第16話 結ばれた恋
クリスマスの後は、なんだかボーッとしてしまって勉強に身が入らなかった。いざやろう。と思っても机に向かった途端に何だかやる気がなくなってしまうのだ。大晦日の特番なんかを見ながら一日をダラダラと過ごす。
「かえで。勉強ちゃんとしなよー?」
母の小言に空返事をし、私はスマホを取り出す。彼とのトークルームには、クリスマスの前日に来た『明日楽しみにしてる!』という彼からのメッセージで途切れてしまっている。返事、どうやって伝えようか。色々と考えても、この気持ちを表す適当な言葉は中々浮かばない。受験生だし、どこかの日に会うと言うのも難しいだろう。ましてや、お互いに塾などの予定も入っているし——そんな事を思いながら、新年が明けるのだった。
◇◇◇
初詣に行って合格の祈願でもしないと——そう思った私は新年早々早起きをして、家を出た。父と母は、親戚が家に集まる為、準備で忙しいみたいだ。かえで、ごめんね! と父と母は口々に言ってくれたけど、私は大丈夫だよ。なんて言葉を返した。——本当は、一人で初詣に行きたかったから心のどこかで少しほっとしている自分がいた。
地元の神社は初詣の人々でごった返していた。いつもの静かな境内とは真反対だ。まずは、手水舎に向かって手を清める。まず右手で柄杓を持って左手に水をかける。次に柄杓を左手に持ち替えて右手に水をかけます。再び柄杓を右手に持ち替えて左手に水をため、それを唇に軽くつける。そして、最後に両手で柄杓を持ち、水をすくった後に立てて取っ手を水で流して元に戻す。これが一連の作法だ。
背伸びをして、参拝の列を探す。最後尾は大分先の方にあるみたいだ。私は、人々の間を縫うように通り、なんとか列に並ぶ。ふと、改めて周りを見渡してみる。華やかな飾りと音楽が流れるこの神社の境内にいる参拝者の多くは家族連れの地元民だ。クラスメイトなどもちらほらと見受けられる。そんな中、私は一人なのか——しょうがない、そう思っているけれどやっぱり少し寂しくなってしまう。
暫くして、私の順番がやってきた。作法通りに参拝を済ませ、境内の端に生えている大きな御神木の方に寄って少し休憩をする。すると、前を通った女性が小さな絵馬を持っていることに気づいた。
「合格祈願の絵馬でも書こうかな……」
受付の巫女さんから、桜色の絵馬を受け取る。傍の机にあった黒いペンで、『無事に合格出来ますように』と書いた。この絵馬を掛けるのは、神社の奥の方みたいだ。そう説明を受けた私はその後、絵馬を大切に持って奥へと向かった。彼は今頃何してるんだろう——ふと、そう考えてしまう。彼も私と同じように何処かの神社に合格祈願に行っているのかな。そんな事を考えながら歩いていると、向こうから来た人にぶつかってしまった。
「すみません! 前見てなくて。大丈夫、ですか?」
私が咄嗟に謝ると、その男性は驚いた顔をして、そしてこう言った。
「大丈夫です。こちらこそ、すみませ、ん……?」
そして男性はあれ、かえで? と声を漏らし、私に手を差し出した。その手はあの時と変わらず、とても温かかった。
「絵馬書いたんだ。じゃあ、一緒に掛けに行こっか」
彼は、手に持っていた絵馬を軽く振ってそう言う。黒いペンで『合格祈願』と大きな字で書いてある。私は思わずクスッと笑ってしまった。二人で絵馬掛所に向かう。かかっている絵馬はどれも思いがつまった素敵なものばかりで、皆の願いが叶うといいな。そう思った。
「ねえ、この後ちょっと時間あるかな?」
私はそう、彼に問いかける。ちゃんとあの時の返事をして、気持ちを切り替えなくては。
「うん、大丈夫だよ」
それから私達は神社の近くにある公園へと向かった。大きな木がゆさゆさと揺れる下にベンチを見つけ、並んで腰掛ける。公園には誰もいなく、暖かい太陽の光が差し込んでいて時々吹いてくる風がとても心地よい。ずっと居たら、眠くなってしまいそうだ。
「それで、何かあったの?」
彼はそう優しく問いかける。私は呼吸を整えて、彼の瞳を見据えて言う。
「この前の返事なんだけど、私も奏汰のことが好きだよ。あの時返事出来なくてごめんね」
彼は目を見開き、頬を赤く染めて照れながらも
「そっか、嬉しい。ありがとう! でも、まずはお互いに志望校に合格出来るように。頑張ろうね」
そう言った彼の声はいつもより明るくて。そして、空に輝いている太陽みたいに暖かかった。
「もちろん」
私はそう答えて微笑む。こうして、二人の幸せな一年が始まったのだ。
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