26 青と黒と鈍色と
真っ白い石壁――うち毀れた巨体な建造物の残骸に身を隠す。
「ふぅ」
一息つき、買い置きしておいたチョコレートバーを齧る。
ふとコンソールを覗けば、この戦場での連続ログイン時間が間もなく70時間に達しようとしていた。
そう、ここは戦場だ。
巨人たちが縦横無尽に
天を仰げばラストステージには似つかわしくない雲ひとつない青空。なぜなら、そういう設定だからだ。
このワールドは俺が夫人に宣戦布告をした場所、あの空中庭園を改変したものだ。
庭園を中心にして面積をちょっとした街レベルにまで拡げ、無数に林立した真っ白いトゲのような形の塔の合間を武装ドローンが飛び回る浮遊要塞都市に仕立て上げている。
要するに「陸地が途切れたはるか下方に雲が広がる魔王の空中都市へ俺たち討伐軍が侵攻している」というシチュエーションである。
両陣営のプレイヤーが一堂に介し戦い続けること三日三晩。
最奥部、あの人がいる玉座にたどり着けたプレイヤーはまだいない。
他人事みたいな言い方になるが、
フタを開けてみれば、
討伐軍側は王座をとろうという連中だからもともと腕自慢の
敵方はログインボーナスで得られたポイントを普及型セントラルにつぎ込んでいるプレイヤーが多く、アバターのステータスが高い。
烏合の衆と切って捨てるには厄介な相手なのだ。
「休憩、おしまい」
ひとり呟いて、再度キャリブレーションを行い
瓦礫の影から前方を覗くと、長い砲身が8つそびえているのが見える。
砲の根本には四体の巨人。
全身を緑色にカラーリングされたセントラルの部隊だ。いずれもオメガバスター砲のスケールを落として両肩にマウントした砲撃戦仕様である。
「面倒なタイプだな」
同じようなカスタマイズを施したセントラルとは既に何度か交戦した。
スケールダウンしたオメガバスター砲は威力こそ控え目だが連射がきく。
俺から奴らまでの距離はおよそ数百メートル。
一機潰すためには大剣で二撃打ち込む必要があるから、何も考えずに突っ込んだら1体を相手しているうちに十字砲火を喰らうだろう。
「フォース
考えている間にも、四体の砲撃型セントラルはこちらへ向かって前進してくる。
砲撃を加えてこないあたりまだ俺の存在には気づいていないらしい。
いよいよ名案が思い浮かばずこちらから飛び出してゴリ押しする覚悟を決めたとき、視界に
「――来たか!」
空を見上げる。
雲ひとつない筈の空中都市に大きな大きな影が落ちる。
上空に現れたのは、セントラルをもすっぽり覆う影の主だ。
凄まじく巨大な、空に浮かぶ
重厚な船体、甲板から艦底まであらゆる場所に装備された砲塔、そして象徴的なバケツ兜型の艦橋――すべてをバケツヘルム材で造られた巨大戦艦アバターが、空中都市に出現した!
「ご無沙汰だね、メッくん!」
空へ向かって声をかければ、聞き慣れた少年のような声が返ってくる。
「ごめんなさい、ルミナさん! さすがにちょっと時間がかかりました」
「間に合わせてくるのが流石だよ」
「遅れたぶん、がんばって取り返すので。決戦型改変バケツ“フォートレスパラディン”! 突撃しますッ!」
メッくんの叫びに応え、地上から砲火が上がる。
バケツ戦艦――フォートレスパラディンを脅威と見なした敵側がいっせいに迎撃を始めたのだ。
下から上へと降り注ぐ火の雨をものともせず、フォートレスパラディンは悠然と前進する。
ちょうど俺の――それに、同じく各前線に陣取った味方たちの――前方まで進んだところで、フォートレスパラディンから何体かのアバターが降下するのが見えた。
セントラルとは異なる四脚獣型のシルエット。
フォートレスパラディンと同じ鈍色のボディ。
「アイマーヴォルフ!」
その数、30機。
「全国バケツヘルム愛好家連合推参!」
「バケツラバー氏か!」
俺に名を呼ばれ、アイマーヴォルフ群のうち一体が砲塔型の頭をもたげた。
彼は何も言わずうなずいてから、周囲の狼を引き連れて敵陣へと駆けていく。
「俺も遅れちゃいけないな!」
「ルミナさん、支援砲撃はじめます! やっちゃいましょう!」
景色がものすごい速さで後ろへ流れ、ザ・ルミナスが青色の
一瞬で切り替わった風景。目の前には濃緑色の装甲に身を包んだ敵性セントラルの顔面だ。
「ガチ恋距離、ってヤツだね」
鼻面がぶつかるほどの至近距離で
全高30メートルの巨体がぐらり傾いだ。左腕武装を作動させダメ押しのビームでハチの巣にする。
当然周囲の敵は俺に狙いを定――めることはできない。
俺の突貫と共にアイマーヴォルフたちも獲物に喰らいついているからだ。
彼らの牙はおびただしい数の重火器。あたりはたちまち
俺は
弾けて揺らぐ炎の熱さを頬に感じ、その熱風のわずかな変化を知覚する。
「殺気はそこだな!」
爆炎の中にビームを撃ちこむ。
エフェクトをつらぬいて現れる
真紅の装甲をまとう突撃仕様のセントラルだ!
続けて四方八方から同型の敵が合わせて4機、突っ込んでくる!
「主砲発射ッ!」
頭上でメッくんの声が響く。
フォートレスパラディンの両舷から太い腕が伸び、左右の五指それぞれから青白い柱のようなビームが放たれた。
うち一発は槍兵1機を消し炭にし、残りの4機も突撃を足止めされる。
「キミが味方で本当に良かった! ぜっ!」
ザ・ルミナスを
続いてレバー入力と同時に
二体目の胸に横薙ぎの剣先をブチ当てて行動不能にした。
残る二体も、駆け付けたアイマーヴォルフたちの餌食になっている。
「どんどん進もう!」
「ボクが先行します。アレを何とかしなくちゃ……!」
空中のフォートレスパラディンが
都市部の中心に近づくにしたがって数多く屹立する塔の一部が、トゲのようなシルエットを徐々に変じつつある。
白塗りの表面が泡立ち、中ほどから球形の巨大レンズが浮かび上がった。
どこからどう見てもビームが出る部分である。
同時に、飛び回っていたドローンが文字通り蜂のごとく殺到してくる。
「対空射撃―ッ!」
メッくんが叫び、パラディンの主砲が
イベント会場のレーザー光線めいた動きで発振する極太ビームは、10本全てが独自に射角を変化させている。
あの
「もしかしてメッくん、“
「はいッ!」
「後でどんな感じか教えてね」
巨艦の右手がサムズアップ。
そして再び拡げられた指先に閃光が
「五本の指をトラッキングできるこの新型デバイスなら、フォートレスパラディンの主砲に死角は――ないッ!」
二度目の斉射でドローンの
直後、 “塔”から放たれた報復の
「五指、整列! 主砲、集束! 敵弾、相殺!」
艦首を包むビームの衝角が、真正面から押し寄せる光の波濤をかき分け突き進む。
上方、側面、艦底、あらゆる角度から
フォートレスパラディンの両腕が、真白い塔を鷲掴み親指をビーム
巨艦はやおら全体を震わせる。
船体の各部に亀裂が入り――いや、装甲が移動を始めている。
中ほどが伸びて地面側に折れ曲がった。
後部が二股に分かれ大地を踏みしめた。
ブリッジが展開し、巨人の頭部となった。
「
友の声が空に轟き、巨神の双眸が輝く。
塔を掴んだままの両腕は更に力を込め、白壁に亀裂をはしらせる。
「やっちまえ、メクサコくぅん!」
「
フォートレスパラディンが一度両腕を拡げ、塔に体当たりして組み付く!
みしり、みしりと耳に染み込む重低音の後――――粉砕!
サバ折りを
「突破口が開けた! みんな、一気に突っ込――何ィ!?」
周囲で連鎖する爆音、それと共に次々と擱座してゆくアイマーヴォルフたち。
何の前触れもなく頭がひしゃげ、胴体が割れ、削り潰されていく。
ひとりでに、どうして?
違う。こいつは。
「姿を見せろ!」
コントローラのスライドパッドを操作してザ・ルミナスの胸部装備を起動する。
前方へ照射された緑色の光線が触れた場所がワイヤーフレームで表示される。
こんなこともあろうかと、アバター仙人から使い方を習っておいた特殊ライトだ。
姿が消えるシェーダーを使っている外道だろうと、こいつで
「正体見たり!」
「ばぁぁぁぁぁれぇぇぇぇぇたぁぁぁぁかぁぁぁぁぁぁ(音割れ)!!!」
「毎度毎度うるせえよ」
シェーダーを切り替えて姿を現したそいつに向かって苦笑交じりに言い放ち、大剣を構える。
俺の目の前には、
パッと見のイメージは大きく異なるが、セントラルのフレームを使った巨大ロボットアバターだ。
「今日のために用意したぁぁぁ、ドリルX号“ブラックヘクス”でぇぇぇぇぇす!! 決着をつけましょうねぇぇぇぇ! ル・ミ・ナ・さぁぁぁぁぁぁん!!」
耳にこびりつくくらいに聴き慣れてしまった、ドリルばんちょうの大声。
いつかは頼もしさを覚えたその声に、いまはとてつもないプレッシャーを感じる。
コントローラを握る掌が、気がつけばじっとりと湿っていた。
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