29 Trusted Friend
合わせて八体に分身したセントラルたちが、両手に持った青龍刀を風車のように高速回転させる。
巨大な昆虫の羽音に似た騒音と共に、受けることもいなすことも難しい旋風剣が八方から迫る!
俺は大剣を正眼に構え、包囲の一点を突破すべく踏み込んだ。
前方のセントラルに切っ先が達する――分身騎士は煙のように掻き消えた!
直後、後方と左側方に殺気。振り向いたザ・ルミナスに、舞うような動きの回し蹴りと斬撃が続け様に襲い掛かる。
全身の装甲が少しずつ削られ、何度目かの攻撃で左肩と右脚の外装が吹っ飛んだ。
不意にセントラルの姿が下方へ沈む。
逆立ちの態勢になった白い巨体が、全身のバネを使って天地逆転ドロップキック!
俺は真上へ蹴り飛ばされる。
ああ、これは“空中コンボ”だ、格闘ゲームの――そう理解した俺の視界に怒濤の剣撃乱舞が浴びせられ、トドメの衝撃波で地面に叩きつけられた。
「64×2段HIT、いかがだったかしら?」
ミラー分身を解き悠々と着地した夫人の声がヘッドホンに響く。
あれだけ激しい動きをしておいて、息が乱れた様子はまったくない。
それもそうだ。
夫人が操るセントラルの動きは、ショートカットキーに割り当てたアクションを瞬時につなげたものだ。
複雑なキー入力をこなすテクニックさえあれば、体力を使う大技の連発も、人間にはできない無茶なアクロバットもできてしまう。
「全身がジンジンしますけどね……まだ立ってられますよ」
こちとら当たれば本当に痛みを感じるんだ。
死に物狂いで身を守ったから、致命傷は避けつつ相手の攻撃を受けることができている。
経験もテクニックも桁違いなセイバー夫人に対して俺がアドバンテージをとれる数少ない要素がこれだ。
すなわち、体力。
手先のみといえどもあれだけの連打操作はやり続けられるものではない。
「それなら俺のターンってことでしょ!」
ドリルばんちょうにやったのと同じように、不意を突いてアンダースローで大剣を投げる。
同時に全速突撃!
「分かりやすい奇襲だこと」
対する夫人は余裕の迎撃態勢。
剣の速度も、側方へ回り込むザ・ルミナス本体の軌道も完全に見切っているご様子!
「ファントムセンス・プラァァァァァス!」
俺は雄叫びをあげて右コントローラのトリガーを引き、腕を思い切り振り抜いた。
すると、宙を飛んでいた大剣は右腕の動きと同期して真横に動く!
本物の不意打ちで横殴りにされ、セントラルの左腕装甲と剣が白い破片となって砕けた。
それでも、夫人はまったく怯むことなくこちらへ向かってくる。
こちらの
「アイテム・リスポーン!」
俺は急いでコンソールを操作し、大剣をザ・ルミナスの手へと呼び戻す。
寸でのところで間に合った剣と青龍刀とが交錯し、重い金属同士がぶつかる音を響かせた。
「ファントムセンス・プラスですって?」
「へへ……アヴィークを倒した時の“アレ”にあやかっただけですよ。マジで念力が使えるなんて、さすがに思ってません」
「そうでしょうとも。素晴らしいギミックをお作りになったわね」
涼やかな口調で俺を褒めながら、夫人のセントラルは紅い眼光鋭く鍔迫り合いを続ける。
焦れたように刃を押し込んだのはほぼ同時だった。
たがいに反発する剣圧を利用して間合いをとる。
「――――次で決めませんか」
「良くってよ」
応ずる夫人の声を聴き、俺は
思う存分
夫人のセントラルも、同じく八相の構えをとった。
ふと思う。
――――俺、いま何やってんだろうなコレ……と。
こんなにも張り詰めて、痛くて、必死で、泣きそうなくらいワクワクしてる。
何のためにこんなことやってるんだろう。
どうしてこんなことになったんだろう。
この
姫騎士ルミナの走馬燈。
ああ、そうか。
――――俺はいま、全力でゲームをやっているんだ。
暇つぶしじゃない、逃避じゃない、穴埋めじゃない。
きっと、何かの為じゃない。
俺はゲームをやりたいんだ。
“
「やああああぁァァァァァっ!」
こみ上げてきた気持ちのままに、真っ向から剣を打ち込む。
セイバー夫人もそれに応え、
「パワー負け――!?」
もしかしたら初めて聞いたかもしれない、夫人のうろたえる声。
次の瞬間には、ザ・ルミナスの打ち込みがセントラルの青龍刀を圧し切っていた。
周囲の建造物に亀裂が入るほどの衝撃で、セントラルは後方へ吹き飛ばされる。
そして、俺はセイバー夫人の抜け目なさを思い知った。
「
セントラルが飛ばされた先には、彼女が最初に手放した最強兵器“オメガバスターキャノン”が健在なまま残されていた。
俺もいちど使う機会があったあの武器は、凄まじいエネルギーを単独で充填できるよう
放置されていた時間を考えれば、既にフルチャージ状態――トリガーを引くだけでワールド全体を消し飛ばせるだけの破壊力が解放されるだろう。
「それではごきげんよう、ルミナさん」
私の勝ちね、と言い残しバスターキャノンを持ったセントラルが何処かへと消える。
狙撃ポイントを渡り歩くためのファストトラベル・ポータルを使ったのだ。
間もなく、セイバー夫人の大技が来る。
――待ちに待った瞬間が来る!
右手をコントローラから離し、手首を通したストラップでぶら下げる。
この日の為に用意しておいたワイヤレスキーボードを素早く叩き、
――アクティブなアプリケーションを
――表示されているアバターのエディット画面で“アップロード”を押下。
――“上書きしますか?”の問いにイエスを選択。
「アップロード完了! 続いて禁断の
宙吊りにされグルグル回るコントローラに精神を集中――
苦楽を共にしたVRデバイスのコントローラは南南西を指し示した!
コントローラを手に引き寄せ、大剣の切っ先を彼方へ向けて視線で射貫く。
時を同じくして視線の先から太陽光のような光の波濤が押し寄せてきた!
「今だッ! アバター・リロード!!」
コンソールを操作する。
ザ・ルミナスの機体が青い光へと変わる。
ロード中を示す球状から、紫電ほとばしる光の
こいつが俺の切り札!
予め用意しておいたアバターデータでザ・ルミナスのアバターIDを上書きする、一度切りしか使えない
アタック・パラメータだけにすべての
「いくぜェェェェェ! 超必殺! “サンダーフェニックス”ッッッ!!」
こいつは出現したら最後、ひたすら前へスッ飛んでいくだけだ。
ジェットコースターみたいに流れていく周囲の風景。
目の前に拡がり覆い尽くす、オメガバスターの白い光。
「切り裂くぜェ、フェニックス!」
かき分ける。
かき分ける。
かき分ける。
その先にいた白い騎士を――――貫いて。
それでも止まらない
*
身動きがとれなくなった決戦フィールドを
激闘の余韻だか疲労でボーっとする頭でコンソールを操作。
ワールド移動用のポータルを開いてくぐる。
やってきたのは思い出の場所。
所々にメカディテールが配された坑道。
初期位置にあるトロッコに乗り坑道を抜ける。
終点の壁を駆け上がって、崖の上でリスポーン。
同じ道程を10回繰り返し。
最後に登った崖の上に、一振りの
「来てくれると思ってたわ」
剣の鍔に嵌まったオーブが優しく明滅し、穏やかな夫人の声が響く。
「はい、来ました」
「あんな奥の手を仕込んでいたなんてね」
「がんばりました」
「素晴らしかったわ。今回は
ぱちぱちぱち。
マイクの向こうから、くぐもった拍手の音がする。
俺は鼻をすする音が彼女に聴こえないように、
ここは格好をつけておくべきだと思った。
「ねえ、ルミナさん――――楽しかった?」
その問いに、迷わずコントローラのスライドパッドに指を滑らせ、アバターを満面の笑顔にして。
「楽しかったです――――セイバー夫人」
HMDをかぶった自分自身も心から微笑んで。
俺は再び、この世にただ一振りの“最強の剣”を手に取った――――
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