19 爆球一発
人数分渡されたのは、真っ白い
ちょうど真ん中に赤色で帯状に印がつけてある。
「ボクのだけ球がついてますね」
低身長のバケツちゃんが持つには少々大げさな棒の赤ライン部分にソフトボールくらいの大きさをした球体がくっついている。
「それが“弾”じゃよ。“ブロック”はあの女の子モデルの服。これだけ言えばルールはわかるじゃろう?」
角材を持たされた俺、メッくん、ドリルばんちょうの三人は揃ってうなずいた。
つまり、伝統的なビデオゲーム“ブロック崩し”をVR空間で再現したものだ。
この真四角に囲われた部屋の中で巨大ケモ耳少女の服にボールを当てて破壊し、こっちに弾が跳ね返ってきたら棒で打ち返して地面に落ちないようにする――そういうシンプルなルール。
「ゲームは3ラウンド。まず上着とスカート、次にソックス。そして最後に下着を破壊すればクリアじゃ」
「やる気でるなあ」
ぼんやり返事をするも、誰も合いの手を入れてくれなかった。
「お手並み拝見だね」
バケツラバー氏は部屋の端で腕組みをしている。
フルボディトラッキング状態のまま
「じゃ、メッくんが弾を発射したらスカートだね」
「小手調べにスカートの中から攻めてみましょぉう!」
「――はいッ!」
メッくんは俺たちの言葉尻を食うように返事をした。
次の瞬間、彼が手にした四角柱からバシュウという効果音と共に球が打ち上げられた。
「いまちゃんと狙った!?」
「ミニスカートの裾に当たりましたァァァ! カス当たり! ランダムに跳ね返ってきますよォォォ!」
ドリルばんちょうの言葉通り、弾はスカートの端に当たり壁側へと跳ね返る。
俺たちは三手にポジションを分けて
このあたり阿吽の呼吸でやってしまえるあたり、なんだかんだ言って長い付き合いになったもんだ。
「天井に弾を回り込ませましょう!!」
ドリルばんちょうが手にした角材をテニスラケットのように振り、自分の方へ飛んできた弾を打ち返す。
弾はいったん壁にバウンドして天井へまわりこみ、上から巨大少女のジャケットにアプローチ。
今度の狙いはうまくいった。
弾がジャケットと天井との間を何度もバウンドし、連続してダメージを与えられた巨大少女の服に虫食いみたいな穴があいていく。
「よし、今度はスカートいくぜ」
あらかた取り除かれたジャケットを抜け、筒状になったスカート部分をくぐり弾が戻って来る。
俺は角材をやや斜めに構え、トスの要領で弾道を調整した。
スカートの内側に当たって跳ね返った弾は俺の方へ戻ってくる。
それを同じように打ち返す。壁とキャッチボールする感じだ。
手数で堅実にダメージをあたえスカートの形が無くなり巨大少女の白い太腿があらわになったところで、視界に“CLEAR”の文字がポップアップした。
「見事なものだ。さすが三人ともゲームが上手い」
ゆっくり拍手して称えるバケツラバー氏に軽く手をあげて応え、さっそく“第2ラウンド”に臨む。
巨大少女の表情が少し怒った感じに変化。
さっきまでハの字に広げていた両腕が動き、下腹部を両手で隠すようなポーズに変わった。
「じゃあ次は俺からいくわ」
次のターゲットは“靴下”――膝上まである丈の長いサイハイソックスだ。
巨大少女はやや内股気味のポーズをとっているため、形状としては二本の柱に近い。
俺は脚と脚の間を狙って弾を発射。
二つの“柱”を交互にバウンドさせ、サイハイソックスにどんどん穴をあけていく。
ちょうど太腿の裏あたりまできたところで弾が後ろへ跳ね返った。
「メッくん、そっち行ったよ!」
弾はさっきまでより速くなっている。
だが、メッくんが慌てて角材の端で弾を打ち返すハメになったのはそのためではない。
彼は俺に声をかけられてから視線を上に上げていたように見えた。
「ヘイヘーイ! もっと弾をよく見てくださぁい! フォーカス!」
弾をラリーさせながら、ドリルばんちょうがメッくんに声をかける。
叱責ではなくて励ます感じのスポーティな雰囲気だ。
それでも、もともと気に病んでいたらしい彼にはある種の“圧”として受け取られたようで。
「――すみません。ボク、こういうゲームって苦手で……その、どうしても恥ずかしくて」
そうだよね。
メッくんはお色気要素に免疫がないというか、平均よりも気恥ずかしさを感じる
「ただのオブジェクトだと思えば平気だって」
気休めにしかならないと知りつつ、俺に言えたのはその程度しかなかった。
そして、薄っぺらい言葉を吐き出すために頭をつかった
下腹部の白い三角形を隠す少女の両手、その指先が光り、合わせて10の光弾が発射されたのだ。
光弾は本来打ち返すべき弾とよく似た大きさでバラバラに降ってくる。
うち1発が俺の肩をかすめると、視界が青っぽく染まって
「この弾当たるとフリーズさせられる! やば……!」
“停止”時間はおよそ1秒。
その間に白球は俺の横をすり抜け、床面に落ちた。
*
「バケツの嬢ちゃんよ」
ゲーム再開の前に待ったをかけたアバター仙人は、1アウトをとられた俺ではなくメッくんに言葉をかけた。
「恥ずかしいと思う気持ちをワシは否定せんぞ。我慢したり、無視をして自分をごまかすものではない」
うっ……まさにそんなこと言っちゃった手前、耳が痛い。
「むしろ、よく見るのじゃ。モデルではない。自分自身をな」
「自分自身を、ですか……?」
「どうして嬢ちゃんはあれのどの部分に恥ずかしさを感じるのか。それを見つめよ。あのケモ耳少女のエロさと嬢ちゃんの胸の内がパズルのピースじゃよ」
仙人の言葉を飲み込みきれないメッくんにエールを送ったのは、もう一人のモデラーだった。
「メクサコさぁん! “観察”はモデリングするために大切なファクターでぇす!!」
ドリルばんちょうの一言にメッくんが――そして俺もハッとした。
そうか。このゲーム自体がアバターづくりのヒントになってたんだ。
「こういうの、俺たち若造には分かりにくいですって」
「ルミナくんも、メクサコくんもわかってくれたようで嬉しいね、仙人」
「フ……本当に合点がいったかどうか、みせてもらおうかの」
ゲーム再開。
ソックスはあらかた破壊できていたのでコンティニュー後に難なくクリア。
狐耳巨大少女が顔を真っ赤にした怒り顔になり最後の標的――下着を攻略するフェイズに移行する。
両手を下、つまり俺たちに向け、下半身はもふもふの大きな尻尾を動かして守りは更にかたくなった。
ドリルばんちょうが大声でなにやら叫んで初弾を発射。
すぐに巨大少女の両手からさっきまでよりも速く多い光弾が放たれる。
縦スクロール型シューティングゲームばりの弾幕をかいくぐり、弾を下半身まで到達させる。
だが、俺たちの弾はモフモフ尻尾に打ち返された。
「強ェー!」
「ドリルばんちょう、迎撃を!」
即座に反応するドリルばんちょう。そのとき全身がスーッとスライド移動!
「なァァァァ!?」
「足元――“ベルトコンベアー”だッ!」
立ち止まっていた俺とメッくんの体もひとりでに流れる。
床そのものが動き始めている!
「ネバァーギブアァァァァァップ!」
ドリルばんちょうがとっさに角材を放り投げる。
角材は空中で弾にぶつかり打ち返しを果たしてから床に落ちた。
同時にドリルばんちょうは光弾を受け、フリーズしたまま床に流されて角材から遠ざかっていく。
俺は急いでカバーに入る。
コントローラのレバーで移動の操作をしながら頭上の弾を目で追わなくてはならず、神経がゴリゴリすり減っていくのがわかる。
「ルミナさん! ボクの方へ球を
「もしかして攻略方法わかった?」
「――“砲台”をやりますッ!」
バケツちゃんの
いつぞや見せてくれたバケツヘルム製の椅子だ。
この床、プレイヤー以外のオブジェクトは影響を受けないのだ。
きっとメッくんはさっきドリルばんちょうが角材を落とした時に気が付いたのだろう。
「よく見るんだ。よく見る……」
バケツちゃんの口元が小さく動き、呪文のような呟きが聴こえる。
必死に集中する彼に、俺も報いなくてはならない。
左コントローラのスライドパッドを操作して魔法を発動。
俺めがけて飛んできた光弾をコライダー入りのエフェクトで受け止めてからジャンプ!
真っ白い壁にとりついた瞬間にもう一度ジャンプ入力。
壁を蹴って三角に飛び、目の前の弾を角材でブッ叩く!
「メッくん受け取って!」
「――ああ、そうか。あの部分の皺の感じと、下着のヒモが浮かんでいるところと、あと頬にかかる横髪と。そっか。あのあたりがえっちなんだ。なるほど――――参考に、なる」
俺が放ったパスはメッくんが両手で構える角材、そのド真ん中に吸い込まれるようにおさまった。
――弾を
「うむ、まっすぐな狙いじゃあ!」
アバター仙人が快哉を叫ぶ。
白い弾が赤く明滅してジェットエンジンじみた轟音を放つ。
明滅弾は、弾幕を正面から吹き飛ばし一直線に昇る。
会心の一射はメッくんの視線そのまま天を衝き、ケモミミ少女の下着を上下まとめて吹き飛ばした。
*
「やったぜメッくん! クリアーだ!」
「はいっ! 見ててくれましたかアバター仙に……ああッ!?」
俺たちが振り返ると、アバター仙人の上半身は腰の部分で“く”の字よりも急角度で不自然に折れ曲がっていた。
両腕もでたらめに捻じれ、それぞれ明後日の方向を向いてしまっている。
「し、死んでる――」
――のではなく、単にVRデバイスを体から外して離席しているだけだ。
「このタイミングでAFKですかァ!?」
ドリルばんちょうが両手を胸の前でせわしなくスライドさせながら批難の声をあげる。
あの動きはユーザーを通報する動きだな。たぶん。
ほどなくして
「興奮のあまりトイレへ行っておった。みなまで言うな。いや、まあ普通にオシッコじゃがな。ずっと我慢しとったんじゃよ」
「オシッコなら仕方ありませぇん。通報ブロックは取り消しでぇす」
ドリルばんちょうはヤレヤレと肩をすくめる。
俺が代わりに通報しとこうかな、と思いかけたとき、アバター仙人が話を振ってきた。
「と、いうことでな。わかったかな? 極意はこれじゃ」
「どれですかぁ!? ぜんぜんわかりませぇぇぇん!」
「俺たちはエスパーじゃねえんだ」
「あ、あのっ、これから努力しますから……」
「ふむ、分からんか?」
俺たちの総ツッコミをアバター仙人は平然と受け流し、右手をアゴに添えて首をかしげてみせた。
ちなみに、バケツラバー氏はちょっと後ろの方で見守りマンと化している。
「アバター作りの極意。それはな――“
「「「
「なぜこの界隈、可愛い女の子アバターがもてはやされると思う? それはな、己のリビドーを直結させやすいからじゃ。リビドー、言い換えれば“勃起力”を味方につけることで創作ポテンシャルを何倍にも高めることができる。ワシはそう考えておる」
「あー、ビデオデッキが普及したのはAVのお陰みたいなアレっすか」
分からなくもない。
あけすけに言ってしまえば性欲を原動力にしろってことだ。
根源的な欲求は動機として“強い”。そういうことを言いたいのだろう。
「なに、所かまわずチンタチウオしろとは言っておらん。そも勃起はズボンの下に秘めるものじゃて」
「ひとつ質問でェす! たとえば私が女性だったとしたら? エレクチオンしませんよォ!?」
「性別なんぞ関係ない。心のまたぐらがいきり
桃髪少女の大きな瞳がさらにクワッと見開かれる。
アバター仙人はその勢いで、いちばんこのテの流れがニガテな彼に水を向けた。
「どうじゃな、バケツ嬢――いや、メクサコちゃんは」
「ボク、やってみます! 勃起……してみせます!」
ん? ちょっと待ってその返しは何か違くな……
「うむ、善き
ワッハッハと高笑いするアバター仙人。
つられてメッくんもアハハと笑い、バケツラバー氏とドリルばんちょうは「おめでとう」と拍手した。
俺は若干いいのかなあと思いながらも、順調に踏み外しロードを歩み始めたメッくんを脱力気味に見守るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます