第3話 夏が明けて

 季節は巡り、長い夏休みが明けた二学期。蒸し暑い体育館での始業式で延々と続く校長の話をうんざりする程聞き、校歌の斉唱なんかをした。閉会の言葉の後には先生からの連絡があった。


「えー、皆さんに転校生の紹介です。影川中学校から転校してきた二年生の瀬戸口奏汰くんです――」


 ザワザワと周囲から話し声が溢れ出る。どんな子だろう?などという声が辺りから聞こえてくる。影川って、嘘だよね……、?私の心臓が騒ぎ出す。


「皆さんこんにちは。影川中学校から転校してきた二年の瀬戸口奏汰です。転校してきたばかりで分からないことが多いので、優しく教えてください」


 彼は緊張などまるでしていなくて、堂々と話していた。勿論、見間違えなどある筈がなく、あのだった――。


「えー。瀬戸口君は二年三組に今日から新しく入ります。皆さん仲良くして下さいね」


 そんな先生の話など私の耳を通り抜け、行く宛のない私の気持ちは体育館をさまよっていた。


 その日クラスの話題の中心にいたのは彼だった。誰もが彼と少しでも話したいと休み時間は席を取り囲んでいたし、他のクラスの人達も彼を一目見ようと入口に群がっていた。私はそんな中、彼を遠くからそっと見ることしか出来なかった。一言も話す隙なんてなかったのだ。この前まで近く感じた距離は幻想だったのだろうか。終礼が終わった後も彼は沢山の人に囲まれていた。私はそっと教室を出るようにして、階段を降り、下駄箱で靴を履き替えた。


「かえで! あのさ、話があるんだ――!」


 私が振り返ると、彼は息を切らしながらこちらを真っ直ぐ見据えて言った。その様子からあの教室を抜け出してきたことが分かる。私はあまりの出来事にただ口を開けたまま呆然とすることしか出来ない。


「ここだとまた彼奴らに捕まっちゃうからさ。ほら、行こ」


 そう言って彼は私の手を引いて走り出した。私は彼に手を引かれるまま走った。途中なんだかおかしくなって二人で笑い合いながら。間もなくして私達は小さなカフェに着くと、奥の方の席に向かい合って座った。軽くメニューを注文すると彼は先程までとは違う真剣な表情で話し始めた。話を要約するとこうなる。二人で新しく部活を作らないか、ということだ。その名も音楽部。吹奏楽部でも軽音楽部でもないらしい。担任の紫波先生にはもう話を通してあるらしく、顧問を引き受けてくれるようだ。行動力が相変わらず凄い。


「音楽部って何をする部活なの?」


 私は一番の疑問を彼にぶつけてみる。吹奏楽部でも軽音楽部でもなく、音楽部を設立する理由とは何なのか。それが気になったからだ。


「かえでは創作が好き。俺は歌うことが好き。二人で作った歌で誰かを勇気づけたり感動させたりしたいんだ」


 彼は真っ直ぐこちらを見てそう言った。揺るぎない信念を持って。――誰かの為に歌を歌う、そんな彼の願いに私が断る理由などある筈がない。


「うん、いいよ。音楽部入る」


「本当!? ありがとう!」


 彼は嬉しそうに笑って、私の手を取って喜んだ。やっぱり犬みたいだ。喜怒哀楽がハッキリしてて、誰ともすぐに打ち解けられる愛嬌のある性格の持ち主。彼と私が作る歌、誰かに届くかな……、そんなことを思いながらその日の夜は眠りについたのだった。

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