第15話 聖夜の夜に

 それから私達は他愛ない話をしながら、会場へゆっくりと向かった。クリスマスコンサートは、午後六時から始まり約二時間の公演をするらしい。辺りは段々と暗くなり始め、吐く息も白く立ち上る時間となった。すると一つ、また一つと街灯が灯り始め幻想的な景色が広がっていった。会場に到着して中に入ると、暖かな優しい空間が私たちを包み込んだ。受付の人にチケットを渡し、パンフレットを受け取る。ロビーの奥にある小さな階段を登り、扉を開ける。座席は既に半分くらいが埋まっていた。


「かえで、ここ空いてるよ」


 先に歩いていた奏汰が後ろを振り返り、そう言った。


「じゃあ、ここにしよっか」


 並んで腰掛けると、何だかとても距離が近く感じる。まるで、彼の体温が空気を通して伝わってくるみたいだ。彼の優しい香りも辺りにフワフワと漂っていて、凄くドキドキしてしまう。なのに、隣にいる彼はいつもと同じ優しげな表情をしていて、動揺なんかしてない。——私だけ、ドキドキしててバカみたい。そんな事を考え、頭を悩ませていたけれど、開演のブザーは私のそんな悩みを何処かに飛ばしてしまった。暗転した中、ステージが照らされた後、軽やかな吹奏楽の演奏が始まった。その後は、有名なクリスマスソングに、サンタの衣装に身を包んだ奏者によるアンサンブル、と聴いていて飽きず、とても楽しかった。


「続いては、観客の皆様にも参加して頂くダンスコーナーです! ステージに上がって踊ってくれるダンサーの方どなたかいらっしゃいますか?」


 トナカイの仮装をした司会の男性が、そう問いかけた。


「はーい! この二人でやります」


 サッと私の手を取り、元気な声を出して彼は言った。私は突然の出来事に、状況が飲み込めず、頭が真っ白になった。


「ありがとうございます! ステージまでお越しください」


 私は心の準備が出来ないまま、彼に手を引かれてステージまで歩いていった。気づけばステージの上にいて。司会の男性が私たちにニコッと微笑みかける。


「名前を教えていただいてもいいですか?」


「瀬戸口かなたです! 全力で楽しく踊りたいと思います。」


「し、篠崎かえでです。……が、頑張ります」


 その後は司会の方が振り付けを皆に分かりやすく丁寧に解説した。最初は恥ずかしかったものの、隣にいる彼があまりに楽しそうにやっているものだから、何だか私も楽しまなきゃ損な気がして。気づいた時には自然と笑顔が零れていた。


「じゃあ、演奏と合わせていきますよー! ミュージック・スタート!」


 後ろから、迫力のある音が会場全体に響き渡り演奏が始まった。この演奏は、奏者と指揮者、それから私たち観客——皆の心が合わさって初めて素敵なステージになる。彼はとにかく笑顔で。それを見た観客の人も自然と笑顔になっていた。まるで、皆に笑顔を届けているみたいだ。私も頑張らなきゃ! ステージはあっという間に終わってしまい、気づけばハァハァと荒く息が出ていた。


「皆様、素敵なダンスを披露してくれた、瀬戸口君と篠崎さんにもう一度大きな拍手をお願い致します——」


 暖かな、そして優しい拍手が私達を、会場を包み込んだ。その後、席に戻ってからの演奏はとても早く感じ、楽しい時間と言うものはあっという間だと言うことを身をもって感じた。


「これにて、第五回クリスマスコンサートを閉会します。御来場頂いた皆様、本当にありがとうございました。皆様と来年もここで会えることを、我々一同楽しみにしております——」


 コンサートが終わり、外に出るとはらはらと白い雪が舞っていた。桜が散るみたいに舞った雪は私の手に乗ると直ぐに溶けて消えてしまう。でも、雪が降った街がいつもと違って美しくて。周りの音が程よく遮断されて、まるで彼と私だけがこの街にいるような、そんな錯覚に陥った。先を歩いていた彼が、ふと振り返った。


「この後、まだ時間大丈夫?」


「うん、大丈夫だよ」


「良かった。かえでに見せたい所があるんだ」


 それから五分程、夜空の下を私達は歩いた。行き交う人は皆カップルばかり。クリスマスの夜に好きな人と過ごせた私は幸せ者だな。そんなことを考えながら私は彼と話していた。


「着いたよ」


「わぁ、綺麗……!」


 色とりどりの灯りが、辺りを明るく華やかに彩っていた。小さなキャンドルは星や螺旋を描き、ゆらゆらと揺れている。


「手、貸して。寒いでしょ?」


 暗くなった街を色鮮やかに照らし出すイルミネーションを見ながら彼はそう呟く。


「うん」


 私はそう言って彼に手を差し出す。そっと繋がれた彼の手は温かく私の手を包み込んだ。寒い夜空とは裏腹に私達の手の温もりは消えなくて。高鳴る心臓と気持ちは、吐き出した白い吐息と共に空へ上って行くようだった。美しいイルミネーションは私の心に深く残り、いつまでも見ていたい気分だった。


「ね、あのさ。」


 彼は遠くを見つめてそう言う。冷たい夜風が彼と私の頬を掠める。


「かえでのこと好き。」


 そう言って彼は手を引き寄せ、私にそっとキスをした。彼の柔らかな唇が私の唇に重なる。私の平常心は何処かへ行ってしまったようだ。好き——好きって何だっけ? それは、LOVEという意味での好き、なのかな。それとも、LIKE? 思考回路が停止してしまう。奏汰が私のことを? いやまさか。そんな訳——私の脳内をグルグルと駆け巡っていた。すると、彼は


「これは恋愛感情で。かえでのこと、一人の女性として好き」


  私の心を読み取ったように、瞳をじっと見つめて言った。彼の頬が赤く見えるのは気の所為だろうか——相変わらず、私の心臓はバクバクと音を立てている。動揺して言葉が出ない。あわあわと口を動かしても、出るのは白い吐息だけだ。


「——あ、あり、がと……う」


 やっと出た言葉はそんな言葉で。私は曖昧な答えしか言うことが出来なかった。


  結局あの後は何となく会話が弾まなかった。けれど、優しい彼は気にせず話しかけてくれた。駅で彼と別れ、家に向かう。——なんでちゃんと答えられなかったんだろ? 私は彼のことが好きで。彼も私の事を想っていてくれたのはとても嬉しいのに。どうして、私も好きだよ。って言えなかったのかな。彼は勇気を出して、告白してキスまでしてくれたのに私はそれに対して、曖昧な答えと素振りしか出来なかったことを酷く、後悔した。次に彼に会う時に私は何て声を掛けたらいいのだろうか。いや、答えは決まっている。私も奏汰のことが好きだよ。この言葉を彼に早く伝えなくちゃ。

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