28 オールド・ゲーマー
遠目に無機質な棘の集まりに見えていた白の都市は、踏み入ってみればいっそう無機質な静けさを感じた。
飾り気がまったくない真っ白なマテリアルの建造物は傷をつけられた形跡がない。
戦闘をすれば流れ弾の一つや二つ、周囲のオブジェクトに着弾するものだ。それが無いなら、この場所に到達した者が未だ存在しないということか。
探査用のライトを照射すれば本当に“何もない”のがわかり、俺は妙に心細いような不安な気分になった。友人との待ち合わせ場所に来たのに誰もいない時のあの感じだ。
「ドローンはあくまで上空の防御用、か。だけど街中には
思わず独り
「
とっさに頭を
なるほど、理解した。
ここは“まだ誰もきていない場所”じゃない。“誰もいなくなった場所”だ。
彼女の領域に踏み入った者は、今の容赦なく精確な“狙撃”で必殺されていったんだ!
「上の方、正面から撃ってきた――なら、おおよその立ち位置はわかりますよ、セイバー夫人ッ!」
夫人が陣取っているであろう方向を睨み、届いてるかどうか分からない声を投げる。
レバーを倒して前進、次弾に備え意識は正面に集中。
再びビーム狙撃がきた――真横から!
「痛ェ!?」
回避運動が間に合わず、テンタクルスタビライザーが二本犠牲になった。
続けてビームの追撃、今度は正反対の側面からだ! 左肩の装甲が持っていかれる。
複数人で張っているのか?
いや、きっと違う。セイバー夫人なら、伏兵を潜ませるんじゃなくてぜんぶ自分だけでやるはずだ。
あの人は、複数の狙撃ポイントをファストトラベルで転々としながらこちらを狙ってきているのだ。
「どこから撃ってくるのかは分からない。だけど、狙撃ポイントなんだから必ず有利な
相手が手練れなればこそ攻撃ポイントの予測もできる。
FPSゲームの定石に則れば、安全と思われるポイントは見当がつく。
俺は全速力で建造物の壁に向かい、ぴったり
ビームが飛んでこないところを見ると、ここは今のところ安全地帯らしい。
この戦いはデスクトップPCプレイヤーとVRデバイス使いの戦いでもある――こちらのアドバンテージを最大限に生かせば勝機はあるはずだ。
「よい――しょ!」
アバターを目の前の壁に密着させたまま、自室で前方へ踏み出す。
すると、ザ・ルミナスは壁にめりこみ――がらんどうの建物の中に入り込んだ。
「いけた。VR忍法・壁抜けの術、ってね」
VRゲームをやっていると、ゲームの世界では何もない空間へ歩いていこうとして現実空間の壁にぶつかってしまうのはよくあることだ。
そして、意識すればその逆もできる。
ゲーム内のアバターが行けない場所でも、現実でちょっと身体を動かしてやればすり抜けられることが多いのだ。
同じ要領を繰り返し、壁から壁へと移動する。
時々狙撃ビームが飛んでくるが全速力のザ・ルミナスにそうそう当たるもんじゃない。
ひたすら壁を抜け、壁を抜け、壁を抜け、このワールドの中心へと向かう。
そして遂に到る――あの決別の玉座へと。
空中庭園の入り口に構えられた大正門の柱の中から、俺は誰もいない広場へ声を飛ばす。
「遊びに来ましたよ、セイバー夫人!」
声に応え、青空から一筋の
現れたのは純白の装甲に身を包んだ美しい
「よくいらしてくれて……ごきげんよう、ルミナさん」
カシャカシャ、とマイク越しにも聴こえてくるほど大きなキーボードの打鍵音がして、セントラルは携えていた大砲を手放した。
このやたら大きな打鍵音は……ゲーミングキーボードの青軸キーが出す音だ。
「勝負キーボードですか?」
イエスの代わりにキーを押下し、セントラルは両腕の青龍刀を抜いて構える。
隙のない達人めいた立ち姿だ。
セイバー夫人は俺のようにVRデバイスを使わず、デスクトップPCのマウスとキーボードでアバターを操作している。
あの構えは予め設定しておいたモーションデータだろう。
「久しぶりに張り切って作ってみたの。よく味わって
手料理でも振る舞うかのような口振りで、白の電気騎士は突風のごとく踏み込んできた。
振るわれた横薙ぎの斬撃を左、右とバックステップで見切ってかわし、反撃のビーム砲を撃ち込む。
と、目の前のセントラルが急に姿を消す。
一瞬で真下にしゃがんだのだ。
正面きって立ち合った際、こうしていきなり身を屈められると視界から消えたように見える。
急いで補足した俺の追撃ビームを、夫人のセントラルはしゃがみと立ち上がりを繰り返しながら滑るように移動してすり抜けていく。
「うおッ!」
肉体にはおよそ不可能なバニーホップで地を這いまわる相手に対し、俺は片足の小指が床を擦るくらい低い軌道で足払いを仕掛けた。
それをしゃがんだままジャンプでかわしたセントラルが、今度は空中で全身を縦回転させる。サマーソルトキックだ!
セントラルの尖った爪先が跳ね上がり、ザ・ルミナスの左腕――ビームランチャーの砲身を削り取った。
左手に握ったコントローラが振動してダメージを伝える。
俺は右の大剣を上段に構え、セントラルが宙返りから着地した隙を突く。
向こうも俺の動きは把握している。大上段からの一撃にカウンターを合わせてくるつもりだ。
だから、こうしてタイミングをずらし柄頭を打ち下ろす!
人間で言う鎖骨のあたりに大剣の柄がめりこんで、セントラルの左肩口から後方へ伸びるホーンユニットを根本からへし折った。
すかさず反撃の胸部レーザーカノンが至近距離から放たれる。
こちらも胸部から
「――attach an extra shader――」
夫人のマイク越しに青軸キーの打鍵音が連続し、セントラルの身体が二つに“複製”された。
更に打鍵音が猛烈な速度で聴こえてくる。
これは高速でタイピングをしている音とは違う。
1秒間に16回を超える速度でキーを連打している音だッ!
「Let’s――Dance!」
ミラーによって2つに分かれたセントラルが更に
まさか、移動キーを連打することでアバターを高速で動かし、分身しているように見せているのか!?
「ビデオゲーマーですもの。16連射くらいは当たり前に出来てよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます