第12話 Let's color the world!

 そして時は流れ、学園祭当日。私たち四人は舞台袖に集まって、他の部活の人達と入れ替わりでステージを使用することになっている。いよいよ、本番ということで手に汗はじっと滲んできたし、ステージに立つ自分の姿は中々想像出来ない……、まして大勢の人の前で演奏をするなんて――


「ところで、瀬戸口。君達のグループ名はどうするの?」


 学園祭の有志発表の総務を務めている、鳩ヶ谷君はそう聞いた。奏汰は、あぁなんて笑いながら言って髪を搔く。不味い、これは何も考えていなかった時に奏汰がする癖だ――私は嫌な予感が的中しないように、ひたすら祈る。


「よにん音楽部だよ」


 ハッキリそう言った。朱音も凛久もえっ、と同時に顔を青くする。……あぁ、この部長の唯一の欠点、それはこういう風に気ままに一人で色々と決めてしまうところだ。


「じゃあ、よにん音楽の皆さんステージお願いします。」


 鳩ヶ谷君は特にグループ名については深追いせず、ニコッと笑ってそう言った。なんだか、今のことで私の中にあった緊張がほぐれたような気がした。こういう、部長のさりげない気遣いに私はいつも助けられている。本人はきっと何も考えていなんだろうけど。


「……かえで?」


 ふと彼の声を聞いて、現実に引き戻される。ステージ袖の暗さでも彼の瞳がじっと私を見つめているのが分かる。パッと顔が赤く染まるのを何とか抑え、奏汰に背を向けて指を頬に当ててみる。ちょっと熱くなっていて、胸がドキドキしてしまっている。――落ち着け、私……。


「ごめん、ちょっと考え事してた」


 私はくるりと振り返ると、そうぎこちなく笑って答えた。


「全く、本番前だって言うのに緊張しなさすぎだよー」


 朱音はそう笑いながら、このー。なんて言って私の頬を抓る。


「まぁまぁ。そんなこと言わずにさ。」


 凛久はそう言って朱音を宥める。――あぁ、いつもの感じた。そう感じると、どんなステージでも怖くない。私達なら大丈夫。そんな気がして来た。


「じゃあ、四人で頑張るぞー」


 そんな奏汰の掛け声と共に私たちはステージに一歩踏み出したのだった。


「皆さんこんにちは! よにん音楽部です。いつもは私、瀬戸口奏汰と篠崎かえでのふたりで活動しているのですが、今回は学園祭ということもあって、軽音楽部の高海朱音と吹奏楽部の紺野凛久も加わり四人で演奏をさせて頂きます!皆様どうぞ私達のステージをお楽しみ下さいね」


 ステージに出た瞬間、奏汰はパッと人が変わったようになる。『俺達は演出者エンターテイナー。観客を楽しませる為に素敵なパフォーマンスをして一分一秒を楽しんでもらうんだ』それが部長が大切にしていること。奏汰はマイクを脇にあった机に置くと、キーボードの位置まで歩いていく。そして定位置に着くと、皆と視線を交わす。お互いに頷き合い、呼吸を整える。奏汰の軽快なキーボードの音と共に私達の演奏は始まったのだった。


 ***


 そして、私達の三十分程のステージはあっという間に終わってしまった。伸びやかで透き通った朱音の声は観客を魅了させたし、凛久のドラムが先導して私達に道を作ってくれた。奏汰のキーボードは曲をパッと華やかにして、彩りを添えてくれるみたいだった。観客の皆は、いっぱいステージを盛り上げてくれたし一曲一曲が終わったあとには盛大な拍手を送ってくれた。ライトに照らされた私の頬を伝うのは汗と、涙だ。こんなにも沢山の人が私達を応援してくれていた。皆がこのステージを楽しんでくれた。――そう思うとなんだかグッと胸に込み上げてくるものがある。ちらりと視線を横に向けると、他の三人も私と同じように、金色の雫が頬を伝ってステージにぽつり、ぽつりと落ちていた。


「アンコール……、アンコール」


 拍手が鳴り響く中、何処からか小さな声でそう聞こえてきた。その声に乗って一人、また一人と声を出す人が増えていきいつの間にか観客皆が声を揃えてそう言っていた。私達四人はお互いにクシャクシャの顔で笑い合う。


「アンコール、ありがとう……ございます……!では、僕達から皆様へこの曲を。『Let's color the world!』」



 奏汰の途切れ途切れの言葉が、空間に飲み込まれてから数秒後。私達の思い出の曲は始まった。



 Let's color the world!


 原曲:瀬戸口 彩歌


 作詞:篠崎 かえで

 作曲:瀬戸口 奏汰


 あの日 この世界で 君と僕は出会った

 君は遠い空を見上げ 何処か哀しげに

 歌っていて

 僕はそんな君に 強く惹かれて


 君と僕の歌は 遠い果てまで響き渡り

 いつしか 皆を笑顔にした

 まるで 魔法みたいだった


 世界を彩ろう 君と僕で

 この空を鮮やかな 色で染め上げて 

 あの星空の様に 皆を笑顔にしよう


 ◇◇◇


 私と奏汰、ふたりでマイクに向かって心を込めて歌った。彩歌に届いただろうか。私達の気持ち。これを聞いた人達も皆、笑顔になって元気になれただろうか。演奏が終わった瞬間、場内が静まり返った。そして一瞬の静寂の後、割れるような喝采の拍手が会場を埋め尽くした。そして、舞台が暗転しても拍手が鳴り止むことはなかった――



 ステージを終えた私達は部室に戻り楽器の片付けをした。あの感動の余韻は今も残っていて、まだ胸が高鳴っている。


「お疲れ様。良いステージだった」


 何処からか現れた紫波先生はそう言って、私達の頭をわしゃわしゃと撫でていった。


「楽しかったけど、これで引退か……」


 ぽつりとそんな言葉を奏汰がこぼす。その言葉は私の胸にインクが染みていくようにそっと広がっていった。奏汰とのふたり音楽部が始まって約一年、凛久と朱音とのよにん音楽部が始まって約半年――あっという間だったけれど、一日一日が楽しくて充実してた。私の空っぽだった心に彩りを皆が添えてくれた。だから、今私はこんな達成感で胸がいっぱいなんだ。


「落ち込むなって。これでお別れじゃないんだしさ」


「そうそう、まだ学園祭は終わってないよ!今から四人でまわるぞー」


 そう凛久と朱音は、明るく言った。私達は、その後お化け屋敷に行ったり、皆でホットドッグを食べたり……学園祭を満喫した。クラスをまわれば、気づいた子達は皆良いステージだったね! って言ってくれてなんだか照れくさかった。そんな中、部室を出ていく私達を先生は何処か懐かしげに見て、小さく呟いた。


「青春だな」


 って。


 春の桜が舞う季節に集まった私達四人は、夏の向日葵の様に太陽みたいに輝いて、秋の紅葉の様に美しく皆の心を色付けた。この先どうなっていくかははっきりいって分からない。だけど、私達ならきっと大丈夫。心はいつでも繋がってるから、この過ごしてきた日々は嘘なんかじゃないから。

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