俺氏、人生で二度目の修羅場を迎える。

 日向先輩とライブに行った日以来、俺はちょくちょくヨイハナをネットで見るようになった。

 簡単にアイドルにハマるとはチョロいやつだな!!と思った人もいるだろうが、単純にあのパフォーマンスがとても気に入ったのだ。

 昔から映画や舞台などの演出などが好きだった俺にとって、ライブでの演出はまた新しい領域に踏み込めたようで、なんだが新しいおもちゃを見つけた子供心が蘇った気がした。


 今思えば、高校時代野球をやめてからというもの、俺の心の支えになったのはこういった演出の世界と触れ合うことと、そして音楽室で出会った名前も知らない子の歌声だった。


 まあ色々と脱線してしまったが、今回のライブに行けたのはとても良い経験であったな。

 グラさんに会ったら今度お礼言わなきゃな。


「おっと、そろそろ大学いかないと間に合わないな」


 今日は確か前宵川と授業が重なった日だったな。

 でも芸能人だし、忙しいだろうから来てないかもしれない。まあ来ていたらライブの感想でも言いたいところだ。

 ……今考えてみたら大人気アイドル様と顔見知りってすげえことだよな。


 ***


 よし、今日も一番後ろの端っこの席空いてるな。

 隠キャ専用シートは陽キャ絶対不可侵なのだ。お、アニメオタクの前澤くんも前のにいるな。授業中ずっとスマホでアニメ見てるから周りから少し引かれちゃってるんだよな……別にアニメくらい見ててもいいだろ!まあ授業中はだめだけれども!!!


「先輩」


 ん?聞き覚えのある凛とした声音……もしや


「おお、宵川」


「今日も隣、いいですか?」


「もちろん、俺の隣でよければ」


「はい、失礼しますね」


 そそくさと俺の隣に腰をかけ、トートバッグを机においた。

 しかしなんだろう……前回会ったときよりも暗いというかなんというか、少し冷たい感じがするのは気のせいだろうか。


「あ、そうだ。この間のライブめっちゃ良かったよ。宵川ってやっぱりすごいんだな。また機会あったら行ってみたー……」


「先輩」


「はい?」



「ちょっと、場所変えて話しませんか?」


 不意に言われたとき、俺は気づいた。

 いつもの宵川と雰囲気が違う、何だか重苦しいオーラを纏っている気がする。


「え、でももう授業始まるけど……」


「ここで話してもいいんですけど……多分みんな私がアイドルやってること知ってるんで……」


 確かに、ここで俺みたいな一般ピーポー苦学生と話しているのがバレたらどんな噂が流れるかわからない。

 現在の宵川は変装しているから周りに気づかれずに済んでいるが、宵川の特徴的な凛とした透き通った声はファンであれば気付くはず。


 それに、宵川から話したいことがあるなんてよっぽどのことだしな……。

 仕事で何かあったのだろう。

 ここは年上の男らしく、相談に乗れる聞き上手男モードでいかなくては!

 女子からの相談なんて乗ったことねーけど!!!


「おけ。んじゃちょいと抜け出すか!」


「はい!ありがとうございます……ふふ」


 何だか一瞬宵川が何か企んでる顔した気がするが……気のせいか。


 ***


「ここらへんならあんまり人来なそうだな」


 学校の8・9号館の裏はあまり人がこない。

 元々は喫煙所があった場所であったのだが、喫煙所の場所が変わってからは全く人が来なくなった。

 ここならそうそう人が来ないだろうし、宵川と少し話すくらい問題ないだろう。

 でも何だかいけないことしてる気分……文春砲きたらどうしましょ!

 まあ差し詰め書かれることがあるとすれば『[激写!]大人気アイドル、大学内でストーカー男に絡まれる!!』みたいな記事だろうな。


「早速ですけど……いいですか?」


「おう!何でもこい!」


 おそらく仕事の悩みだろう。

 この間のライブもあったわけだし、観てる人側からすれば文句なしのパーフェクトなパフォーマンスだったけれど、本人は納得いってないのかもしれない。

 どんな悩みにも真摯に向き合えば、きっと宵川の心を少しはすっきりさせることが出来るはずーーーー!




「この間一緒にいた女の子とは、どんな関係なんですか?」




 ドスの聞いた低い声。宵川の地声の高さも相まって、そのギャップからか底知れない威圧を感じだ。


 ……え、あれ???なんか、怒ってる???


「今思い返しても……随分と大胆な事してましたよね?大勢の人がいる前で女の子の肩なんて掴んじゃって、ねえ?普通の友達同士ならあんな事しませんよね?それともなんですか、先輩もしかしてあの女の子のことが気になってるんですか?ヨイハナのライブはあの女の子と距離を縮める口実だったんでしょうか???」


 やばいめちゃくちゃ怖い。

 どう見ても目から生気がないし、彼女の瞳の奥はまるでブラックホールだ。


「いや、あの、あれは違くて……」


「しかも先輩……あの後どこに行ったんですか?まさかとは思いますが……二人でお泊まりなんてしてないですよね?二人って、お付き合いされてるんですか?どうなんですか?答えてください」


 バン!!!と、俺は自分よりも背の低い宵川から逆壁ドンをされてしまった。

 あらやだ良い男……となるはずもなく、ただただ「怖い」という感想しか俺は持ち合わせていない。

 それに宵川は勘違いしてる。あれは不慮の事故だったんだ……まあ俺の勝手な行動が引き起こした事態なんだけどな。


 さて……なんて言い訳をしようか……。




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