巷で人気のアイドルが、うちの大学にいるらしい。


 時刻は午前8時20分。

 俺こと尾崎 すぐるは、大学の1限の授業に向かうため自転車を漕いでいた。

 東京に出てきてもう一年以上が経つが、どうしても朝の通勤・通学電車が好きになれないため自転車通学にしているが、まあしんどい。


 焦らずゆっくりとしたい性格のため、授業開始時刻の20分前には学校につくようにしている。

 もうそろそろ大学に着く頃だ。


「余裕の到着だな……ん?」


 世間的に見てまあまあの有名大学なので、それなりの広さのキャンパスを誇っているのだが、そんな広々としたキャンパスの中でも目立つような人だかりが出来ていた。


「な、なんじゃありゃ?」


 よく見てみると、大勢の男女がわきわきと、誰か一人を取り巻いているようだ。見たところ女子……か?


「おっすぐる!」


「おっすと俺の名前を掛け合わせるな」


 キキっと自転車が止まる音と共に背後から現れたのは、数少ない大学の友達の神田かんだ 喜一きいち

 明るい茶髪を短く切りそろえ、眉毛はビシッ! キリッとしたような爽やか系男子。元はバスケ部であったゆえに高い慎重に引き締まったガタイ。

 見るからに、俺大学でリア充してます! とでも言いたげな風貌だ。

 まあ実際こいつは傍で見ていて腹たつくらいに人気者だ。まあそうだよなあとも思うけれど。


「今日も相変わらず傑だな! ……ん? どうした?」


「いや、あの人だかりは何事だと思ってな。パンダでも来てるのか?」


「はは! 笑えそうで全然笑えないボケ!」


「うるせえな!」


「悪い悪い、多分アレはな、アレだ」


「アレとは?」


「えーっと……そうだ、宵川よいかわ みやび!」


「宵川って……あのテレビに出てるアイドルの?」


 アイドルなどにあまり詳しくない俺の耳にも届くほどの、巷で人気の『宵は儚し恋せよ乙女』というアイドルグループ……通称『ヨイハナ』。その中の最も絶大な人気を誇るメンバーの宵川 雅。

 アイドルの王道ミディアムショートヘアに、男なら誰でも好きな澄んだ猫目。バランスの良い体型にすらっとした脚。その抜群のプロポーションゆえに度々雑誌の表紙にモデルとして載っていることもしばしば目にする。

 さらにバラエティにも引っ張り凧ということもあり、いわば彼女を見ない日はある意味ない。


 そんな人気絶頂のトップアイドル様が、なぜうちの学校に?


「そうそう。噂では聞いてたけど、本当にうちの生徒だったんだな」


「え、まじで?」


「まじまじ。美琴から聞いた。なるべく他の生徒から見つからないように授業に出てるらしいけど、溢れんばかりのオーラのせいで今日は登校失敗したようだな」


「へえ……」


 メディアで取り上げられるような有名人はやっぱり凄いんだな。そのぶん大変なことも多いようだが……。

 ちなみに、喜一の言葉から出た『美琴みこと』という人物は、こいつの彼女である。

 何回か一緒に昼飯食べに行ったことあるけど、美琴ちゃんヤンデレ気質で怖いんだよなあ……。


「おっと、そろそろ授業始まるし行こうぜ」


「傑は一目見なくていいのか? 噂のアイドル様に。普通は握手会でしか会えないような人物をタダで見れるぞ」


「いやいいよバカらしい。どうせ今後関わりないんだし」


「冷めてんなあ。女に興味ないわけ?」


「いやだって、手が届かないような人に一目見て惚れでもしたら、今後辛い思いするだけだろ?」


 可愛い女の子は俺だって好きだ。男の子だもん。

 しかし高嶺の花にアスファルトに咲く雑草が恋をしたところで所詮は手が届かないのが世の摂理。

 のような思いはもうしたくない。何事においても、身の丈に合ったことをするべきだ。きっと。


「まあ確かにな! んじゃあ行きますかぁ〜」


 喜一とともに自転車を引きながら、人だかりの出来ている横を通過していく。

 ガヤガヤと一人の女を囲んでやかましい奴らだなと思いつつ、その場を後にした。


 その際、何か視線を感じた気がしたが、気のせいであろう。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る