14 限りなき試合

 “バトルウンコ”とはウンコでやるドッジボールのようなゲームである。


 ルールは簡単。ウンコをぶつけ合って相手チーム全員のHPをゼロにした方の勝ち。

 ゴリラのアバターでプレイすると臨場感バツグンだ。


 俺たちは今宵もバトルウンコで遊べるワールドに集まっていた(*連続7日目)。

 ポップでビビッドなデザインの巻きウンコ建造物がひしめくテーマパーク。

 特設コートに思い思いのカスタマイズをしたゴリラアバターが馴染むこと馴染むこと。


「次は負けねーぞ」

「返り討ちにしてさしあげまァァァす!」


 俺こと金色の冠をつけたゴリラは、相手コートに立つ片腕ドリルのゴリラを睨んだまま自陣コート中央に設置されたケツ型ジェネレーターを叩いた。

 シュポーンという景気のいい音とともにウンコが真上へ打ち出される。


 落ちてきたウンコをキャッチしたゴリラおれは、チームメイトのゴリラ二人に目配せしてうなずき合った。


「ライフチャージ3回、フリースタイル、ノーオプションデスマッチバトル!」


 審判役のセイバー夫人が宣言し、対峙した3対3のゴリラは身構える。


試合開始コンバット!」


 合図と同時にゴリラおれとドリルゴリラが同時にウンコを投げる。

 正面衝突したウンコがコートの中央ラインで弾けて消えた。


 フリースタイル・ルールではそれぞれの陣地にあるジェネレーターから無制限にウンコを生成して良いことになっている。

 攻撃は最大の防御、だ。

 敵のウンコを防御するにはこちらもウンコをぶつけるのが最善なのだ。


「ウホウホッホ!」


 全身ラバーずくめの仲間ゴリラがゴリラ言葉で合図してくる。

 何を言っているかぜんぜんわからないが、ジェネレーターから新しいウンコを次々と生成してこちらへ渡してきたのでは分かった。


 もう一人のリボンつきメスゴリラと共に足元のウンコを手当たり次第に掴んでアンダースローで投げつける! ウンコ弾幕だ!


 敵陣ではバケツカブトを頭にのせたゴリラが悠然とウンコを振りかぶって、投げた。

 ウンコはジグザグの軌道を描き、周囲のウンコを撃墜していく!


……“イナズマ投げ”! バケツゴリラくんはついにあの秘技をマスターしたのか!」


 俺たちは他のコミュニティとも情報交換しながらバトルウンコをやりこんでいる。

 プレイの立ち回りだけでなく、変化ウンコのようなウンコ投げテクニックをも編み出していた。


 弾幕の切れ目をねらいバケツゴリラの次弾が飛んでくる。

 まっすぐ俺を狙ったウンコをキャッチしようと身構える。


「ぐえー!」

「なにっ」


 ウンコは俺の目の前で急にカーブをかけ、隣のリボンゴリラの側頭にクリーンヒットした。

 奇襲にひるんだ一瞬の隙に、追撃の二連ウンコがリボンゴリラに直撃!


 3回ウンコに当たったゴリラはコートから除外される。

 開幕早々、2対3になってしまった。


「HAHAHA! 今回も私たちの勝ちですかねェェェ!」

「勝負はこれからだぜ」


 俺はアンダースローの構えから、アッパーカットの要領で腕を振りぬいてウンコをリリース!

 ウンコは敵チームのはるか頭上へ飛んでいく。


「おや、大暴投ですねェ! 墓穴!」

「だめですよ、ドリルゴリラ! 早く真上へ防御用の弾幕を――ま、間に合わないッ!」


 空高く舞い上がったウンコがひとりでに炸裂!

 ダメージ判定を持つ無数の小ウンコ弾が敵コートに降り注いだ!


「んんんん~!! 2回当たった!」

「おのれェェェ! 受けなさい秘技“殺戮スクリュー”!」


 ドリルゴリラが左腕のドリルをウンコに突き刺して回転させる。

 強烈なスピンをかけたウンコが通常の数倍の速度で俺に向かって飛んできた!


「ウホホ!(あぶない)」


 とっさに俺の前へ躍り出たゴリラバーが殺戮スクリューウンコを受け止める。

 だがゴリラバーの巨体を盾にしてもスクリューウンコの勢いはおさまらず、後ろの俺もろとも吹っ飛ばされてダメージを受けてしまった。


「くそ! なんてショットだ」

「バトルウンコの世界は日進月歩でぇす! 常に新たな必殺技が編み出されているのですよ! それではァ、これから本日できたばかりの新技を披露いたしまァァァァァす!」


 ドリルゴリラたち三人はウンコジェネレーターを中心に寄り集まり、生成されたウンコを仲間同士でパスし始めた。

 パスされるウンコの速度はどんどん早くなっていく。


「なるほど、慣性が蓄積チャージされているのね」


 審判役としてセンターライン横に突き立っているセイバー夫人は、高速パス回しのからくりに気付いたらしい。


「慣性チャージ?」

「投げたオブジェクトをすぐにキャッチすることで、飛んでいくはずだった物理エネルギーがそのままになってしまっているの。ああして同じ操作を繰り返せば、その分だけエネルギーが溜まっていくでしょうね。おそらくゲームプログラムのバグを利用した技よ」


「つまりショット数十発分の速度とパワーがまとめてくるってことか。目視じゃ避けられそうにないな。ラバー氏、ウンコかまえてガードするぞ!」

「ウッホ!」


「そんなもので防げるわけがないでしょぉぉぉ! “4096ファントム・オン・サンダー”!!」


 視認不可能の速度でウンコが自陣に着弾!

 発生したウンコ衝撃波は俺たちにダメージを与え真上へ吹っ飛ばした。


 地面に落ちた俺たちが体勢を立て直す間に、ドリルゴリラチームはもういちど魔ウンコの準備を開始している。


 あのショットに対抗する技を閃かなくては勝ち目がない。

 考えろ、考えるんだルミナ――いや、いまの俺はゴリラだ。


 こんなとき、


 ウンコを投げるゴリラの気持ちになりきって、原始の炎を心に灯せ――――



「一か八か、やってやるぜ!」


 俺はスライドパッドを操作してアバターに仕込んでおいた魔法エフェクトを発動。

 出現した半透明の立方体キューブが両手の間で淡い光を放つ。


 魔法マジックキューブを自陣ジェネレーター――ウンコの出現スポーン位置に重ねる。


「ゴリラバー氏、全力でウンコを出しまくってくれ!」

「ウホ!?(なんだって)」

「バトルウンコの基本は、。だからだ。この魔法マジックキューブには“当たり判定コライダー”がついている。出したウンコをこのキューブの中に閉じ込めて、圧縮したウンコの塊を敵にぶつけるッ!」



 俺の合図に応え、ラバーゴリラはケツ型ジェネレーターを連続スパンキング。

 シュポポポポポポポポと音が重なり、ゴリラおれの手の中にウンコが高濃度に圧縮される。



「愛と勇気と希望の名のもとに悪しき空間を断つ――名付けて“メテオキャノンスクエア”! 真っ向勝負だぜ、ドリルゴリラ!」

「やってやりまぁす! いま私は、猛烈モーレツに熱血しているゥゥゥゥゥゥゥ!」



 特濃ウンコキューブとメガビームウンコがセンターラインで激突!


 物理エネルギーが凄まじい衝撃波を吐き出し余剰エネルギーが俺たちをコート際まで吹っ飛ばす。

 その時キューブに込められたウンコも大爆裂、鉄砲水のように正面へ轟いたウンコが敵コートを飲み込んだ!



 ウンコ奔流が過ぎ去って、敵陣には――ひとりのゴリラが立っている!


 最後に残ったドリルゴリラがウンコを投げる。

 敵方渾身の投擲は、体勢を立て直したばかりのゴリラバー氏に致命打をあたえた。


 コートから消える味方を背に、俺はジェネレーターから出したウンコをひったくって全速前進ダッシュ。センターラインで踏み切りジャンプ!


 一気にドリルゴリラの目の前まで距離をつめ、体当たり同然のジャンプショットを命中させた。



 *



「ゲームセット。素晴らしい試合だったわ。録画しておけばよかったかしら」


 健闘を称えるセイバー夫人。マイクの向こうから拍手の音が聴こえてくる。


 拍手の数がもう一つ重なったことに気付いたとき、ウンコビルの陰から誰かが現れた。



「本当に素晴らしいね。これだけ全力で遊んでくれるのは開発者冥利につきる」



 糸目の女神――The Universユニバース運営開発チームのユピトさんがアトラクションギミックのウンコ列車トレインに乗っていた。


 列車からひらりと飛び降りた女神を、フレンドたちは驚いて取り囲む。


「どうしてあのjupitさんがこんなところに!?」

「ときどきこうしてフレンドをたどって“散歩”をしているのさ」

「んん、じゃあこの中の誰かがフレンドだったのか」


 そう言ってうなずく女神は俺の方を向いている。

 皆の視線が俺に集まってしまったので素直に名乗り出ることにした。


「俺、この前フレンドになったんだ」

「あら、ルミナさん。そうだったの?」

「……ああ、そう。そうだったんですよMrs.セイバー。散歩のルートはその日ホットなワールドと熱いホットなプレイヤー、ですからね」


 ううっ、持ち上げられ過ぎてむず痒い。

 やっぱり、こんなの一対一でやられ続けた日にはぜったい抱かれると思う。


「――そうだ。ここに集まっている皆さんは実力派プレイヤーばかりだ。予定より数時間ほどフライングではあるが告知をさせてもらおうかな」


 ユピトさんが胸の前で両手を何度かスライドさせる。

 コンソールを操作するときの動きだ。


 ほどなく俺たちの目の前にThe Univers公式の告知画像が表示された。


「来週からThe Univers初の公式エネミー討伐PvEイベントを開催する予定でね。特設ワールドのボスエネミーを倒すと莫大な経験値が得られるんだ」

「すごい! オンラインゲームみたいですね!」


 メッくんが口走った問題発言もハハハと受け流し、女神は続ける。


「それと同時にタイムアタックのランキング上位者には更なるボーナスも予定しているから、腕に覚えのあるプレイヤーは更に張り切っていただきたい。」


「よぉぉぉし! 私はなんとしても上位ランクインを目指しますよぉ!」

「参加者の戦いは動画サイトで観戦できるのかあ。じゃあさ、うまい人のプレイやアバターも参考にできそう!」

「んんんん、盛り上がってきた」

「全バ連もいっそうバケツアバターの生産に力を入れなくてはな」


「うふふ、楽しみねルミナさん」


「ええ、楽しみにしていてください。きっと退。我々運営も、かなり力を入れて調整していますから――」


 女神かいはつしゃjupitは夫人に微笑む。



 柔和なその笑顔は、どことなく不敵な感じがした。

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