第14話 思い出の一日を君と

 紅葉はその鮮やかな葉を落とし、吐く息が白く立ち上る季節となった。受験生の私達はもう少しの辛抱だ。私も休日は朝早くから塾に向かって一日勉強をしている。苦手な数学を中心に勉強すると、一ヶ月に一度ある模擬試験では段々と点数が良くなってきた。

 私が目指す高校は、県内でも有名な音楽学校だ。そこで音楽についてもっと深く学んで、いつか音楽の先生になって——そして皆に音楽の楽しさを知ってもらえたら。と考えている。この目標を達成するためにも、勉強を頑張らなくてはいけないのだ。


  今日は終業式。体育館には冷たい空気が立ち込めていて、息をするだけで肺が凍ってしまいそうだ。終業式が終わり教室へ戻ると皆、冬休みの予定なんかを話していた。学校からの帰り道、ある喫茶店の看板に小さなチラシが貼ってあった。


「クリスマス、コンサート⋯⋯?」


「あぁ、確か今年で五回目くらいかな。市内で活動してる吹奏楽のバンドが色々な演奏をするんだ。他にも歌を歌ったり⋯⋯色々面白いんだ。君も興味があれば行ってみたらどうだい?」


 外で掃除をしていた男性がそう声を掛けてくれた。


「なるほど、ありがとうございます。このコンサートのチケットは何処で買えるんですか?」


「ちょっと待ってて、確か——」


 そう言って彼はお店の中に入っていった。そして暫くして戻ってくると、私に二枚のチケットを差し出した。


「これ、良かったら誰かと一緒に観に行ってみなよ。俺は残念ながらその日に用事が入っちまってさ」


「あ、ありがとうございます!」


 私はそう言って、チケットを受け取ると大切に握った。たまには息抜きだって必要だ。あの人もきっと行ってくれるはず。そう思うと何だかにやけてしまう。


「ま、頑張って誘うんだよ」


 じゃあ、俺は店の方に戻らなくちゃ。なんて言って去り際にそんな言葉を落として言った。


 家に帰り部屋に向かう。そして、スマホを取り出し彼とのトークルームを開く。なんて誘えばいいんだろう⋯⋯文字を打っては消してを何度も繰り返す。気づけば彼とは部活以外で何処にも出かけたことがなかった。折角の機会だ、誘わなくは。このチャンスを逃したらきっとダメだ。心がそう言っている気がした。私はハッとして、机の引き出しから一枚の紙を取り出す。彼と再会した時に貰ったあの紙だ。そして、手早く数字を打ち込む。⋯⋯繋がりますように。私はそう祈って耳にスマホを当てたのだった。


 ◇◇◇


「⋯⋯もしもし、瀬戸口です」


 彼の声が耳で囁くように聞こえてしまって胸がドキドキしてしまう。いざかけてしまったものの、なんて誘うか考えてなかった。


「⋯⋯? 間違い電話、かな」


 電話の向こう側で奏汰が首を傾げている様子が思い浮かぶ。——ダメだ、ちゃんと言わなきゃ。


「もしもし、かえでなんだけど⋯⋯」


 やっぱり言葉が詰まってしまう。ちゃんと言葉に出来ない自分自身にむず痒くなってしまう。あともう少し。頑張れ私、誘うんだ⋯⋯!


「あ! かえでか。俺に電話なんて、どうしたの?」


「もし良かったら、私とクリスマスに出かけてくれない⋯⋯?」


 こんな聞き方で良かったのかな。もし駄目って言われたらどうしよう——電話の向こうでは沈黙か続いている。私の心臓の音は聞こえるんじゃないかって言うくらい、うるさいくらい鳴っているし、体温がどんどん上がっている気がする。やっぱり受験勉強とかあるし、こんな時に誘うのは良くなかったかもしれない。そう思った私は


「や、やっぱ⋯⋯」


「えっ!? 行く行く! 喜んで。こちらこそ一緒に出掛けてください!」


 私の言葉に覆い被さる様に発せられた彼の声は、いつもより明るくて何より嬉しそうだった。

 その後は他愛のない話を延々として、笑いあってそして電話を終わりにした。さっきまで耳元で響いていた優しい声が急に聞こえなくなってしまい、部屋がしんと静まり返ってしまい、色を失ったかのように無機質な空間になってしまった。窓をそっと開けて空を眺める。今日は月が輝いていて、時々吹く夜風が心地良かった。


 ◇◇◇


「これで大丈夫かな——」


 何度目だろうか。鏡の中の自分とにらめっこをして、うーんなんて言いながらちょっと髪の毛をいじってみたりしている。時計に視線を移せば時間は三十分程過ぎていて、私は慌てて家を駆け出したのだった。


 元々時間に余裕を持って準備していた甲斐もあって、待ち合わせの五分程前に到着した。鏡を確認すると、所々髪が乱れている。折角綺麗にしたのに——私はサッと整えてベンチに座り、本を開く。彼が着くまであと少しの間だけ読んでみようか。でも、ビックリするくらい内容が入ってこない。彼があの道の角から現れるんじゃないか、こっちの道から来るんじゃないか……そんな事を考えてしまい本に集中が出来なかった。私が諦めて本を閉じた時


「お待たせ」


 颯爽と現れた彼は私を見つけるとニコッと笑いながら歩いてきた。黒のチェスターコートとスキニーを着こなしていて、中には白色のインナーを着ていて大人っぽい。いつもと違う服装の彼に私はドキドキしてしまう。私も、もうちょっとお洒落をしてくれば良かっただろうか。そんなことを考えていると、


「かえでの服装、似合ってて可愛いよ」


 彼はちょっと頬を赤らめてそう言ってくれたのだった。


「ありがとう。奏汰も似合ってるよ」


 そう笑って言うと彼は、お洒落してきた甲斐があったよ。なんて小さな声で呟きクシャッと笑った。


「——じゃあ、行こっか。」


 そんな彼の声を合図に、私達のクリスマスは始まった。

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