10 それより僕と踊りませんか
「よし、メモリはうまく挿さったぞ。次はいよいよ――」
買ってきた新型グラフィックボードを箱から取り出す。
カッコいい黒いボディに3つのファンが並んでいて、変身ヒーローのベルトみたいだ。虹色に光るし。
すでに古い部品はマザーボードから取り外してある。
この空いたスロットに新しいグラフィックボードを――!
中略――!
――こうして俺の
無事起動した愛機でさっそくいつものチャットアプリを起動。
mekusako:ベンチマークやらないんですか?
lumina:後でやる! 交換どうにか間に合ってよかった~!
Mrs.Saber:素晴らしいわ。次は全力を出せるわね。
lumina:しばらく“Vフェス”ですから、戦闘はないと思いますけどね。
そう、今晩からバーチャルフェスティバル――通称“Vフェス”が始まるのだ。
Vフェスってのは簡単に言うとバーチャル空間でやる
はじめは有志の日本人コミュニティが参加者を募ってやってたんだけど、回を重ねる度に規模が倍々にデカくなっていって今や有名PCショップやら大手コンビニチェーンみたいな企業が協賛する一大イベントになっている。
数百を超える出展者が一様に気合を入れて出してきたブースが並ぶさまは壮観、圧巻。
めちゃくちゃやる気ある連中が集まってる学園祭がそのまま巨大化した感じで、俺は毎回あそびに行くのを楽しみにしてるんだ。
*
「バーチャルフェスティバル! これより開幕じゃよー!」
主催者のスチームパンク系のじゃロリドワーフが背中の巨大メカ
俺は
新たにリストに現れた“Vフェス エントランス”への転移ポータルを開いた。
200メガバイトを超えるデータがダウンロードされ、目の前に近未来風アレンジがされた某国際展示場がそびえ立つ。
建物に入るとワールド名の通りエントランスがあり、扉の形をした転移ポータルがいくつも並んでいる。
家にいながらやってきたイベント会場の臨場感に、口からおぉ……と感嘆が漏れた。
「あ、居た居た! ルミナさーん!」
ぱたぱた手を振りながらメカクレ少女が寄ってくる。
バケツちゃんアバターのメッくんだ。
バケツヘルムを“加工”して作った大きな肩掛けバッグ装備のお買い物仕様になっている。
「あれ、セイバー夫人は一緒じゃないんですね」
「誘ったんだけどね、用事があるんだって。いま珍しく忙しいのよワタクシ、だってさ」
「そうなんですか……他の人も明日から行くって言ってたし、今日は二人で回りましょうか」
「そうだね。デートだね」
「えっ!? デー……デート? ボクはそんなつもりで言ったんじゃなくて、いえあのイヤじゃないんですけど本当に下心みたいなのはなかったというかですね」
俺がデートと口にした途端、メッくんは挙動がおかしくなった。
とても楽しげな動きをしているが、いま優先すべきは――
「まずはこの“剣立つ茜の大地マーズティア”って会場ね。ファンタジー系なんだって」
俺はポータル扉のうち1つを開き、慌ててついてくるメッくんと共に飛び込んだ。
*
「うわあ、武器屋だーっ!」
異世界にある王都という設定の会場にマッチした、中世ファンタジー風のブースだ。
通りを挟んだすぐ向かいでは大きなクリスタルが宙に浮かび、中に角と尻尾が生えた女の子が封じ込められている。
クリスタルに近寄って手をかざすと“change avatar”のメッセージが視界にポップアップする。この
「メッくん見てこれ」
すぐ隣のブースにあった魔法の杖を持ち、
「杖を持ってるだけで印象が変わりますねー。ジョブチェンジしたみたいです」
「姫騎士から魔法使いになったルミナってのもいいかも! パーティ組むとしたら、メイス持ってるメッくんが前衛だね」
しばし二人してキャッキャウフフと武器を持ち替え写真撮影に興じる。
ふだん見慣れたアバターにこうして色々合わせてみると新しい魅力に気づいたりする。
ああしよう、こうしようとアイデアが溢れてきてテンション上がりっぱなしだ。
「わ、ここすごい!」
マーブル模様のでっかいオーブみたいなものに頭を突っ込んだメッくんが声をあげる。
同じ場所を覗くと、オーブの中がすさまじく広大な本棚になっていた。
「ブース名“無限の本棚”ですって。どうやってるんですかねコレ」
「シェーダーを自分でプログラムするとこういうことができるらしいよ。俺もよくわかんない」
「本当に魔法みたいですねえ」
俺とメッくんは終始こんな感じで高まったり可愛くなったり驚いたりしながら会場を隅から隅まで歩いた。
一通り見回って
「まだこんな所にブースあったんだ」
「え……ボク、マッピングしながら見てたんですけど、この場所には何もなかったハズですよ?」
首をかしげつつ謎のブースに近づくや、隣のメッくんが息を呑み。
「このブース、ぜんぶバケツヘルム製だ……」
「なんだって」
「ほら、この柱は剣の柄や兜を縦に伸ばしてますし、真ん中の祭壇も兜ですよ。床も壁も、みんなバ材(*バケツヘルム由来の材料のこと)で作られてます!」
「わかってくれて、うれしいよ」
すぐ近くから聴こえてきた声に後ろを振り向くが誰もいない。
もしや、と後ずさりして視線を上にやると、祭壇のてっぺんにプレイヤーネームが表示されていた。
「ブースじゃなくてアバターだったのか」
「Vフェスの会場は複数あるが、1サークルが出展できるのは1つの会場だけだろう? こうすれば、全ての会場で展示を行えるというわけさ」
「なんだか屋台みたいですね!」
「うれしいコメントがスイと出てくるね、可憐なバケツのお嬢さん。おっと、この姿では話がしにくいね? 私も普段使いのアバターに戻るとしよう」
数秒おいて目の前の祭壇が消え、目の前に真っ黒い人影があらわれた。
全身が妙にテカテカした黒ずくめのバケツヘルム(カブトを脱いだバージョン)である。
鼻のあたりに何を思ったかフックのようなものが取り付けられているが、なにも訊かない方がよさそうだ。
「あらためて、こんばんは、お嬢さん方。私は全国バケツヘルム愛好家連合代表・バケツラバーだ」
「そんな組織あるんスね」
「知らないのも無理はない。我々“全バ連”はふだん表へ出てこないからね。だが、構成員はゆうに300人を超える。
「300!?」
この人みたいに複数人で集まってある種のテーマに沿ったロールプレイをする人たちはそう珍しくないが、規模がやたらとでかい。
日本人プレイヤーの間でも有名どころのロールプレイ集団だって、構成員は数十人だ。
「バケツヘルム愛好家ってことは、バケツラバーさんたちはバケツヘルムの改造もやってるんですよね?」
メッくんがすげえ食いついてる。
「そうとも。先程のバケツ神殿は私の作品だが、構成員たちはああいったものを日夜作り続けている。日に3~5点は何らかの完成品がアップロードされているね」
「日に! す、すごい数になりますよね……! バケツヘルムでモデルを作ってる人がそんなにたくさん居たなんて!」
「ずいぶん興味がおありのようだ。うれしいよ。君のアバターも見たところ100%バケツ製だろう? 君さえよければ、これから我々の拠点“バケツパラダイス”へ案内させてくれないかな。新たなバケ
なんだろう、不穏な予感しかしない。
以前メッくんが見せてくれた“バケツヘルムの口の肉を使った花束”が脳裏をよぎったせいで、一面あれの花畑な魔界を想像してしまった。
それにこのバケツラバーって人、全身ラバーのやべー奴なんだけど口調はやけに紳士的で得体が知れないし。
「ルミナさん――あの」
困惑している俺を
瞳は前髪で隠れているしそもそもアバターだから表情はうかがえない。
だが聞き慣れた彼の口調から、皆まで言われずとも「ついていってもいいですか?」と問われていることはわかる。
「行ってきなよ、メッくん。俺、そろそろ寝ようと思ってたし。Vフェスはまた明日回ろう、他の人たちも一緒にさ」
「はいっ! それじゃルミナさん、行ってきます! おやすみなさい!」
メッくんは本当に嬉しそうにおじぎをしてから、バケツラバーが開いた
「――さて、と」
その場にひとり取り残されて、急に静かになった会場でぽつりと呟く。
コンソールを開き見知ったフレンドがログインしていないか確認してみるが、深夜1:00過ぎではほとんどオフライン。
ログイン中のフレンドを見つけても、決まって入室不可能のプライベートルームに居て合流できない状態だ。
「……他の会場も見てみるか」
俺はVフェス会場“第7b3番電脳工廠 オービタルラボラトリー”のポータルへと入った。
おとなしくログアウトして寝る気にはなれなかった。
ちょっとしたモノを無くして探しているときみたいな、モヤモヤ未満で座りの悪い気分になっていたんだ。
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