17 化粧、あるいは、魔法
全画面表示のスクリーンが、4つの
左右と底は細長い長方形で英語表記の文字列が連なる。
もっとも大きくスペースをとった中央のウィンドウにはボンヤリとした薄茶と水色のグラデーションで天地が描かれ、 “姫騎士ルミナ”が直立して両腕を左右に広げたTポーズでぽつねんと立っている。
これがゲーム製作エンジン“
lumina:メッくん、シェーダーどれに変えるの?
mekusako:オススメしてもらったトゥーンシェーダーにしようと思います。
別モニターでは、いつものチャットソフトを同時に起動している。
ゲームやモデリングの腕ではすっかり俺を追い抜いた感のあるメッくんだが、3DCGを扱うアバター製作は覚えることが多い。
でもって、どシロウトでもわかりやすいチュートリアルやハウトゥが
なので俺も超ベテラン(と言うかプロ)の夫人に教わるし、俺にアドバイスできることはメッくんに伝えている。
mekusako:今晩は新しい見た目でログインできそうですー
lumina:ガンバッテネ!
メッくんにレスポンスを返しつつ、俺も自分の作業を続ける。
作業内容はちょうど彼と同じく“シェーダー”の調整だ。
“シェーダー”とは――俺も分かってるようでよく分かってないんだが――モノの見え方をプログラムしたデータのことだ。
どんな色に見えるのか、光はどう反射してどんな影ができるのか、透き通っているのかいないのか――3Dモデルの見た目はシェーダーによって決まる。
自作するならプログラムを書く必要があるんだけど、
そして、シェーダーは
シェーディングはアバターやアイテムの“
ゲーム上の大まかな能力は
たとえばVnity(ヴニティ)の
だから俺みたいにアクションやバトルをよくやるプレイヤーは、見た目だけじゃなくて“使い勝手”にも気を配る。
いまの定石はイラスト風の見た目になる“トゥーン系シェーダー”を使うことだ。
“
各ワールドの環境が一定していない
「ここに色テクスチャ。で、これが……ああ、透過情報用のマスクかこれ」
シェーダーの各項目にテクスチャ画像を
設定作業が進むにつれ、データショップで買ったばかりの
数十分間にわたりシェーダーと格闘のすえ完成したデータをアップロードしてすぐ、俺はいそいそとトラッカーを身につけ
*
「だからさ、再挑戦する前にアバターをベストな状態に仕上げようと思ってね。いま色々と見直してるところなの」
「なるほどです。ルミナさん、いつになく張り切ってますね」
「うん。自分でもそう思う……ということで今日はプールに来てみたぞ!」
海沿いの豪華ホテルに併設されたプールは、ワールドの入室権限も
現実にこんなことやろうとしたらどれだけ金がかかるのか想像もできないが、
「なるほどです。理屈はぜんぜんわかりません」
「理屈はとおりまァす! つまり、私たちは新しい水着を着たかった! そういうことなのでェェェす!」
星条旗柄のきわどいビキニ姿をしたドリルばんちょうが左腕のドリルを突き上げる。
やたらでかい乳房が上下に揺れ、俺もその動きに合わせてうなずいた。
「水中での活動データもとれるしね」
「うーん、うーん……はい、わかりました」
「メッくんは、俺たちの水着姿みるのイヤ?」
ズイと踏み込んでバケツちゃんに近づき身を屈める。
フリルやリボンみたいな装飾はついていないシンプルなシルエットだが、縁取りに透過テクスチャを利用した透かし模様を入れてある。
青い着衣部分のところどころに肌色がのぞく、清楚かつセクシーな逸品だ。
「それはイヤじゃない、ですけどぉ」
「じゃあ良いよねぇ?」
バケツちゃんをもうひと弄りしようというところで、プールから水音がした。
浮上した人影は全身ラバー。バケツラバー氏だ。
なんだかんだで最近はいつものメンバーになっている。
いでたちは普段と同じ――ではない。ラバーマスクの口部分についた呼吸パイプはシュノーケルになっているし、ラバースーツの表面もヌルテカ状態から鮫肌っぽい質感に変えてある。
「うむ、テクスチャを差し替えてみたが上々だな。水の抵抗が少なく動きやすい」
「イイっすね。俺も水の中入ろーっと。しかし、ここの水面すごいキレイだな」
「新しく配布されたシェーダーを使っていますねェ! SNSで話題になっていましたよォ!」
助走をつけてプールサイドからジャンプ、着水すると水しぶきがあがる。
ここのワールドは本当に水の表現にこだわっている。このテのプールは水面だけにそれらしい半透明な板を置いていたりするものなんだが。
いったんしゃがんで水の中に頭まで入ってから立ち上がる。
ちょうど隣でもドリルばんちょうが「ヒュー!」と高揚した感じで口笛を吹いた。
「うわぁ!? ちょっ、ルミナさん!」
プールサイドの
何をそんなに慌てて――
「透けっ、水着が! 透けてますよっっっ!?」
「なにっ」
「おぉぉ、私もですねェ!」
自分とドリルばんちょうとを見比べる。
メッくんの言葉通り、プールの中に入った水着が透明になって“中身”が丸見えになってしまっていた。
「こりゃ参ったなぁ」
「水着のシェーダーが水のシェーダーと相性がよろしくないようですねェェェ!」
こういう不具合、というか不都合は時々あるんだ。
いずれも「動くこと、それだけが条件だ」と言わんばかりの自由度なので、ワールドの仕様とアバターの仕様に齟齬があって正常に動作しないことは珍しくない。
「あとで報告して情報共有しておきまぁす!」
「二人とも、ちょっとは胸のあたり隠すとかしてくださいよ! 見た目は女の人なんだから仁王立ちのまま会話しないでー!」
「いやあ、プライベートなワールドで良かったね」
メッくんの言葉を受け流し、プールに入ったまま話を続ける。
彼を無視しているわけじゃない。
むしろ彼をまだまだ初心者と認識しているからこそ、こうして乳を放り出したまま会話しているのだ。
メッくんには少しでも多くバーチャル世界での“価値観”を体験してもらい、正しく道を踏み外してもらおうと考えているのさ――
「駄目だッ、この人たちッ! はやく僕で隠さなきゃ!!」
メッくんの使用アバターが切り替わる。
もしやあのヌラテカとうごめく触手で俺たちをホクサイする気か?
と思ったら、タコの口からすごい勢いで“エフェクト”が吐き出された!
ヒョットコみたいなムカつく感じの顔文字が無数に飛び出す
重力の影響をうけるパーティクルらしい。
タコの口から出てきたヒョットコ顔はどんどんプールへと流れ込み、一瞬であたりを埋め尽くした。
「オアァァァ! いまちょっと
「良いクソアバターを作ったね、メクサコ君。クソアバターは紳士のたしなみ。わかってくれて私もうれしいよ」
「前々から思ってたけど、アンタの居るコミュニティちょっとおかしくね!?」
優雅な佇まいでヒョットコの海を泳ぐバケツラバー氏が、不意に「おや」とコンソールを操作し始めた。
「ふむ。珍しいフレンドから
「もしかしてイチ抜けするつもりッスか? フレに呼ばれたー、って」
「いやいや、招待は本当だよ――そうだ、私が移動した先で君たちを招待しよう。ぜひとも君たちを“彼”と引き合わせてみたくなってきた」
「彼?」
ヒョットコから辛うじて頭を出した俺が首をかしげると、バケツラバー氏はうなずきつつ人差し指を顔の横に立ててみせ。
「人呼んで“アバター仙人”。私の古い友人でね」
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