第5話 初めての舞台
――それから一ヶ月後、私達に依頼が舞い込んできた。紫波先生はよーっす、なんて言いながら部室に入ってくると一枚の手紙を渡してきた。
『初めまして、老人ホームの施設長を務めている葉月と申します。こちらの中学校で音楽部が新たに設立されたという話を聞きまして、依頼を致しました。懐かしい歌などを歌って頂けると皆様喜ばれると思います。宜しくお願い致します』
手紙を受け取った奏汰がスラスラと読み終えると、紫波先生はこう言う。
「懐かしい曲をメドレー形式とかにして歌ってみれば馴染み深い曲とか思い出深い曲が沢山聴けていいんじゃないか?」
「なるほど。アドバイスありがとうございます」
奏汰は先生にぺこりとお辞儀をした。
「お礼なんかされる程大層なことは言ってないさ。またわかんないことあったらいつでも聞いてな」
なんて言ってニコニコと手を振りながら紫波先生は部室を後にした。依頼は約二週間後の日曜日。お年寄りの方に好まれる曲か……。私と奏汰はホワイトボードに思いつく限りに曲を書いていく。十分もすればボードには沢山の曲が書き込まれている。
「わぁ。こんなにいっぱい曲があるんだ……」
私は思わず呟く。自分達が思っていたよりもずっと曲は沢山あるみたいだ。奏汰は先程から腕を組んで悩んでいる。
「ねぇ、四季をテーマにメドレー形式にするのはどう?」
「いいね!それで行こう。」
奏汰はパッと表情を明るくしてニコッと微笑んだ。その後も話は順調に進んでいき、曲の順番や構成も決まってきた。今回訪問する老人ホームには電子ピアノを持って行き、奏汰が弾きながら私と一緒に歌う。司会は私が担当して場をあたためながら楽しい会にするのだ。
思ったよりも歌というのは奥深くて、最初は声が震えてしまって上手く歌えなかったけれど奏汰のレクチャーを受けて段々とコツが掴めてきた。
「もっとこうお腹の底から声を出す感じでね」
奏汰は優しく丁寧に教えてくれ、自分でも上手になった、という自信が持てるほどになった。そして、最後のリハーサルを終えた本番前日。
「明日、頑張ろうね。俺たちなら出来るよ」
「うん!」
そして日曜日。本番がやって来た。開始は午後一時から。緊張しすぎてお昼ご飯もろくに食べられず奏汰に笑われてしまったけど。葉月さんからも先程電話が来て、皆が楽しみにしてるという話を聞いた。頑張らなくちゃ。
「この度は素敵な場を設けて下さり……、
私達『ふたり音楽部』が皆様の世界を彩れるように全力で歌わせて頂きます!」
途中途中カミカミな司会だったけれど、奏汰も皆も温かく見守ってくれている。サッと奏汰とアイコンタクトをとる。いつでも大丈夫だよ、ニコッと笑って奏汰は言う。
さぁ、本番だ――。
私達の晴れ舞台となるステージは、成功した。歌ってる途中で一緒に口ずさんでくれる人もいたし、リズムに乗って手拍子をしてくれる人もいた。懐かしんで涙を浮かべている人だって――、届いたんだ、私達の歌が……。
「ありがとう……!」
私達の出番が終わり片付けをしていると一人のお年寄りが近寄ってきてそう言った。目には涙を浮かべて優しく微笑んでいる。
「素敵な歌声だった。久々にもあんなに感動したよ。また来て歌っておくれ」
「勿論です!またいつでも呼んでくださいね。」
奏汰の手を握る彼女の目は輝いていて、それを見ていた葉月さんが私に近づいてきてそっと呟く。
「素敵な歌をありがとう。貴方達の歌は何だか魔法みたいな力を持ってるみたいね。聴いているだけで元気が出る。そんな曲だったわ」
魔法――、元気が出る――、ありがとう――、どれも今まで私がかけられた事の無いくらい暖かい言葉だ。思わず涙が溢れてしまい、照れながらもこちらこそ、と感謝の言葉を告げる。私達が施設を後にする時にも沢山の方々が見送ってくれて、みんな口々に
「また来てね!」
「今日はありがとう!」
なんて言ってくれた。暖かい言葉は私達の体を優しく包み込んでくれて気持ちが良かった。素敵な部活に出会えて、こんなにも人を感動させることが出来て、私は今とても幸せだった――。
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