06 ときには欲望にしたがって

 バイトから帰ってきて一息つく。

 学科の友人同士でつくったSNSのトークグループを斜め読みして既読サインをつけたら、服を脱いで洗濯カゴへ。一人暮らしだからといってパンツ一丁で過ごすのは我ながらどうかと思うので、首回りがダルダルにのびきった部屋着のTシャツを着る。

 気分を切り替えようと洗面台で顔を洗う。鏡に映った自分と目が合うが、別に自分の顔を眺めていたって楽しくもなんともない。


 モノをほとんど置かないようにしているワンルーム。壁際のPCを起動しつつ、腰と足にベルトを巻く。ベルトにはお椀をつぶしたような形の装置――“トラッカー”を結束バンドで固定してある。

 TVのリモコンくらいの大きさをしたコントローラを両手に持ち、PCに接続したHMDゴーグルをかぶってスリープを解除する。




 ――The Universe――



 ――Login as “lumina”――



 一瞬の暗転の後、目の前に “自室home”が広がる。

 所々に金の装飾をあしらった中世ヨーロッパ風の内装。大きな窓からは明るい陽射しがさしこみ、どこからか小鳥の鳴き声が聴こえてくる。

 「ファンタジーなお姫さまの部屋」をイメージしてつくりあげたお気に入りの一室だ。


 ログインしてすぐ、俺は直立不動のまま両腕を左右に広げ全身で“T”の姿勢をとる。

 両手に持ったコントローラのトリガーを同時に引く。



 ――Calibration OK――



 視界の端にメッセージがポップアップしたのを確認して、“Tポーズ”――HMDとコントローラ、それと腰と足にとりつけたトラッカーの位置を機械に正しく認識させるための姿勢――をやめた。


 次にコントローラのレバーをたおして姿見の前へ移動する。


 鏡に映るのはすごい美少女――俺の愛用アバター“姫騎士ルミナ”。


 年頃は10代後半、少し幼さが残る顔立ちだがあおい瞳は凛としている。

 首をかしげるとウェーブのかかった金髪がふわりと揺れ、足を内股にしつつポーズをとれば青いバラを逆さまにしたようなミニスカートがふわりとひるがえり。

 同時に肩や頭の鎧っぽい装飾パーツがキラキラと輝く。


 さっきやった“キャリブレーション”によって、VR機器デバイスを身に着けた俺の動きはアバターに完全に反映されている。


「よしっ」


 コントローラのスライドパッドを操作。腕から魔法陣エフェクトを出して更に決めポーズ。鏡に向かってウィンク。


 か……かわいい。何度見ても飽きないし、いつまでも見ていられる。


 身支度を整えた俺は振り返り、コントローラのボタンを押す。

 手元に浮かび上がったコンソールにかざす手はイカツいコントローラを握る男の手ではなく、たおやかな女の子の指先だ。


「待ち合わせ時間ギリギリだな」


 フレンド一覧を呼び出して、メッくんに招待inviteを送信する。

 おそらく律儀に待機していたのだろう。すぐにメッくんが入室joinしてきた。


「お邪魔します、ルミナさん!」


 いつもより弾んだメッくんの声。

 そこには、小さな女の子がちょこんと立っていた。


 褐色の肌に濃い灰色のボブカット。前髪は鼻の少し上あたりで揃えられ両目を隠している。

 鈍色に真鍮色のラインが入った西洋甲冑をドレスのような形にアレンジしていて、渋い色合いだけどかわいい。


 この短期間でよく作れるな、と本気で感心する。

 自分だけのアバターを用意するのにはそれなりに手間がかかるのだ。


 まず、何はなくとも必要なのが3Dモデル。

Slenderスレンダー」などのモデリングソフトでモデルを加工――あるいは一から自作フルスクラッチ――するか、データショップで素材データを調達する。

 その3Dモデルを今度は「Vnityヴニティ」というゲーム製作エンジンでアバターとして使えるようセットアップし、ゲームへアップロードする。


 下手すればThe Universe本編をプレイしている時間よりもモデリングソフトやゲームエンジンを起動している時間の方が長くなるほどである。


 この前まで汎用デフォアバターだった彼が、今ではここまで自然な動きまでして――と、うん? 自然に動いてる?


「おおお、VRモードになってるじゃん!」

「へへへ! 実はきのう“EMOTEエモート”買ったんですよ!」


 EMOTEエモートとは、PCに接続して使うHMDゴーグルとコントローラが一式になったVRデバイスだ。

 VRデバイスは他のメーカーのものもあるが、The Universeユニバースは主にEMOTEエモートを使って操作することを前提にしているので多くのプレイヤーはこれを選ぶ。


「もしかして初のVRログインだったりする?」


 メカクレ女の子の口元が笑顔になって、うなずく。

 見た目に似合ったかわいらしい仕草だ。


 EMOTEエモートの標準セットには腰と足に装着するトラッカーは付属していないので全身の動きを反映することはできないものの、頭と両腕が動くだけで一気に“生きてる感じ“になる。


 ルミナおれは右手を伸ばし、メッくんの頭をなでた。

 VRデバイスには触覚のフィードバックはないので現実ではパントマイムのような動作をしているわけだが、ゲームの中では間違いなく姫騎士ルミナがメカクレ女の子に触れているのだ。


「うわぁ、なんか変な感じ……本当になでられてるみたい……」

「本当になでてるんだよー」


 ひとしきりメカクレちゃんをなでまわしていると、俺はあることに気付いた。



「このスカート、もしかして“バケツヘルム”?」



「やった、気づいてもらえた! この“バケツちゃん”、全身バケツヘルムの“改変”なんですよ」


 メッくん――バケツちゃんがぴょんと跳ねる。


 言われてから改めてまじまじと見てみると拡がったスカートはバケツヘルムのカブトの部分をコピー&ペーストして並べたものだし、その他の部分も甲冑を女の子の体型に合わせて加工してある。

 幼女の顔は兜の中のオッサンの頭を“こう”したものだと聞いて、舌を巻いた。


「これもう改変って言うかバケツヘルムを“素材”にしてフルスクラッチしてるよね。初めて作ったって本当に本当?」

「ボクもともと模型が趣味なんです。ミキシングビルド、って知ってます? プラモのジャンクパーツや百円均一ひゃっきんの商品を組み合わせて宇宙船やロボット作ったりしてるんで、こういう作り方が性に合ってて」


 つまり“初めて”ってのはあくまでSlenderアプリを使うのは、ってことか。

 こういう人はモデリングソフトの使い方さえ理解すれば途端に“強いモデラー”になるんだよね。もともとイラストが上手い人とかさ。



 ――うん。白状すると、このとき俺は無性に“先輩風”を吹かせたくなっていた。



 おもむろにコンソールを開き、アイテム入れインベントリを選択する。


 そして身に着けていた鎧を“脱いで”インベントリに格納しまう



 薄着のインナー・ドレス姿になった俺は、バケツちゃんメッくんににじり寄って身をかがめ――――

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