27 “V”せよ乙女

 ギュイィィィとものすごい音をあげながら、黒い巨人が突進してくる。


 構えたドリルシールドの円形に生え揃う凶悪な刃の群れが高速回転し、ザ・ルミナスおれを容赦なく削り潰そうと迫ってくる。


 俺は両手の親指をスライドパッドに滑らせて同時操作する。


 アバターの胸部に搭載したエフェクト発生装置が、エネルギー障壁コライダーを幾重にも展開。

 合わせて20の障壁は、ドリルばんちょう――ブラックヘクスのシールドバッシュによって瞬く間に捻じ切られる。

 それでも本体おれが後ろへ飛び退いて大剣を切り上げられるくらいの時間は稼ぐことができた。


「うらぁーッ!」

「私のドリルをぉぉぉ、弾きますかぁぁぁ! さすがですねぇぇぇぇぇぇ!」


 右のコントローラが大きく振動して手ごたえを伝える。

 大楯ドリルに剣のフォースフィールドをブチ当てた反動で、俺とドリルばんちょうは真反対に弾かれ距離まあいを開けた。



「メッくん。君には他の連中の援護にまわって欲しい」


 俺に加勢しようと身構えていたフォートレスパラディンが、すこし戸惑ったように巨大な身体を揺らす。


「ドリル相手にサイズ差があると、かえって不利だよ。だからメッくんのアバターとドリルばんちょうは相性が悪すぎる。いつかのゴーレムみたいになりたくないだろ?」

「かも、しれませんけど……」

「それにさ。何より一騎打ちで決着をつけたいしね――だろ?」


 目線を向けた黒い巨人が、珍しく黙ってうなずいた。


 メッくんがフォートレスパラディンを空中戦艦形態へと変形させ飛び去るのを見届けて、ザ・ルミナスおれブラックヘクスあいつは改めて対峙する。


「一騎打ち、なんってもだ。本命のあの人を2日も待たせてるからな。とっとと終わらせるッ!」


 瞬く速度で踏み込んで大剣を打ち込む。

 小細工なしの一撃をブラックヘクスは右手の斧で受け止めて、鍔迫つばぜり合いの格好になった。


「ルミナさぁん! あなた、まるで恋しているみたいでぇぇぇぇす! 妬けますねぇ! 私も! あなたをライバルだと思っているんですからぁぁぁぁぁぁッ!」


 ドリル盾!


 右側からだ!


 俺は前蹴りを突き出すと同時にコントローラのボタンを押して跳躍ジャンプ

 即座に反応したブラックヘクスの上半身を覆う装甲ヨロイ――六角形の甲羅の集合体――その継ぎ目が開き、おびただしい数のマイクロミサイルが発射された。


 上空へ逃れたザ・ルミナスをミサイルが追ってくる。


「火の粉は振り払う!」


 大剣を下へ向け大きく横薙ぎにする。

 三日月状の衝撃波エフェクトが発生しミサイル群をまとめて粉砕、足下を黒々とした“煙幕”が覆った。


 自由落下する。


 当然、煙幕の中へと突っ込む。


 着地する。


 当然、ブラックヘクスが居た地点には



「うおおおおお! ファントムセンス!」



 左腕からビームを乱射しつつ振り返る。

 ビームは足下の地面から飛び出してきたブラックヘクスの盾に降り注ぎ、辛うじて奇襲を押しとどめた。


「やりますねぇぇぇ! 地中からの殺気も感じ取ることができるのですかぁぁぁ!」


「勘!」


「なるほどぉ、勘! しかしルミナさん、あなたは今たしかに私の“気”をのではないですか!?」

「どうして分かる」


 たしかに、着地してすぐに背中の皮膚が粟立つような感じはしていた。


「ファントムセンス――VR感覚についてそれなりに調べましたから! いちVRゲームプレイヤーとして、興味を持って当然でしょう!」

「だろうな。なんだよたそうじゃん。何か面白いことがわかったの?」

「イエス! 結論から言えばあの感覚は強烈な自己暗示によるものでぇす。そして本来なら――“苦痛いたみ”を感じることはないとされています!」

「じゃあどうして俺はこんなみてんだよ」


「答えはシンプル! でしょうね!」


「いきなりマゾヒスト呼ばわりとはご挨拶だな」

「伝わるよう言い方を変えましょう。あなたは心の底から命をかけてゲームをやろうとしているんでぇす! 麻雀やポーカーなどのゲームをやる時、リアルマネーをかけた“勝負”になった途端ふだんよりもはるかに強くなる人がいます。あなたはそのたぐい! 文字通り肌がひりつくほどの“勝負ゲーム”に焦がれるクレイジー! 真性のゲーム狂ですよぉ!」


 ドリルばんちょうは言葉の合間にシールドバッシュをしかけてくる。

 話に相槌をうつ俺も、バックステップと同時に突きの衝撃波をぶつけて間合いをとった。



「だから私は、あなたに“嫉妬”したッッッ!」



「本当に一目おかれてたんだな、俺。あんたみたいな……に」


 いまの一言いちげきは存外に効いた。


 特定の“誰か”から認められていると実感できることは、素直に嬉しい。

 輪郭以外は透明だった自分に、一気に色がついていくような感じがする。


 だけど。


 ごめん、だけど。

 俺はまだ半透明だ。



 いちばん認めて欲しい相手は、この先に居るから。



「つくづく、ままならんよな! “なんでもできる世界”なのにさ!」


 右手をアンダースローで振り上げ、コントローラのグリップ部分にあるスイッチを握り込む。

 ザ・ルミナスの右手から大剣が離れ、ブラックヘクスへ向かって真っすぐ飛んでいく。


 左コントローラのレバーを倒し、先んじて投げつけた大剣を追いかけるように機体アバター疾走はしらせる。


 前進しつつレバーを不規則ランダム方向に連続入力すれば、周囲の風景が超スピードで上下左右に目まぐるしく流れる。


 UFOじみた軌道で敵機ヤロウに迫り、大剣とは別の方向――側面から右腕衝角ハンマーのストレートを叩き込む!



 だが、投げつけられた大剣を盾で防いだブラックヘクスはノールックで肩をカチ上げ、必中を期した俺の右ストレートを堅牢な肩部装甲アーマーで受け止めた。



「フフフ……感じまぁす!」


「まさかファントムセンスか!?」

「いいえ。私のはテクノロジー! 独自に電子工作かいはつした触覚フィードバックデバイスでぇぇぇす! アバターの周りに張り巡らせた衝突判定コリジョンに異物が接触したら現実リアルで装着している装置が振動するという寸法! ルミナさんの感覚センスと違ってちょっとくすぐったい程度ですから苦痛もありません! 完璧でしょう!?」


 なるほどな。


 初めて会った時から思ってたけど、やっぱりこいつ凄い奴だよ。




 でもって、やっぱり肝心なところで奴だ。



「俺さ、姫騎士アバターの時ロングヘアだろ。あの髪型がトレードマークだから揺れ方にもかなり拘ってるんだよ」


 ドリルばんちょうは答えない。

 ただ、手斧を構えて俺の出方をうかがっている。


「“可愛い動き”はかなり練習しててね。たぶん、戦闘バトルムーヴよりも年季が入ってる。要するに!」


 大きくレバーを倒しザ・ルミナスを突撃させる。


 ドリルばんちょうのブラックヘクスが眼前まで迫ったところで、自室リアルの俺は勢いよく逆立ちした!


「俺はアバターの髪の毛一本まで、どう動くのか体で覚えてるのさ!」


 ザ・ルミナスの機体ボディ後部からは8本の触腕テンタクルスタビライザーが伸びている。

 移動モーションをとっていない待機状態のスタビライザーは、物理演算に従って揺れ動くようにしてある。


 だから、こうしていきなり逆立ちすれば、スタビライザーは鞭のようにブラックヘクスにからみつく。

 物理的な攻撃力は皆無に等しいが、オブジェクト同士が接触した判定は発生する!



「うひゃあ! ら、らめぇぇぇぇぇぇぇぇ(音割れ)!」


 いきなり全身を触手にまさぐられたドリルばんちょうが嬌声にも似た声をあげ。


 姿勢を戻した俺はすかさず大剣を盾の中心に突き入れる。


 回転する刃群のど真ん中・垂直方向に衝撃を受けたことで、ばんちょう自慢のドリルシールドは砕け散った。



「これでお前はノーマルばんちょう!」


 盾を失ったドリルばんちょうに勝利宣言してみせるが、奴はまだあがくつもりだった。



「うぬううううう! かくなる上はバーチャル暗殺拳・禁じ手! 虚空幻影陣ホロウライブ!」



 ブラックヘクスの双眸が妖しく輝き、七色のサイケな光がみるみる拡がり辺りを包む。

 不規則に乱れ飛ぶ原色の光と共に、でたらめな不協和音が耳を殴りつける混沌とした空間が“発生”した。


「“視界ハック”……!」


 前後左右も判らない乱れた世界の何処かから、高笑いするドリルばんちょうの声がかすかに聴こえ、すぐにノイズのような音の濁流にかき消された。


 捕らえた相手の感覚を奪い無力化する凶悪秘技――――今の俺にこんなお遊戯が通用すると思ったか!



「スピーカーミュート! 視覚情報、カット!」


 HMDゴーグルの音声を切り、目を閉じる。

 足下に大剣を突き立て、片足を上げ足の裏をもう一方の大腿につけ、合掌した両手を頭上へ向け背筋を伸ばす。


 混沌転じた静謐の世界で、俺は己の感覚センスをどこまでも研ぎ澄ます!



「あれはヨガの――“大樹のポーズ”!? 精神を極限まで集中させてファントムセンスの精度を上げようというのですか!? そんなことがぁぁぁぁぁぁ!」


 どこからか、ドリルばんちょうの声が聴こえる。

 幻のような気配が、瞑目した瞼の裏でたしかな、たしかな像を結び。



「風よ、雲よ、雷よ! 我に力を与えたまえぇぇぇーッ!」



 すべての気迫を一刀に込め、俺は突き立てた大剣を引き抜いて袈裟懸け!


 逆胴の一閃は確かな手ごたえをコントローラに伝える。


 ゆっくり眼を開けば、黒い巨人の上半身が下半身から分かたれ崩れ落ちるのが見えた。



「――――私、ふられてしまいました、ネ……」



 好敵手ライバルの声と爆散エフェクトを背に浴びて。



 俺はあの人のもとへと、進む。

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