第7話 あの頃とは違う

 凛久と朱音との練習は火曜日と木曜日。他の日は、ふたり音楽部の活動と受験勉強に割り当てた。ふたりでの部活も楽しかったけど、四人ならその倍、いやもっと楽しくなった。朱音の提案で皆で軽音部みたいにそれぞれのパートを決めることにした。


 ボーカル兼ギターを朱音、ベースをかえで、キーボードを奏汰、ドラムを凛久が担当することになった。一応バンドのリーダーは奏汰が務めている。明るいポップス系の曲を幾つか選んで今は練習している。私も奏汰もあまりこういう曲はやったことがないし、何より四人で演奏するのは初めてなので戸惑いが多いけれど、凛久と朱音はいつでも


「ゆっくりで大丈夫だよ」


 なんて言って優しく教えてくれるから心強い。桜が散る頃にはコツが掴めるようになってきたし、紫陽花が咲いた頃にはもうある程度まとまるようになった。凛久と朱音は部活を形上引退し、音楽部によく顔を出すようになった。そして、あの日からもう一年。あの日と同じように私は紫波先生と向かい合っている。進むべき道。私がやりたいことはもう決まった。


「先生、私は――」


 思うままに今の気持ちを全力でぶつけた。先生は要所要所で相槌をうって聞いてくれた。全て話し終わった時、身体が熱くて。でもなんだかとてもスッキリした気持ちになった。先生はニコッと優しく笑って私の頭をわしゃわしゃ撫でた。


「先生、髪汚くなるでしょ」


 なんて小言を呟いてみるけれど本当はとても心地が良かった。


「ほら、お前この後練習だろ?」


 そう言って先生は私にハンカチを渡すと


「そんな顔見せたら心配されちまうぞ」


 と言う言葉を残して進路指導室を去っていった。壁に掛けられた埃を被っている鏡にすっと指を撫でてみると、涙を浮かべて頬が火照っている私が映っていた。


「先生のばか」


 私はそう呟いてハンカチに顔をうずめる。先生の優しい香りがそっと私を包み込む。段々と気持ちが落ち着いてきた――。もう一度鏡に向き直ってニコッと笑って元気を取り戻した私はハンカチをそっとポケットに入れて部室に向かったのだった――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る