常連だし贔屓しなきゃな

「なん……で……」


「あの……大丈夫ですか?」


 突然耳元で囁かれた俺はハッと起き上がるように目を覚ました。


 横をみると、美しい少女が心配そうに俺の顔を伺っている。


「あ……いや、ごめん。なんでもないよ」


「……そう、ですか」


 ……変な奴だと思われたかな。気づけばちょっと目から涙出てるし、完全にやばい奴認定されただろ……。ほんと、なんでこんな嫌な思い出居眠り中に思い出すかねえ。

 やっぱり疲れと寝不足のせいだな。間違いねえ。


 それから、少し気まずいムードの中、授業が終わるのを時計の針を横目に確認しつつ、やがて終了のチャイムが鳴った。


「やっと終わったか……」


「この授業ってなんか時間が長く感じますよね」


「それなぁ……ふぁぁ……」


「寝てないんですか?」


「まあちょっと色々あってね」


 本当はレポートが終わってないことに朝方に気づいて全く寝れてないのが原因だけどね!


「……なんか、寝れないくらい嬉しいことがあったとか?」


「嬉しいこと? いや別に……」


「……はあ」


 最近嬉しいことなんてほぼほぼねーよ……あ、でも、強いて言うのなら


「あ、そうそう、昨日ライブのチケット貰ったんだよね。『ヨイハナ』の。あ、てかそういえば君ってー……」


「……! それって! 武道館ライブのチケットですよね! 実は私でてるんです!!」


 俺が言う前に全部言いやがった……まるで全部知ってるかのように。

 てか考えてみたら俺ずっと超売れっ子アイドルとずっと隣に座ってたんだよな!?

 運を使い切ってしまったかもしれん……あれ、もしかして今日命日?


「あ、ああ、だよね。みやびさん? だよね。今度観に行かせてもらうよ」


「ええほんとですか! 嬉しいです! あ、それと『さん』付けいらないですよ。先輩なんですから!」


「ああ、年下だったのね。それじゃあそういうことならー……って、あれ? じゃあなんでこの授業受けてるの? これ三年生の授業なんだけど……」


「あ!? い、いえ、なんか私って結構好奇心旺盛で!? ですので、先取りして上の学年の授業潜っちゃおうかな〜って……」


 ほお、人気の芸能人はさぞ忙しいだろうに。それなのに勉強熱心とか非の打ち所ないな。俺も見習いたいまである。


「へえ凄いね。偉いな」


「あ、はは……。それではこの後用事があるので! またお会いしましょうね尾崎先輩!」


 彼女は早口でそう言い連ね、駆け足でその場を後にした。


「なんか、落ち着いた子だなって思ったけど、落ち着きないな。いやどっちやねんって……ふぁあ、帰って寝よ」


 眠気もだんだん限界に近づいてきた。……ん? てか……


「俺、あの子に名前教えたっけ……」


 去り際に尾崎先輩と確かに言っていたはずだが……まあきっと、眠たすぎて思考が働かないだけであって、教えていたのだろう。いよいよ前頭葉が腐ってきたな。寝るべし。


 直帰だ直帰。


 ***


(深夜)


「うー……夕方に寝たせいか、マジで意味わからん時間に起きたな……」


 時刻は0時手前。一般的な大学生であればだいたいこの時間に寝始める人が多いだろう。とりあえず俺の体内時計狂いすぎじゃね?


「腹減ったな」


 一人暮らしな故に、帰っても自分でなんとかしなければ当然食事はできない。よし、コンビニにでも行くか……。


 ありがたいことに俺のマンションの近くにはコンビニがある。もはやヘビーユーザーであろう。


 パーカーを上に羽織り、下はジーンズというめちゃくちゃラフな格好でコンビニへと向かう。


 その道中、付近から何やら物々しい声が聞こえる。


「ちょ……! 離してください!」


「いいじゃねえかよお。お前絶対良い女だべ?」


 あれは……もしや『グラさん』……?

 随分とイカついチンピラに絡まれているが、見た所知り合いという関係性ではないな。俗に言うナンパというものだろう。

 なにやら


「警察に……!」


「なっ……! このアマ!」


「きゃっ! ちょっと返してください!」


「うるせえこのやろう。優しくしてやれば図に乗んなよ? 俺のダチも連れてきてみんなで楽しんでやるよ」


「ひぃ……」


 この時、直感的に体が動いてしまった。


「お い」


「あ?」


「せん……ぱい」


 気づけば俺は、グラさんとチンピラの前に立っていた。

 普段の俺であれば、チンピラなどに立ち向かうことなどまずないだろう。

 絡まれたらとりあえず財布を出して逃げるまである。


 だがしかし、嫌な奴とはいえ何度も言葉を交わしている女が危険にさらされているとなれば、男として立ち向かうほか道はない。


「おいガキ。カッコつけてんじゃねえぞ? それとも何か、お前も混ざりたいんか? この女回すのに」


「安心しろよ。お前と相手するのは……」


「あ?」



「助 け て え え え ! ! ! お ま わ り さ ァ ぁ あ ん!!!」



「な!?」


 俺はありったけの声量を天に向けて放ち、助けを求めた。

 ヤクザなどと違いチンピラという生き物は、警察の名前を出すと途端に弱くなる奴が多い。

 なぜそんなこと知ってるかって? 漫画の読み過ぎだ。


「このクソガキ……! 覚えてやがれ!」


 はいはい、チンピラ特有のセリフの回収ありがとう。

 チンピラは瞬く間に消えていなくなった。


「大丈夫ですか? お客さん」


 横に目をやると、グラさんが未だ驚きと緊張が抜けていないといった表情のままだ。まあグラサン越しだからわかりづらいが、まあ口のあんぐりさでなんとなく想像つく。


「は、はい、せんぱ……」


「ん?せんぱ?」


「い、いえ、なんでもないわ。よくぞ私を助けたわ。たまには使えるじゃないアルバイトくん」


「……」


 うん、俺は安心したよ。いつも通りちゃんと毒舌が吐けるようで。


「……いつもありがとう……それじゃあ」


「あ、は、はい……」


 急にしおらしく感謝の言葉をかけられ、思わずギョッとする。しかし少しばかりかドキッとした気もする。なんだ? 俺は恋する乙女か? 待て、相手はグラさんだ。大丈夫、何もきにする必要はない。俺はいつも通りだ(混乱)。


 グラさんは普段の柄にもなくぺこりとお辞儀をして、その場を去る。その後ろ姿が、なんとなく、誰かと重なる。最近見たような、そんな姿だ。思えばしっかりとグラさんを見たことはなかったかもしれない。細身でとてもバランスの良いモデルのような体型だな、と男ながらのキモい感想を抱くが、まあ男の子だからしょうがないと自己完結しておく。


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