第13話 花は咲き乱れ、月は輝く
あの学園祭は今となっては思い出となってしまった。四人で奏でた音楽は皆の心にちゃんと届いたし、きっと彩歌にも届いたはず……。そんなことを考えながら私は今、教室の外を眺めている。爽やかな初秋の空が、向こう側に見える山の紅葉が、時の流れを表している。
私たちはあの日以来、四人で集まって何かをすることは無くなってしまって。しょうがないんだ、って自分には言い聞かせてみるけど、ふとした時に思い出しては胸にぽっかりと穴が空いてしまったような、そんな気持ちになるのだ。目線を机上の国語のテキストに戻してみる。
なにとなく 君に待たるる ここちして
出でし花野の 夕月夜かな
その歌が、何故か私の心に深く刺さった。意味を知りたい。そう思ったけれど、
「今の時代はさ、インターネットが普及して調べればすぐに答えが出る時代。でもさ、たまにはアナログな方法って言われかねないけど本を使ったりして自分の力で答えを導き出すのも大切だよね」
そういつの日か奏汰が言っていた事が頭をよぎった。『自分の力で答えを導きたい』そう強く思った。
次の日の昼過ぎ、市内にある小さな図書館へと私は向かった。勉強も大事だけれど、たまには息抜きも必要だ。お気に入りのワンピースを着て、秋桜の咲く公園を通り抜け、澄みきった空の下を軽やかな足取りで歩いた。自動ドアが開くと、図書館のあの何とも言えない落ち着いた空間が優しく私を包み込んだ。
「あるとしたら、文学のコーナーかな――」
そう思った私は早速文学のコーナーに向かうことにした。そこには私の想像を遥に上回る程の膨大な本が並んでいた。一つ、棚からそっと取り出してページをめくればその本の持つ魅力に惹き付けられ、ページをめくる手が止まらなくなってしまう。しかし、あるページで私の手は止まった。
「なにとなく 君に待たるる ここちして
出でし花野の 夕月夜かな」
耳元でそっと呟かれた。
「ひゃい!?」
私は思わず変な声を出してしまった。そして、慌てて辺りを見渡す。不幸中の幸い、と言うべきか人はまばらで私の声に気づいた人はいないようだった。ほっと息をついたのもつかの間、
「図書館では静かにしないとダメ、だよ?」
口に指を当てて、悪戯な笑みを浮かべた彼に私は苦笑するしかなかった。
◇◇◇
図書館脇にあるカフェスペースに移動した私たちは、向かい合って座った。そして、彼に質問をする。
「どうして、奏汰がここにいるの?」
「それは、秘密だよ」
私がいくら質問をしても彼はさあね、なんて言って誤魔化してしまう。そして、何か思い出したようにこう言ったのだった。
「あ、そうそう。かえでが調べてた歌の意味はね……。何となく貴方が待っているような気がして、月の美しい夕暮れに花の咲き乱れるこの野原にやって来てしまいました。っていう与謝野晶子の恋の歌なんだ。」
彼はそう言って、何処か遠くを眺めているような、そんな顔をした。彼の頬に丁度西日が当たって、表情まではよく見えないけれど何か深く考えているみたいだ。
私もこの歌と意味を聞いて、感じるものはある。片想いをしている女性が、中々彼に会うことが出来ない中で思い出の場所でもあるだろう野原に、彼が待っているような気がして思わず行ってしまったのだ。彼が居ないことはわかっている筈なのに、どうしても心のどこかで、もしかしたら。と考えてしまう女性の気持ちが痛い程に分かる。そして、彼が居ない野原だと言うのに月は美しく花々は咲き乱れているのだ。自分の気持ちと裏腹な景色が、この歌を読むきっかけになったのかもしれない、と自分で思った。
「まぁ、俺も案外そうだったりするのかもね」
彼はそう小さな声で呟いた、が私が驚き思わず漏らした声は風に流されてしまった。
「さ、暗くなる前に帰ろうか」
沈黙を破るように、そう言って立ち上がった彼と私は街を歩いた。夕映えの幻想的な空の下は、眩しいくらいで。樹から舞い落ちる葉は陽の光を受けて一層鮮やかに見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます