ごめん?」


「ふふ、なんで疑問系なのよ」


「えっと、名前って、教えてもらってもいいかな?」


 思えば、グラさんの本名を知らない。

 まあそりゃ元はお客さんと店員の関係なんだし、そりゃ知るわけもないよな。

 ランチのピークタイムならば順番にご案内するために名前を書いてもらうが、グラさんがくるのはいつも夜中だしな。


 するとグラさんは意地悪そうな感じの声音で言ってきた。

「……『グラさん』、とか、カウンター裏で呼んでいたようだけれど?」


「え!? ど、どうしてそれを!?」


「私がいつも座っている席からは丸聞こえよ。あの席からは雑談が聞こえてくるから、今度から気をつけることね」


「ま、まじか……以後、気をつけます。それと、すんません」


「別に気にしてないわ。そういうあだ名をつけるの、アルバイトあるあるなのでしょう?」


「まぁそうですね」


「敬語」


「うぐ、そ、そうだな!」


「まぁ、徐々に慣れていってちょうだい……それと、私の名前は……」


「……うん?」



「……真尋まひろ、よ」







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