03 ダンジョン攻略のオトモには

 触手とメッくんを追ってやってきたのはダンジョン探索が体験できるゲーム系ワールド“ワンダージャイアント”だった。


 サンドブラウンの石壁に覆われたドーム状の薄暗いスタート地点に、大剣を背負った姫騎士と触手と西洋甲冑が立っている。


「これ、どんどん下へ降りていくっぽいですね」

「ちょっとメッくん、もうちょっと慎重に行こうよ!」


 左手から出したライトのエフェクトを懐中電灯代わりにして、入り口と思しき方向を照らす。

 スタート地点から体感で数メートル歩いたところで前方は行き止まり、足元に先の見えない大きな縦穴が見えた。トンネルを垂直にした格好である。


「壁に小さい足場がついてますね」

「壁から壁へ飛び移ってジグザグに降りて行こう」


 触手もウジュルウジュルと同意した。

 こうして相談しながらダンジョンを進み始める。


 少しずつ下へ降りていく作戦は正解だ。

 VRで高い場所から落ちると、ゲームと分かっているはずなのに血の気がスーッとひく感じがするのだ。

 個人差はあると思うが少なくとも俺はそう。何度かビルの屋上から飛び降りてみたことがあるが、ひどい時は足元がふらついた。


「そのライト便利ですねルミナさん」


 デスクトップぜいのメッくんはVRの没入感がないぶん余裕があるらしく、俺の魔法エフェクトやダンジョンの風景を眺めては感心している。


「ありがと。役に立ったね、これ。薄暗い所だってのは聞いてたから前もって仕込んできたんだ」

わたくしもダンジョンに役立ちそうなものを用意してきているから、“そのとき”が来たらよろしくねルミナさん」

「ああ、そのときってそういう……」


 雑談しつつ地道に下方向へのジャンプを繰り返していると、やがて円筒形の内壁が途切れて開けた空間に出た。


 大きい! プールみたい!

 なんだこの濃緑色の液体は……もずく風呂か?


 ヤバ色の液体を前にして、テンションが上がった触手氏は助走をつけて飛び込んだ!


「触手氏!」


 着水するや否やものすごい勢いで減少する触手のHP!

 沈んでいく触手!


 ――これは、さ、さん!


「触手氏―――ッ!」


 続いて渡河しようとした俺は慌ててジャンプ、近くに浮かんでいる岩の足場に飛び乗る。

 ちょっとしくじって片足が酸についたとき、あり得ないくらいダメージを受けてゾクっとする。


「あらあらルミナさん、メックウォリアさんの方がお上手よ?」


 メッくんは酸に足がつく前に移動キーを連打することで空中歩行して、俺と同じ足場にノーダメージで着地していた。


「なるほど、足場を跳び移って次のエリアへ移動しろってことか」


 いちばん大きな足場にみんなで集まり、この酸のプールを攻略する道筋を見極めるべく周囲を見渡す。



 ――と、足元の岩が突然弾けて、地面から何かが飛び出してきた!


 それは、人影だった。


「……ワールドじゃなくて、アバターのギミック……?」


 身長は姫騎士ルミナよりも高め。

 褐色のロングヘアに細いメタルフレームが似合う、知的な感じの美女だ。データショップのアバターでこんな顔立ち見たことないし、もしかして完全自作フルスクラッチだろうか?

 タイトスカートからすらりと伸びた両脚に黒いタイツが艶っぽく光り、羽織った白衣の前身ごろを押しのけるように迫力ある胸元が自己主張している。


 一言でいうなら“美人女医”。ただ、一点だけ気になる所があった。


 ――彼女の左腕は、巨大なドリルになっていたのだ!



「私がドリルばんちょうでェェェェェェす(音割れ)!」



 う る せ え !



 クールビューティな見た目を台無しにする声量で自己紹介したドリルばんちょう(ネームにも全角文字でそう書いてある)は、俺たちの目の前にばっちり仁王立ちしている。


 逃げられそうもない。


「べつのダンジョンを攻略していたんですが、こちらに人がいたので合流してきましたァァァ! ひとりきりじゃ寂しすぎるからァァァァ!!」



 や か ま し い。



「あのさ……」

「せっかくだからご一緒しますよォォォ! 私はベテランユーザーなので戦力になりまァァァす!!!」


「ミュートしていい?」


「えっ」


「声が大きすぎるんで……」


 俺に言われて初めて気が付いたのか、女医は“お口にチャック”のジェスチャーをしてから手足を大きく動かして盛んにボディランゲージで何かを伝えようとしてきた。


 動きまでうるさかった。


「普通にしゃべってくれていいよ……その方がマシだったわ」

「ありがとうございまァす! 声が大きくてごめんね! アメリカは広いので大きな声を出す癖がついているんでェす!」


 アメリカ人だったのか。

 日本語が不自然にうますぎる……。

 ついでに言うと、声は自然な女の声なんだけど時々激しく音割れすることもあってボイスチェンジャーや発声技術の可能性を捨てきれない。性別不詳だ。


「癖。癖なら仕方ない……か。うん。ギリギリのところでブロックするほどじゃない……から……」


 いちおう、さっきよりもボリューム抑えてくれてはいるようだし。


「よかった!!!! もしこのままブロックされていたら、あなたのネームつきスクリーンショットをSNSにアップしてあることないこと書いた被害報告をするところでしたァァァーッ!」


「厄介だなアンタ!」

「アメリカンジョーク!!!!!」



 *



 実際、ドリルばんちょうは声が異常にデカい以外は割とそつなくゲームができる人だった。


 ダンジョン系ワールドは大雑把に分けると謎解きで進むものとアクションで進むものがあるが、いまやっているのはアクション要素が強い。

 ドリルばんちょうはベテランを自称するだけあって、俺たちを先導して酸に浮く飛び石地帯をどんどん進んでいく。


 酸ゾーンを越えると、またトンネルに入った。最初の縦穴よりも狭い横穴で、頭のすぐ上が天井になっている。

 俺たちは一列に連なってトンネルを進む。ときどき急なカーブがある一本道は、全体的には下へ向かっているようだ。


「私の声がよく響きますねェェェ響きますねェェェ響きますねェェェェェェ(残響音)!」

「オホホホホ、本当ににぎやかな方ねえ」

「ボクずっと気になってたんですけど、どうしてドリルばんちょうって名前にしたんですか?」


「良い質問でェす! それはァ、私はドリルが大好きだから! ドリルはカッコいい上に地中を掘り進めるし、なんでも破壊することができまァす! ちょうどこんな風に!!!!!」


 ドリルばんちょうが眼鏡を輝かせ、左腕のドリルを回転させる。

 ドリルはギュイイイイイとうなりをあげて、行く手をさえぎる岩石の塊を次々と粉砕し始めた。


「床にピッケルが落ちてる。手に持てますよ」

「これ本当はピッケル使って掘り進んでいくゾーンだったんじゃね?」


 出番を奪われたピッケルをすこし哀れに思いつつ、俺たちはドリルまかせにトンネルを押し通り――最後の縦穴に詰まった岩石もモリモリ破壊してダンジョンの出口に到達した。


 “出口についた”っていうか、絵面えづらとしてはドリルで床をブチ抜いて落下した格好だ。


 けっこう高い場所から落とされて少々頭がスーッとしたが、なんとか石畳の地面に着地。


 周囲を見回す。

 地面と同じくきれいに切り出された石を積み上げた柱や壁がところどころに建っているが、一様に上端が欠けて朽ちている。

 ダンジョンの内装もそうだったし、きっとコンセプトは“古代遺跡”だろう。


「んんー?」


 隣に着地したドリルばんちょうがメガネをクイッてやりながら首を傾げる。

 口を閉じてるとやっぱ美人だな……と横顔を眺めてから、俺も彼女(彼?)の視線にならう。


 薄暗いダンジョンから一転。

 明るい青空を見上げれば、今しがた俺たちが抜けてきたダンジョンの“出口”が見えた。



 肛門だった。



 高層ビル並みの高さはあるだろう、フンバるポーズをした全身石造りの“巨人像”。

 それがダンジョンの全容だ。


「なるほどォ! さっきまで私が掘ってきたのは巨人のウンコだったんですねェ! ショック!!!!!!」



 美貌をことごとく台無しにする、ためらいのないウンコ発言。



 しかしドリルばんちょうにツッコミを入れる暇はなかった。


 見上げるほど大きな石の巨人が、ゆっくりと動きだしたのだ!

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