09 あなたを、犯人です

 夫人と共に“セントラル”に乗り込みドリルばんちょうの黒鉄ロボ“ドリル28号”と向き合う。

 さっきまで草むらをかき分けながら探索していた絶海の孤島フィールドは、全高30メートルの巨人が闘うリングになった。


「確認するけどさ、本気でやっていいんだよな――っと!?」


 突風めいた勢いで踏み込んできたドリル28号が右腕のドリルを突き出してくる!


 構えもとっていない状態で虚を突かれたが、どうにか反応して横ステップで回避。

 右腕バインダーから伸びた青龍刀のつかをとり、居合い抜きの要領で切り上げる。


 ドリル28号は即座にこちらへ向き直り、セントラルおれの斬撃をドリルではじきつつバックステップで間合いをとった。


「問答無用かよ。普段やかましいくせに、こんな時だけ無言になりやがって」

「いいえルミナさん。あれはドリルばんちょうさんなりの“気兼ねせずやろう”というメッセージよ」


 ドリル28号が「そうだ」と言わんばかりに腕ドリルの切っ先をこちらへ向けて回転させる。


 俺は左腕のバインダーから二振り目の青龍刀を抜き、二刀流の構えをとって応じた。


 コントローラのレバーを前へ倒して踏み込み、左右のコントローラを振って斬りつける!

 ドリル28号は巨体に似合わぬ巧みなドリルさばきで俺の連撃を受け、弾く。

 セントラルの剣とドリルが打ち合うたびにコントローラがビッ、ビッ、と短く振動する。


「せッ!」


 短く息を吐き両手の剣で同時に斬りつける。 “×バツの字斬り”だ!

 こちらの斬撃は2方向から交差する。向こうのドリルは1本しか――ないッ!


「いけないわ、ルミナさん」


 妙に落ち着いた声で夫人が警告。

 次の瞬間、視界に赤い“DAMAGED”の文字列がポップアップして両手のコントローラが激しく振動する。

 周囲の風景が一気に奥へと流れ、ドリル28号が


 セントラルおれは水際までのだ。


「ちっ、向こうも“フルボディトラッキングフルトラ”だったな」


 島の真ん中で“前蹴りのポーズ”から右足をおろすドリル28号をにらみ、舌打ちする。

 

“フルボディトラッキング”とは全身の動きをアバターに反映させられるVRプレイ環境だ。

 実現するためにはVRデバイスの基本セットであるHMDゴーグルとコントローラに加え、腰と両足にトラッカーという機器を装着する必要がある。

 少々敷居は高いものの、フルトラ環境を整えることができればアバター操作の自由度は格段に上がる。


 いまドリル28号がやったように、足技を使った複雑なアクションだって行えるのだ。


「やっぱな、ドリルばんちょう」


 少しあがった息を整え、汗がにじんできた手でコントローラを握り直す。

 正直いって格闘アクションでは向こうに軍配があがる。


「ステータスも接近戦向けに調整、もといさせているようね。わたくしにまかせなさい、ルミナさん」


 夫人の言葉から間もなく、視界の下――セントラルの胸から赤い光が激しく放たれる。

 左右一対の三連装ビーム砲が高出力で斉射を始めたのだ。

 少しだけ遅れて、肩から打ち上げられたマイクロミサイルが空を埋め尽くした。


 ビームとミサイルの雨がドリル28号に降り注ぐ!


「オホホホホホ、さすがに身動きがとれないでしょう?」


 えげつない一斉射撃を実行しながら優雅に笑うセイバー夫人。

 俺がHMDゴーグルを通して見る風景は、射撃兵装の閃光と爆発エフェクトで埋め尽くされている。



 そのとき、世界が突然スローになった。


 ビデオをコマ送りで再生しているみたいだ。

 それだけじゃなく、視界全体が傾いたり歪んだりし始める。


「夫人、射撃ストップして!」


 慌てて声をかけ、爆風から視点をそらす。


「俺、しちゃった!」

「あら、ごめんあそばせ」



 マシンが耐えきれなかった。


 セントラルのことじゃあない。

 ゲーム“The Universeユニバース”を動かしている俺のPCパソコンの方が、だ。


 一斉射撃したビームとミサイル、それに絶え間なく発生する爆風。

 どちらもディスプレーに表示すればそれだけ描画処理に負荷がかかる。

 負荷が大きすぎれば今みたいに処理が追い付かなくなり最悪ゲームが強制終了、あるいはPC自体がフリーズしかねない。


 さいわい、射撃の中止と視点を何もない方向へ移したことで処理落ちはすぐにおさまった。


なら平気でしょう?」


 俺が返事をする前に夫人は胸部ビームを三点バースト。

 態勢を立て直そうとしていたドリル28号に命中させ牽制する。


 俺は急いで間合いを詰めるべく、前へ踏み込んで右の剣を正面から打ち込む!



 ――ガツ! と、右手にたしかな手ごたえがあった。



「ルミナさん? 今度はどうされたのかしら?」


 セントラルの剣はドリル28号の頭上、


 コントローラを握る右手の拳が――痛い。

 現実世界での俺は、夢中で動き回るうちにいつの間にか自室の壁と向き合っていた。


 壁を殴って動きを止めたセントラルおれにドリルが迫る!

 位置調整も兼ねバックステップし紙一重で回避できたものの、チャンスをことごとく逃してしまった口惜しさが胸やけのようにくすぶった。


「VRゲームを遊ぶなら十分な空間がないと危険ですよォ?」


 明らかに不自然な動きをした俺の事情を察したか、ドリルばんちょうはわざと小馬鹿にした口調で煽ってきた。

 日本語がうますぎてムカつく。


「うるせえーっ、こちとら住宅事情ってモンがあるんだよ!」

「HAHAHAそれはお気の毒に! ちなみに私はVRデバイスに可能な最大範囲フルスペックで動き回れまァァァす! しかも! 私のデバイスは無線でェェェェェす!!!」


「お、おのれェーッ!」


 野郎、日本人ユーザーの心をどこまでもえぐってきやがる。


 “快適にVRゲームをプレイするための広い部屋”は言わずもがな、“PCと無線接続されたHMDゴーグル”もまた日本在住プレイヤーには用意が難しいシロモノだ。


 一般的に普及しているVRデバイスのディスプレー部分――いわゆるゴーグルの部分はPCとケーブルで繋がっているため、動き方によっては足をひっかけてしまったりして邪魔になる。

 それを解消するためにHMDゴーグルを無線化するオプションがあるのだが、メーカー純正の無線化オプションは国内電波法の兼ね合いから技術基準適合証明ぎてきが取得できず、2019年現在の日本では販売されていないのだ。



「私が編み出したドリル格闘術を見なさァァァァい!」


 ドリル28号がカポエイラ使いじみたステップを踏み、ダイナミックな回し蹴りを放つ!


 セントラルおれは蹴りを回避するが、今度は真横に回り込み左で裏拳を繰り出し。

 続いて全身をターンさせつつドリル、パンチ、キックを続けざまに浴びせてくる。


 むこうは俺を中心にしてグルグル位置取りを変えてくるため、こちらは足元のケーブルや部屋プレイスペースの壁を気にしつつ攻撃を捌くので手一杯だ。


「ルミナさん、無理に攻めなくてもよろしいわ。

「……了解ッ!」


 なにかを察したらしい夫人のアドバイスにしたがい、できる限り最小限の動きでドリル28号の攻撃に対応する。


 四方八方からくるドリルやパンチを両手の剣で弾いて流し、浅い攻撃はセントラルの耐久力を信じてそのまま受ける。


 ドリルばんちょうは依然、絶好調――いや、待てよ?


 そういえばこいつ、戦闘中だけ極端に口数が減るよな。


「――ルミナッ、さァん――ッ!」

「なんだよ」


 だんだん奴の動きに慣れて、突きや蹴りをさばきながら会話する余裕が出てきた。

 と言うかドリルばんちょう、だんだん動きが鈍くなってきてない?


「私、ばかりにッ! 攻めさせてないでッ……あなたもッ!」


 とぎれとぎれの声。

 向こうのマイク越しにドリルばんちょうが荒く息を吐く音が漏れてくる。


 さてはスタミナ切れしてんな?


「そろそろよ、ルミナさん」

「ですね。よし、ドリルばんちょう! お望み通り反撃してやるよ!」


 両手の剣で狙うは下段――ドリル28号の足回りだ。

 コンパクトな突きと斬撃を、フェイントも入れつつ連続して放つ。

 すでにバテてきている向こうは防御も反撃も中途半端、完全にこちらがペースを握った。


 コントローラのボタンを押し込む。

 セントラルが高くジャンプして、ドリル28号の頭上を跳び越えた。


 空中で方向転換キーを連打して姿勢制御!


 ドリル28号の背後に着地!


「もらった!」


 着地と同時に右の剣で渾身の袈裟懸け!


 ドリル28号は黒鉄の巨体を両断され、派手な爆発エフェクトと共にフィールドから消えた。



 *



 まだゲームが終わらないということは、ドリルばんちょうは“殺人犯”ではなかったらしい。

 セントラルの視点から孤島フィールドを見渡してみる。


 人影が、見当たらない。


 今の戦闘に巻き込んでしまったのだろうか?


「実は夫人が殺人犯だった、とかじゃないですよね?」


 冗談めかして尋ねてみる。


 夫人の返事は、なかった。


 返事を聞く前にセントラルセイバー夫人が突然フィールドから消えてしまったのだ。


 とつぜん空中に投げ出された俺は、苦手な高所からの落下に目がくらみ。



 ――着地したとき一瞬だけ見えたのは、ナイフを握って微笑むバケツちゃんメッくんの姿だった。





 ――――YOU DEAD――――

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