25 The "Luminas"

 立っている者はサボテンしかいない荒野をひたすら歩くと酒場があった。


 扉を開く。

 店内にたむろしていた男たちがいっせいにこちらを見る。


「おい、あいつluminaルミナじゃねえか?」


 部屋の端でひそひそと話す声が聴こえた。

 気に留めることなくカウンターの粗末な椅子に腰を下ろせば、何も言っていないのに目の前に黄金色の液体が入ったジョッキが置かれ。


「こんな所へ来て良いのかい、おたく」


 このワールドの店主マスターと思しきひげ面の中年男性アバターに問われ、ルミナおれは少しわざとらしく金髪をかき上げる仕草をしてみせた。


「入室権限が“自由解放public”だったからね。来られて困る人がいるならinviteでワールドを作ればいいでしょ」

「……アンタを思いやって言ってんだぜ?」


 手に取ったジョッキを揺らしたり傾けたりして弄びつつ「へぇ、そうだったの」と首をかしげて続きを促す。


「他の“ランカー”はプライベートに篭って出て来やしねえ。仕留められれば高レベル、しかも――“敵勢力”のプレイヤーがノコノコやってきたらどうなると思う」


 無言でジョッキをカウンターに置き、腰に下げていた剣を手に取る。


 薄暗い店内で、月と星をモチーフにした装飾とそこから伸びる細い刀身が冷たく光る。

 いつかイベントで買った魔法の杖――それの柄を短く詰め、魔法剣に改変した。

 こいつが姫騎士ルミナの“今の”武器だ。


「これ、きのう完成したばかりなんだよ」


 呟いた瞬間、周囲のガンマン風アバターたちが色めき立つ。

 みな一様に腰のホルスターに手をかけているのに気づき、感心する。

 じつにノリの良い連中だ。ならず者のロールプレイが上手い。


 彼らに応えるべく、あらためてジョッキを手にとり一口あおる。



ビールだね。小便の方がマシだ……いや、おしっこ飲んだ事ないけど」



 ジョッキを置くと同時に、酒場のいたる所から撃鉄を起こす音が聴こえてきた。


「痛ェ目に遭いたいようだな!」

「“痛い”のはイヤだね。あれはけっこう辛いんだ」


 大げさな銃声SEを合図に、俺は左手に障壁バリアエフェクトを展開してその場で旋回。

 振り向きざまに振るった左のバリアが放たれた数発の弾丸をかき消し――背後からドサ、ガチャ、と音がする。

 一瞥すると銃を持ったバーテンダーが倒れていた。

 右の剣でのノールック斬撃は無事決まったらしい。


「せッ!」


 右コントローラのスライドパッドに指を滑らせ、素早くジャブを4発。

 ルミナアバターは剣で4撃の突きを繰り出し、刀身にまとわせた魔法エフェクトを弾丸のように飛ばした。


 先ほど銃撃してきたガンマンたちに連続ヘッドショットが決まる。

 だが、頬にひりつくような“気配”をまだ四方八方から感じる。


 いつの間にか横倒しにされバリケード代わりになっていたテーブルの向こうから、銃を持つ手だけが見えた。

 銃口が光るよりも早く、俺はコントローラのレバーを一気に倒しつつ自室の壁から壁まで真横にステップ。

 扉をふさいでいた男の顔にビールジョッキをぶつけて脇をすり抜け、酒場から飛び出した。



 薄暗い屋内から日差し照り付ける黄土色の荒野へ出たのもつかの間、周囲にヌッと影が落ちる。

 見上げれば、身の丈30メートルの――俺にとって――巨人がこちらを見下ろしていた。


 全身をサボテンの親玉みたいな緑色に塗られた“セントラル”だ。

 PvP対人戦イベント“ウォーズ”開催の告知と同時にデータショップで販売され始めた量産型。

 出どころは当然、メカ坑道の奥にある“MARYSメアリス秘密兵器販売所”である。



「ちょうどステータス振りが終わったところでなあ! の試し斬りをさせてもらうぜえー!」


 腕のバインダーから抜かれた剣がギラリと光り、側頭部の赤いサーチレーザーがルミナおれの足元を嘗め回す。


 俺は今までの相棒じぶんに似たアバターを見上げ、自分でも意外なほど落ち着いた気分でコンソールを操作し始めた。



「奇遇だね。俺もそうしたいと思ってたんだよ」





 ――“姫騎士ルミナ”からアバターを変更。データロード、開始。





 データの展開が完了し、視点が切り替わる。

 さっきまで見上げていた緑のセントラルに、同じ高さで目を合わせる。


 白いロンググローブをはめていたたおやかな少女の指先は、武骨な機械五指マニュピレーターに変わっている。


 視線を巡らせ、自分の腕や脚、胸元を確認チェック

 ルミナのドレスと色を合わせた青地に金の縁取りが入った装甲に、スカイブルーの半透明素材マテリアルで構成されたV字型の装甲が重なっている。ねらい通りの見た目に仕上がっていて一安心だ。


 肩に担いでいた武器を手に取る。身の丈ほどある大剣だ。

 銀の刀身をにかざす。

 見慣れた、見慣れたデザインの”。



 ――数日前まで俺が背負っていた“相棒つるぎ”と同じカタチをしている。



 空中庭園での決別の後、セイバー夫人から送られてきたモデルデータは彼女自身の“身体アバター”だった。

 伝説のゲームクリエイターと呼ばれたMARYSメアリス業物さくひんを、俺はポリゴンの頂点ひとつひとつに至るまで観察し尽くした。


 剣に隠されていたクリスタル状のオブジェクトを利用してセントラルの性能を高めるプラスパーツを作った。

 ただのコピー&ペーストじゃない。


 モデルに込められたテクニックと情熱のエッセンスを俺自身の中に取り込んで、あの人への返答こたえにするつもりで全力を注いだのだ。




「これが俺の、――――“セントラル・ザ・ルミナス”だ!」




「しゃらくせえ!」


 怒声と共に、緑のセントラルが胸部ビームカノンを連射してくる。

 俺は左コントローラのスライドパッドに指を滑らせ、ルミナスじぶん頭胸部センターに搭載した機構を発動させた。


 胸に輝くV字型の透明クリスタル装甲から光の壁が展開、ビームを全て受け止める!


 向こうはすぐさま追撃のミサイルを発射。

 それに応じ、今度はコントローラのレバーを一気に倒す。


 視界がものすごい速さで横に流れ、頬に叩きつけるような風を感じるファントムセンス


 続けてレバーをジグザグに連続入力。

 そのたびに風はまったく別方向からやってきて、視界の端ではザ・ルミナスの背から伸びる八本のテンタクル・スタビライザーが揺れている。


 変則的な高速機動で相手の側面をとり、左腕を前方へ突き出す。


「今度は俺の番だな!」


 円盤状のコンデンサーユニットから伸びる八角形の筒先が光弾ビームを発射。

 剣をマウントしていた盾の代わりに、エネルギーランチャーを左前腕に装備したのだ。

 トリガーを浅く引き、威力を抑えた弾丸を敵の足回りにばらまいて牽制する。


「よし……思った通りに動作してる」


 セイバー夫人に乗り込む形式をとっていたセントラルと違い、ザ・ルミナスは完全に俺だけで身にまとう巨大ロボットアバターだ。

 だから俺が扱いやすいバランスを徹底的に追及した。

 つまり、姫騎士ルミナと似たような構成でアバターをセットアップしてある。


 左腕と胸部に魔法エフェクト代わりのエネルギー兵器。右手は大剣を持つから、右の前腕にはシンプルな打突衝角ハンマーをとりつけた。



「素早く動いて! 一気に! こいつが俺のやりスタイルだぜ!」



 左手のレバーを倒しながら右腕を振りかぶる。

 足止めした敵、緑のセントラルに向かって一気に踏み込み上段から大剣を打ち下ろす!



 強烈な金属音が荒野に響き渡った。



 緑のセントラルが剣を交差させ、ザ・ルミナスの一撃を受け止めていた。

 更に抜け目なく、胸のビームを拡散モードで発射してくる。


 俺もザ・ルミナスの胸部からバリアを発生させつつ飛び退いて間合いをとった。



「やっぱな、セントラルは」



 何ともいえない誇らしさに胸の底をくすぐられながら、俺は体を半身はんみにして剣を後方へ寝かせた。“脇構え”の姿勢である。



「だけど――超える。かならず、超えてみせますよ」



 柄頭つかがしらに左手を添え、コントローラのスライドパッドを操作する。


 剣の鍔に嵌められたオーブが輝きを増す。

 左掌がまとったエネルギーの塊がつかを介して大剣へと流れ込んでいるのだ。



「めかばにあちゃん直伝!」



 剣にエネルギーが満ち、刀身が星の光をたたえたようにフォースフィールドをまとう。


 ザ・ルミナスが孕むパワーの余波で地面が隆起し始める。

 飛んできたミサイルは機体おれに当たる前にすべて爆発した。


 大地を蹴る。

 黄土色の大地に巨大な溝を刻みながら、迎撃のビームやミサイルをものともせず突撃。


 必殺の一撃を! 真正面から叩き込んだ!



 緑のセントラルは先程と同じく両剣クロスでザ・ルミナスの太刀を受け止める。

 だがフォースフィールドにより見かけ以上の質量パワーを得た俺の剣は、セントラルの青龍刀を圧し斬ることが――――



「できるんだァッ!」




 両断ざん!と大きな音がして、緑の巨体は頭頂部から股下にかけ真っ二つ。


 斬撃の勢いそのままに横を通り抜けたら素早くターン、再び剣を正眼に構え。



 残心の構えをとる青い装甲に、爆発の橙が照り返した。

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